やれることをとことんやる。それがプロフェッショナルだ
6歳年下の新人・加藤大治郎との直接対決を前に、世界チャンピオン経験者の原田は「勝つのは難しいだろうな」と、いたって冷静に判断していた。そしてシーズンは、原田の予想通り、完全に加藤のものとして始まった。
鈴鹿での開幕戦/第2戦南アフリカGPは、加藤が予選ポールポジション/決勝優勝。原田はそれぞれ決勝2位/3位だったが、彼の言葉を借りるなら「まったく勝負になっていなかった」
「ハンパなく速かった大ちゃんに、完全にぶっちぎられてたね。コテンパンってのはこのことだな、と(笑)。鈴鹿も2位にはなったけど、内容は全然ダメ。まったくレースになっていなかったよ」
鈴鹿のチェッカーフラッグが振られた時、トップ加藤と2位原田の間には20秒近くの差があったのである。
【2001年Rd.2 南アフリカGP】#74加藤 #31原田
【2001年Rd.2 南アフリカGP】加藤(中央)が優勝。原田(右)が食らいついて表彰台に。シーズン中、同様のシーンが幾度となく見られた。
だが、原田自身が250ccマシンに乗り慣れてきたこともあり、手応えを感じ始めた。連戦連敗でも諦める気持ちは微塵もなく「いつかどうにかしてやる」と思っていた。
「やっぱりね、日本人ライダーに負けるっていうのは悔しいんだよ」
原田が世界グランプリにデビューしたのは、1993年のことだった。それまで「海外にはまったく興味がない」と言っていたが、自分の目で世界の走りを見た時、「こんなすごいヤツらと戦ってみたい」と思った。
そして参戦初年度、並みいる外国人ライダーを退けて、いきなりチャンピオンになったのである。
それ以降、ずっと外国人ライダーを相手に戦ってきた原田にとって、加藤は初めて遭遇すると言ってもいい日本人の強敵だ。どこかで特別な思いを持っていた。
第3戦スペインGP/第4戦フランスGPと、加藤はポールトゥウインの記録を伸ばし続ける。ここまでの4戦、表彰台の頂点は加藤だけのものだった。
この頃、加藤はしきりとアプリリアRS250のストレートスピードの速さを警戒するようなコメントを発していた。しかし、それすらも余裕からくるものと受け留められていた。加藤の速さは誰も手が着けられず、このままいけば楽に初世界タイトルを獲得するだろうと誰もが思っていた。
スペイン/フランスの2戦とも2位に甘んじていた原田だったが、内心では「よし、ちょっとずつ差が詰まってきたぞ」と感じていた。
特にフランスは、最終ラップまでレースをリードすることができていた。
「最後に、ヘアピンコーナーで大ちゃんにインを刺されたんだ。来るのは分かってた。僕のマシンは加速に難があって、インを閉めるとうまく立ち上がることができない。だからアウトのラインを通った。そしたら、やっぱり大ちゃんに刺されちゃたんだ(笑)。どうにか食らいついてスリップストリームから抜け出そうとしたけど、もう無理だったね。届かなかった」
フィニッシュした時のタイム差は、0.2秒だった。開幕戦鈴鹿の20秒差に比べれば、大きく前進していた。
【2001年Rd.4 フランスGP】完敗に近かった原田(#31)が、最終ラップまで勝負をもつれ込ませたレース。反撃の狼煙だった。
原田は、ひとつのレースを勝つことよりも、シリーズチャンピオンを獲ることを優先する。それにしても、まず1勝が欲しかった。その時は、確実に近づいていた。
第5戦イタリアGPは、原田が所属するアプリリアの母国グランプリだった。チームにも、もちろん原田にもひときわの気合いが入る。
予選は原田がポールポジションを獲得し、加藤の連続ポールポジションを止めた。
しかし決勝日の朝、モーターホームのカーテンを開けた原田の妻・美由希は、ひとことつぶやいた。
「終わった…」
雨だ。
原田は、決して雨が速いライダーではなかった。本人いわく、「嫌いじゃないし、苦手でもない。ただ速く走れないだけ」 いずれにせよ、せっかくのポールポジションも無に帰すのではないかと思われた。
ピットに行くと、チームスタッフたちはどんよりと暗かった。
