キックペダルをエイッと踏んで旧車のエンジンをかける姿を見ると、いかにもベテランライダーに映る。キック始動はバイクで走る前の儀式みたいで、ちょっとカッコ良いかも。2ストロークのレプリカも、キックでバウ~ンッ!と始動すればヤル気満々! ……でも、なんでキックスターターは無くなったんだろう? やっぱり面倒くさいから??
70~80年代にキックスターターからセルフ式に移行
現行バイクはスターターボタン(セルボタン)を押すだけで簡単にエンジンが始動できる。しかし1960年代頃までのバイクは、ほとんどが「キックスターター」だった。
現代のセルフ式スターターは電気モーターを使っている。もちろん1960年頃も電気モーターは存在したが現代のようにコンパクトではなかったし、モーターを回すためには大きなバッテリーも必要だった。これらを装備すると一気に重量増になってしまうし、もちろんコストも高くなる。だからキックスターターを選択。当時のモーターやバッテリーの信頼性も影響しただろう。
とはいえ小排気量ならともかく、排気量が大きくなるほどキック始動の難易度も高くなる。ピストンが混合ガスを圧縮するためにクランクシャフトを回す力、すなわちキックペダルを踏むのに大きな力が必要になるからだ。
踏み込む力が弱かったりシッカリ踏み切れないと点火や燃焼が不完全になって、クランクシャフトが逆転してキックペダルが勢いよく押し戻される。これは「ケッチン」と呼ばれる症状で、最悪の場合、跳ね戻ったキックペダルでふくらはぎを強く打ったり足首を捻挫することもあった。
ちなみにキックペダルを思いっきり踏み下ろしても、クランクシャフトは1回転+αしか回らない。しかし4ストロークエンジンは、クランクシャフト2回転で1回爆発する仕組みなので、キックペダルを踏み下ろすタイミング(ピストンの位置)が悪いと、どんなに必死に踏んでもエンジンはかかってくれない。
というわけで、ケッチンで痛い思いをしないまでも、乗るたびにキックで始動するのは面倒だし、エンストした際も大変(交差点内だったりすると、かなり焦る)。そこで利便性を高めるために、50年代後半頃から中型以上の4ストローク車にセルフ式スターターが装備されるようになっていった。とはいえ当時は信頼性の問題からセル/キック併用のバイクが多く、セルフ式のみになったのは70年代後半からだった。
その後はオフロードバイクや2ストローク車などを除いてはセルフ式が主流に。ただし、昔ながらのバイクらしさイメージさせるバイクにはキックも搭載された。
70年代はキックとセルが併用
中型車もセル/キック併用
2ストロークはずっとキックスターターのみ
ちなみに2ストロークエンジンは構造的にキックペダルを踏む力が軽く、(当時の4ストロークと比べれば)始動が容易だったため、セルフ式は採用されなかった。80年代に入って2ストローク250のレプリカがヒットしてからも、同時に開発したレーシングマシンがセルモーターを装備しなかったのが主たる理由だろうが、セルモーターによる重量増を避けるためキック始動のみが主流だった。
そしてセルモーターやバッテリーの性能やコンパクト化が進み、軽さを追求するオフロードモデルもセルフ式のみになり、キックスターターは原付きや小排気量のビジネス車のみになった。これらも現在はセル/キック併用になり、キックスターターはあくまで非常用の扱いになっている。
そんな中でキック始動のみだったSR400が生産終了となり、キックスターターを装備する公道用のスポーツバイクは姿を消したのだ。
キック始動をサポートする機構
変わり種のキックスターター
2ストロークのレプリカ系では、カウリングとキックペダルが干渉しないように、いったん後方に引き出してから横に開いて踏むタイプや、キックペダルを踏み込んだ時にステップバーに当たらないように、事前にステップバーを折り畳んでからキックするタイプなど、「ひと手間多い」キックスターターも存在した。
それとは別の変わり種がカワサキのZ1-R。名車Z1からZ1000を経て誕生した、直線基調のデザインにビキニカウルや集合マフラーを装備したカフェレーサースタイルの人気モデルだが、なぜかキックペダルが脱着式で、通常はシート下に収納していた。その後に販売されたZ1000Mk.Ⅱでは再びキックペダルが常設されたので、脱着式とした理由は純粋にデザイン性か、もしくはキックスターターなど不要な新世代モデルに見せたかったからなのかは不明だが、珍しいタイプだろう。
もうひとつは、ホンダが1976年に発売したロードパル。既存のバイクと一線を画し、自転車のミニサイクルのようなデザインは女性にも大ヒット。当時の原付クラスのエンジン始動はキックスターターのみが一般的だったが、なんとゼンマイ式のタップスターターを装備。これはかなり画期的だった。
キックアームが脱着式
ゼンマイでエンジンをかける!?
じつはすごいホンダのキックスターター
ホンダの原付一種や原付二種のビジネス車やスクーターは、現在もセル/キック併用のモデルが多い。普段は便利なセルフ式スターターを使い、もしバッテリーが上がってしまった時もキックスターターでエンジンを始動できるようにとの配慮だ。……が、これは結構すごい技術だ。
なぜならどの車両もFI(電子式燃料噴射装置)仕様だからだ。昔のキャブレターは物理現象でガソリンと空気を混ぜて混合気を作り出していたが(電気が不要)、FIは燃料ポンプでガソリンを圧送し、インジェクターでガソリンを噴射する量を電子制御で行っており、いずれも電気が必要。だからバッテリーが上がってしまうとセルモーターが回らなくなるだけでなく燃料噴射も行えないので、基本的にエンジンは始動できない。しかしホンダは、キックを踏むことで最低限必要な電気を生み出し、エンジンを始動できるようにした。
この電気が無くてもFI車をキックスターターで始動できる機構は、08年のエンデューロモデルCRF450Rにも採用。同車はバッテリーレス仕様だった。
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