昔は人力でエンジンかけていた……ってホント?

【懐かしのバイク用語 Vol.5 キックスターター】エンストすると地獄のようだった。セルにはない悩み多数……

キックペダルをエイッと踏んで旧車のエンジンをかける姿を見ると、いかにもベテランライダーに映る。キック始動はバイクで走る前の儀式みたいで、ちょっとカッコ良いかも。2ストロークのレプリカも、キックでバウ~ンッ!と始動すればヤル気満々! ……でも、なんでキックスターターは無くなったんだろう? やっぱり面倒くさいから??


●文:伊藤康司 ●写真:ヤマハホンダカワサキスズキKTM

70~80年代にキックスターターからセルフ式に移行

現行バイクはスターターボタン(セルボタン)を押すだけで簡単にエンジンが始動できる。しかし1960年代頃までのバイクは、ほとんどが「キックスターター」だった。

現代のセルフ式スターターは電気モーターを使っている。もちろん1960年頃も電気モーターは存在したが現代のようにコンパクトではなかったし、モーターを回すためには大きなバッテリーも必要だった。これらを装備すると一気に重量増になってしまうし、もちろんコストも高くなる。だからキックスターターを選択。当時のモーターやバッテリーの信頼性も影響しただろう。

とはいえ小排気量ならともかく、排気量が大きくなるほどキック始動の難易度も高くなる。ピストンが混合ガスを圧縮するためにクランクシャフトを回す力、すなわちキックペダルを踏むのに大きな力が必要になるからだ。

踏み込む力が弱かったりシッカリ踏み切れないと点火や燃焼が不完全になって、クランクシャフトが逆転してキックペダルが勢いよく押し戻される。これは「ケッチン」と呼ばれる症状で、最悪の場合、跳ね戻ったキックペダルでふくらはぎを強く打ったり足首を捻挫することもあった。

ちなみにキックペダルを思いっきり踏み下ろしても、クランクシャフトは1回転+αしか回らない。しかし4ストロークエンジンは、クランクシャフト2回転で1回爆発する仕組みなので、キックペダルを踏み下ろすタイミング(ピストンの位置)が悪いと、どんなに必死に踏んでもエンジンはかかってくれない。

というわけで、ケッチンで痛い思いをしないまでも、乗るたびにキックで始動するのは面倒だし、エンストした際も大変(交差点内だったりすると、かなり焦る)。そこで利便性を高めるために、50年代後半頃から中型以上の4ストローク車にセルフ式スターターが装備されるようになっていった。とはいえ当時は信頼性の問題からセル/キック併用のバイクが多く、セルフ式のみになったのは70年代後半からだった。

その後はオフロードバイクや2ストローク車などを除いてはセルフ式が主流に。ただし、昔ながらのバイクらしさイメージさせるバイクにはキックも搭載された。

70年代はキックとセルが併用

1969年 ホンダ CB750Four
4ストロークに力を入れていたホンダは、バイクメーカーとしてはかなり早い1958年のドリームC71(エンジンはSOHC2気筒247cc)の頃からセルフ式スターターを導入していた。CB750Fourはセル/キック併用で、78年にDOHCエンジンを搭載したCB750Kからセルフ式のみになった。

1972年 カワサキ 900Super4[Z1]
1965年のカワサキ・メグロSG250に初めてセルモーターを装備したが間もなく生産終了。純カワサキではZ1がセル/キック併用で、Z1000Jからセル始動のみに。国内では79年発売のZ400FXやZ250FT辺りからセルフ式に。しかし、1999年に登場したW650はあえてキックを装備していた。

中型車もセル/キック併用

1976年 スズキ GS400
4ストローク後発のスズキがGS750と同年に発売。80年にモデルチェンジしたGSX400Eでセルフ式のみになった。

1978年 ホンダ ホークⅢ CB400N
CB750Fによく似た近代的なフォルムを纏うが、まだセル/キック併用。80年にモデルチェンジしたスーパーホークⅢでセルフ式のみになった。

2ストロークはずっとキックスターターのみ

ちなみに2ストロークエンジンは構造的にキックペダルを踏む力が軽く、(当時の4ストロークと比べれば)始動が容易だったため、セルフ式は採用されなかった。80年代に入って2ストローク250のレプリカがヒットしてからも、同時に開発したレーシングマシンがセルモーターを装備しなかったのが主たる理由だろうが、セルモーターによる重量増を避けるためキック始動のみが主流だった。

1996年 ホンダ NSR250R SE
2ストロークレプリカで大人気を博したNSR250Rの最終モデル。国内では1999年に生産終了したが、最後までキック始動。もし2ストローク車の生産が現在も続いていたら、セルフ式になっていたのだろうか……?