「みんな完全に『もう終わりだな…』という表情で僕の方を見るんだ(笑)」
しかし原田ひとりだけは、「何とかなるだろう」とやけに楽観的だった。セッティングはまずまず決まっていたものの、これといった根拠はなかった。
何となくの、“イケそうな感じ”。そのあやふやな自信が、現実のものとなった。雨のイタリアで、原田は優勝を果たしたのだ。加藤は雨に苦戦し、10位に沈んでいた。
【2001年Rd.5 イタリアGP】難しい状況の中、アプリリアの母国レースで優勝した原田(#31)。加藤の連勝を4で止めた。だが、これ以上差が詰まることはなかった。逆転することもなかった。加藤は速いだけではなく、原田のようなレース強さも備えていたのである。
ついに加藤の連勝は止まった。一矢報いることができた。アプリリアは、イタリアは、大いに盛り上がった。
原田が優勝し、加藤が10位になったことで、24点差あったランキングポイントは一気に5点差まで縮まった。
「一緒に戦っていれば分かるけど、大ちゃんはすごく頭がいい。普段はあんなにぽけーっとしてたのに(笑)、レースになるとものすごく戦略的に考えるライダーだったよ」
原田の真後ろにつけて、その走りを窺うこともしばしばあった。弱点を見つけてそこを叩き、引き離す。したたかな走りは、原田の分身のようでもあった。
隙のない加藤を相手取って、原田はしかし、諦めなかった。最大限のベストを尽くしながら、加藤の背中に追いすがった。
【2001年Rd.8 イギリスGP】先行する加藤大治(#74)郎と、追う原田哲也(#31)
【2001年Rd.8 イギリスGP】優勝した加藤に対して、原田はマシントラブルでストップ。ポイント差が大きく開いた。
2001年世界グランプリ250ccクラス戦績(第1戦〜第8戦)
アプリリアのエンジニアに「テツヤ、マシンを1kg軽くするのに何億円かかるか知ってるか?」と言われて減量に取り組んだことも、そのひとつだ。
当時、レギュレーションによりマシンの最低重量は定められていたものの、ライダーの体重はそこに含まれていなかった。つまり、ライダーが軽くなればなるほど、パッケージとしては軽くすることが可能になる。
原田は、シーズン始めには52kgあった体重を、49kgにまで絞り込んだ。もともとスリムな体型の原田がさらに3kg減らすことは、なかなかハードだった。
「メシを食わなかっただけなんだ」と笑いながら、「まぁでも、言ってみればボクサーみたいだったよ」と振り返る。
「3kgの減量がライディングにどう影響したかは、正直分かんないな。走ってて感じる違いっていうのも、何かあったわけじゃなかったしね(笑)。でも、とにかく僕は、できるだけのことをやりたかった。チャンピオンを獲るために自分がやれることなら、どんなことでも。そうやって結果を残して対価をいただくのがプロのレーシングライダーだと僕は思ってた。だから、当たり前のことを当たり前にやってただけなんだ」
【2001年Rd.10 チェコGP】好きなコースでシーズン2勝目を挙げた原田(#31)。後半戦での逆転にわずかな希望を残した。
※本記事は2019年1月公開記事を再編集したものです(原典:『ビッグマシン』2016年8月号)。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事(原田哲也[ヤングマシン])
今のマルケスは身体能力で勝っているのではなく── 最強マシンを手にしてしまった最強の男、マルク・マルケス。今シーズンのチャンピオン獲得はほぼ間違いなく、あとは「いつ獲るのか」だけが注目されている──と[…]
欲をかきすぎると自滅する 快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン[…]
「自分には自分にやり方がある」だけじゃない 前回に続き、MotoGP前半戦の振り返りです。今年、MotoGPにステップアップした小椋藍くんは、「あれ? 前からいたんだっけ?」と感じるぐらい、MotoG[…]
