やれることをとことんやる。それがプロフェッショナルだ
6歳年下の新人・加藤大治郎との直接対決を前に、世界チャンピオン経験者の原田は「勝つのは難しいだろうな」と、いたって冷静に判断していた。そしてシーズンは、原田の予想通り、完全に加藤のものとして始まった。
鈴鹿での開幕戦/第2戦南アフリカGPは、加藤が予選ポールポジション/決勝優勝。原田はそれぞれ決勝2位/3位だったが、彼の言葉を借りるなら「まったく勝負になっていなかった」
「ハンパなく速かった大ちゃんに、完全にぶっちぎられてたね。コテンパンってのはこのことだな、と(笑)。鈴鹿も2位にはなったけど、内容は全然ダメ。まったくレースになっていなかったよ」
鈴鹿のチェッカーフラッグが振られた時、トップ加藤と2位原田の間には20秒近くの差があったのである。
だが、原田自身が250ccマシンに乗り慣れてきたこともあり、手応えを感じ始めた。連戦連敗でも諦める気持ちは微塵もなく「いつかどうにかしてやる」と思っていた。
「やっぱりね、日本人ライダーに負けるっていうのは悔しいんだよ」
原田が世界グランプリにデビューしたのは、1993年のことだった。それまで「海外にはまったく興味がない」と言っていたが、自分の目で世界の走りを見た時、「こんなすごいヤツらと戦ってみたい」と思った。
そして参戦初年度、並みいる外国人ライダーを退けて、いきなりチャンピオンになったのである。
それ以降、ずっと外国人ライダーを相手に戦ってきた原田にとって、加藤は初めて遭遇すると言ってもいい日本人の強敵だ。どこかで特別な思いを持っていた。
第3戦スペインGP/第4戦フランスGPと、加藤はポールトゥウインの記録を伸ばし続ける。ここまでの4戦、表彰台の頂点は加藤だけのものだった。
この頃、加藤はしきりとアプリリアRS250のストレートスピードの速さを警戒するようなコメントを発していた。しかし、それすらも余裕からくるものと受け留められていた。加藤の速さは誰も手が着けられず、このままいけば楽に初世界タイトルを獲得するだろうと誰もが思っていた。
スペイン/フランスの2戦とも2位に甘んじていた原田だったが、内心では「よし、ちょっとずつ差が詰まってきたぞ」と感じていた。
特にフランスは、最終ラップまでレースをリードすることができていた。
「最後に、ヘアピンコーナーで大ちゃんにインを刺されたんだ。来るのは分かってた。僕のマシンは加速に難があって、インを閉めるとうまく立ち上がることができない。だからアウトのラインを通った。そしたら、やっぱり大ちゃんに刺されちゃたんだ(笑)。どうにか食らいついてスリップストリームから抜け出そうとしたけど、もう無理だったね。届かなかった」
フィニッシュした時のタイム差は、0.2秒だった。開幕戦鈴鹿の20秒差に比べれば、大きく前進していた。
原田は、ひとつのレースを勝つことよりも、シリーズチャンピオンを獲ることを優先する。それにしても、まず1勝が欲しかった。その時は、確実に近づいていた。
第5戦イタリアGPは、原田が所属するアプリリアの母国グランプリだった。チームにも、もちろん原田にもひときわの気合いが入る。
予選は原田がポールポジションを獲得し、加藤の連続ポールポジションを止めた。
しかし決勝日の朝、モーターホームのカーテンを開けた原田の妻・美由希は、ひとことつぶやいた。
「終わった…」
雨だ。
原田は、決して雨が速いライダーではなかった。本人いわく、「嫌いじゃないし、苦手でもない。ただ速く走れないだけ」 いずれにせよ、せっかくのポールポジションも無に帰すのではないかと思われた。
ピットに行くと、チームスタッフたちはどんよりと暗かった。
「みんな完全に『もう終わりだな…』という表情で僕の方を見るんだ(笑)」
しかし原田ひとりだけは、「何とかなるだろう」とやけに楽観的だった。セッティングはまずまず決まっていたものの、これといった根拠はなかった。
何となくの、“イケそうな感じ”。そのあやふやな自信が、現実のものとなった。雨のイタリアで、原田は優勝を果たしたのだ。加藤は雨に苦戦し、10位に沈んでいた。
ついに加藤の連勝は止まった。一矢報いることができた。アプリリアは、イタリアは、大いに盛り上がった。
原田が優勝し、加藤が10位になったことで、24点差あったランキングポイントは一気に5点差まで縮まった。
「一緒に戦っていれば分かるけど、大ちゃんはすごく頭がいい。普段はあんなにぽけーっとしてたのに(笑)、レースになるとものすごく戦略的に考えるライダーだったよ」
原田の真後ろにつけて、その走りを窺うこともしばしばあった。弱点を見つけてそこを叩き、引き離す。したたかな走りは、原田の分身のようでもあった。
隙のない加藤を相手取って、原田はしかし、諦めなかった。最大限のベストを尽くしながら、加藤の背中に追いすがった。
アプリリアのエンジニアに「テツヤ、マシンを1kg軽くするのに何億円かかるか知ってるか?」と言われて減量に取り組んだことも、そのひとつだ。
当時、レギュレーションによりマシンの最低重量は定められていたものの、ライダーの体重はそこに含まれていなかった。つまり、ライダーが軽くなればなるほど、パッケージとしては軽くすることが可能になる。
原田は、シーズン始めには52kgあった体重を、49kgにまで絞り込んだ。もともとスリムな体型の原田がさらに3kg減らすことは、なかなかハードだった。
「メシを食わなかっただけなんだ」と笑いながら、「まぁでも、言ってみればボクサーみたいだったよ」と振り返る。
「3kgの減量がライディングにどう影響したかは、正直分かんないな。走ってて感じる違いっていうのも、何かあったわけじゃなかったしね(笑)。でも、とにかく僕は、できるだけのことをやりたかった。チャンピオンを獲るために自分がやれることなら、どんなことでも。そうやって結果を残して対価をいただくのがプロのレーシングライダーだと僕は思ってた。だから、当たり前のことを当たり前にやってただけなんだ」
※本記事は2019年1月公開記事を再編集したものです(原典:『ビッグマシン』2016年8月号)。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
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