2023年 ヤマハ YZ250
競技専用の2ストロークモトクロッサーはキック始動のみ。ちなみに4ストロークモトクロッサーのYZ250Fはセルフ式で、キックスターターは装備していない。

セルフ式のモトクロッサーもアリ!
KTMのモトクロッサー250 SXの現行モデルは、2ストロークだが始動はセルフ式スターターのみ。レース中にエンストした際に、キック始動しにくいような足場の悪い場所でもセルフ式で瞬時に再スタートしてレースに復帰するための配慮だ。軽量なリチウムイオンバッテリーを装備している。

そしてセルモーターやバッテリーの性能やコンパクト化が進み、軽さを追求するオフロードモデルもセルフ式のみになり、キックスターターは原付きや小排気量のビジネス車のみになった。これらも現在はセル/キック併用になり、キックスターターはあくまで非常用の扱いになっている。

そんな中でキック始動のみだったSR400が生産終了となり、キックスターターを装備する公道用のスポーツバイクは姿を消したのだ。

ヤマハ SR400
ロードスポーツ車でキックスタートといえば、生産終了モデルとなったSR400が有名。過去のキャブレターモデルや兄貴分のSR500は相応にキックスタートの難易度が高かったが、FI(フューエルインジェクション)を採用した2010年モデルからはキックの踏力も軽くなって始動が容易になり、冷間時やしばらく乗らなかった後でもエンジンがかけやすい。

キック始動をサポートする機構

SR400はキック始動を容易にするために、キックペダルを踏み始める適切な位置がわかる「キックインジケーター」を装備。また、始動に適した位置を探してキックペダルをゆっくり踏み込んでいくと、エンジン内で圧縮が高まってキックペダルが重くなって動かなくなるが、そこで「デコンプレバー」を引くと圧縮が抜けてキックペダルの動きが軽くなる。この二つの機構を使えば比較的容易にキック始動でき、痛い「ケッチン」を食らうこともない。

変わり種のキックスターター

2ストロークのレプリカ系では、カウリングとキックペダルが干渉しないように、いったん後方に引き出してから横に開いて踏むタイプや、キックペダルを踏み込んだ時にステップバーに当たらないように、事前にステップバーを折り畳んでからキックするタイプなど、「ひと手間多い」キックスターターも存在した。

それとは別の変わり種がカワサキのZ1-R。名車Z1からZ1000を経て誕生した、直線基調のデザインにビキニカウルや集合マフラーを装備したカフェレーサースタイルの人気モデルだが、なぜかキックペダルが脱着式で、通常はシート下に収納していた。その後に販売されたZ1000Mk.Ⅱでは再びキックペダルが常設されたので、脱着式とした理由は純粋にデザイン性か、もしくはキックスターターなど不要な新世代モデルに見せたかったからなのかは不明だが、珍しいタイプだろう。

もうひとつは、ホンダが1976年に発売したロードパル。既存のバイクと一線を画し、自転車のミニサイクルのようなデザインは女性にも大ヒット。当時の原付クラスのエンジン始動はキックスターターのみが一般的だったが、なんとゼンマイ式のタップスターターを装備。これはかなり画期的だった。

キックアームが脱着式

1978 カワサキ ZI-R
Z1やZ1000はセル/キック併用だが、同系列のエンジンを搭載するZ1-Rではキックスターターを廃止……したかに見えたが、キックスターターのシャフトにはゴム製のカバーが被せられ、非常用としてシート下にキックペダルを収納していた。ところが1979~1980年に販売したZ1000Mk.Ⅱではキックアームを再び常設。

ゼンマイでエンジンをかける!?

1976 ホンダ ロードパル
一見するとキックペダルっぽいが、じつはタップスターターのペダル。ペダルが硬くなるまで何度か踏み込んでゼンマイを巻き、後輪ブレーキレバーを握るとゼンマイが解放され、ゼンマイの力でクランクを回してエンジンを始動する。翌年発売のロードパルLはさらに進化し、約30m走行するだけで自動的にゼンマイが巻かれるため、タップスターターのペダルを踏まなくてもOK。

じつはすごいホンダのキックスターター

ホンダの原付一種や原付二種のビジネス車やスクーターは、現在もセル/キック併用のモデルが多い。普段は便利なセルフ式スターターを使い、もしバッテリーが上がってしまった時もキックスターターでエンジンを始動できるようにとの配慮だ。……が、これは結構すごい技術だ。

なぜならどの車両もFI(電子式燃料噴射装置)仕様だからだ。昔のキャブレターは物理現象でガソリンと空気を混ぜて混合気を作り出していたが(電気が不要)、FIは燃料ポンプでガソリンを圧送し、インジェクターでガソリンを噴射する量を電子制御で行っており、いずれも電気が必要。だからバッテリーが上がってしまうとセルモーターが回らなくなるだけでなく燃料噴射も行えないので、基本的にエンジンは始動できない。しかしホンダは、キックを踏むことで最低限必要な電気を生み出し、エンジンを始動できるようにした。

この電気が無くてもFI車をキックスターターで始動できる機構は、08年のエンデューロモデルCRF450Rにも採用。同車はバッテリーレス仕様だった。

ホンダ スーパーカブ50/110
好燃費とタフさに定評あるホンダ伝統の横置きエンジンを搭載。エンジン始動はセル/キック併用で、バッテリーが上がってもキックスターターで始動が可能。スーパーカブをベースとしたクロスカブ50/110も同様だ。

ホンダ タクト
アイドリングストップ機能を持つeSPエンジンは、バッテリーが弱った状態ではアイドリングストップ機能を停止してバッテリー上がりを抑止。さらにバッテリーが上がった状態でもキックスターターでエンジン始動が可能。


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