MotoGPライダーが参戦したいと願うレースが真夏の日本にある もうすぐ鈴鹿8耐です。EWCクラスにはホンダ、ヤマハ、そしてBMWの3チームがファクトリー体制で臨みますね。スズキも昨年に引き続き、カー[…]
決勝で100%の走りはしない 前回、僕が現役時代にもっとも意識していたのは転ばないこと、100%の走りをすることで転倒のリスクが高まるなら、90%の走りで転倒のリスクをできるだけ抑えたいと考えていたこ[…]
最新の関連記事(レース)
レース以前にサーキット入りで苦戦 前戦モビリティリゾートもてぎで見せた劇的な4位から3週間、9月12日と13日に全日本ロードレースの第5戦が大分県のオートポリスで行われた。 結果はレース1が7位、レー[…]
ヤマハが6年ぶりにファクトリー復帰! ホンダHRCが迎え撃ち、スズキCNチャレンジが挑む! 2025年8月1日~3日に開催された「”コカ·コーラ” 鈴鹿8時間耐久ロードレース 第46回大会」では、4連[…]
今のマルケスは身体能力で勝っているのではなく── 最強マシンを手にしてしまった最強の男、マルク・マルケス。今シーズンのチャンピオン獲得はほぼ間違いなく、あとは「いつ獲るのか」だけが注目されている──と[…]
本物のMotoGPパーツに触れ、スペシャリストの話を聞く 「MOTUL日本GPテクニカルパドックトーク」と名付けられるこの企画は、青木宣篤さんがナビゲーターを務め、日本GP開催期間にパドック内で、Mo[…]
欲をかきすぎると自滅する 快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン[…]
人気記事ランキング(全体)
世界初公開のプロトタイプ&コンセプトモデルも登場予定! ホンダが公式素材として配布した写真はモーターサイクルショー展示車および鈴鹿8耐時点のもの、つまりミラー未装着の車両だが、JMS展示車はミラー付き[…]
YZF-R1/R6のレースベース車が受注開始! ヤマハがロードレースやサーキット走行専用モデル「YZF-R1 レースベース車」と「YZF-R6 レースベース車」の発売を発表。いずれも期間限定の受注生産[…]
夏のツーリングで役立つ日除け&雨除け機能 KDR-V2は、直射日光によるスマホの温度上昇や画面の明るさ最大時の発熱を軽減するために日陰を作る設計です。雨粒の付着で操作がしにくくなる場面でも、バイザーが[…]
通勤エクスプレスには低価格も重要項目! 日常ユースに最適で、通勤/通学やちょっとした買い物、なんならツーリングも使えるのが原付二種(51~125cc)スクーター。AT小型限定普通二輪免許で運転できる気[…]
ウィズハーレー掲載記事のウラ側がわかる 俳優/タレント/サックスプレイヤーとしても活躍する武田真治さんが、故郷・北海道を同級生たちと結成するハーレーチーム「BLACK NOTE」とともに駆け抜けた!ハ[…]
最新の投稿記事(全体)
スマホ連携機能で魅力を増した、ボッシュ製ARASを備える最高峰ツアラー カワサキは「ニンジャH2 SX SE」の2026年モデルを11月1日に発売する。カラー&グラフィックの変更およびスマートフィンア[…]
地面を感じる直進安定性で日常の移動を安心快適に 決勝レース1で自己最高となる2位を獲得した第3戦を終え、全日本ロードレース選手権は8月下旬まで約2ヵ月間の夏休み。その間もいろいろと忙しいのですが、やっ[…]
ゼファーとは真逆のコンセプトで独り勝ちを掴む! 1989年のカワサキZEPHYR(ゼファー)をきっかけに、カウルのないフォルムをネイキッドと呼ぶカテゴリーが瞬く間に人気となった。 続いて1991年に、[…]
フレディ・スペンサー、CB1000Fを語る ──CB1000Fのインプレッションを聞かせてください。 とにかくすごく良くて、気持ちよかったよ。僕は何年もの間、新しいバイクのテストをしてきた。HRCのテ[…]
まさかのコラボ! クロミちゃんがホンダバイクと出会う ホンダがサンリオの人気キャラクター「クロミ」と、まさかのコラボレーションを発表した。クロミがバイクに乗りたくなるというストーリーのオリジナルアニメ[…]