ビッグバイクもクラッチ軽々!

【Q&A】アシスト&スリッパークラッチって何? 街中で役に立つの?【バイクトリビア008】

最近、国産スポーツバイクの多くが装備する「アシスト&スリッパークラッチ」。ネーミングからなんとなく機能はイメージできるけれど、そんなにおトクな機構なの? レースとかサーキット走行しなくても効果があるの? じつはこのクラッチ、すべてのライダーに恩恵があります!!


●文:伊藤康司 ●写真:ホンダカワサキドゥカティ、株式会社エフ・シー・シー、ヤングマシン編集部

エンジンのパワーが増すほど、クラッチレバーが重くなる!?

トランスミッション側に繋がる金属製のクラッチ板と、クランク側に繋がる摩擦材を貼ったフリクション板を互い違いに重ね、クラッチスプリングの張力で押さえつけて動力を伝達(写真はアドバンテージのFCCクラッチキット)

クラッチの役目はエンジンのクランクシャフトとトランスミッションの間で回転を断続すること。

停止時やシフトチェンジを行う際にはクランクとトランスミッションを切り離し、走行中は繋げる。普段はクラッチスプリングが突っ張る力(張力)によってクラッチが繋がっていて、クラッチレバーを握ってクラッチスプリングを縮めることでクラッチが切れる仕組みだ。

排気量や気筒数などエンジンの種類によってパワーやトルクが異なるが、クラッチはその駆動力を余さずロス無く後輪(トランスミッション)に伝えるために、クラッチ板のサイズ(直径)や枚数、クラッチスプリングの強さなどを設定して、クラッチの容量を決めている。……が、大排気量のハイパワーバイクになると、少々問題が発生する。容量が足りないと、クラッチが滑ってしまうのだ。

そこで大きな駆動力に負けてクラッチが滑るのを回避するには、クラッチ板のサイズを大きくするのがもっとも効果的だが、当然エンジンそのものが大きくなってしまうので限度がある。そこでクラッチ板の枚数を増やす(接触面積が増える)手段もあるが、これも寸法や重量の増加などで限度がある。そこでサイズや枚数を増やさずにクラッチを強化するには、反発力の強いクラッチスプリングを使う方法がある。ただしコレだと、クラッチを切る(クラッチレバー操作)のに大きな力が必要になる。端的に言えば『パワーが増すほどクラッチレバーが重くなる』わけだ。

ハイパワーモデルのクラッチを軽くする画期的な機構

かつてはビッグバイクの重いクラッチを操作できるのが一人前のライダー、みたいな風潮もあったが、近年のハイパワー化は凄まじく、根性でクリアするのは難しい。かといってエンジンの大型化や重量増に目を瞑ってクラッチの大径化や枚数を増加するわけにもいかない。

そこで登場したのが『アシスト&スリッパークラッチ』(「A&S」「アシスト&スリッパー」は株式会社エフ・シー・シーの登録商標)で、クラッチ板を保持する部品(インナーハブ)が分割構造になり、かつ「クサビ状」にセットされている(上図の濃い緑と薄い緑の部品)。クランクシャフトからエンジンの駆動力がかかっている状態だと自動的にクサビが噛み込んでクラッチの圧着力を強めるため、クラッチスプリングの反発力を強くする必要がなくなった。だから軽い力でクラッチが操作できるのだ(ライダーの力を「アシスト」する)。

駆動力が掛かると押し付ける方向にアシストし、エンジンブレーキが掛かると引き離す=緩む方向に力が働く。

また、走行スピードと選択したギヤが合っていないような急激なシフトダウンを行うと、過剰なエンジンブレーキが発生して後輪がロックしたりホッピングする危険があるが、そんな後輪がエンジンを回そうとする力(バックトルク)に対しては、自動的にクサビが緩む方向に動いてクラッチの圧着力を弱め、車体の挙動を穏やかにしてくれる。クラッチが滑る方向に作用するので、こちらは「スリッパー」と呼ばれる。

実際にはスリッパー機構の方は、かなりハードなライディングや操作ミスをした時でないと作動しない安全装置的な機能だが、アシストの方はクラッチ操作力が相当に軽減されるので、万人にとって恩恵のある機能だ。

スーパーチャージドエンジンを搭載したカワサキのニンジャH2。大パワーゆえに最初期の2015年型はクラッチが凄く重かったが、翌2016年型でアシスト&スリッパークラッチに変更され、操作力が約40%も軽減された。初期モデルのクラッチを後期モデルの仕様に組み替える人も多い。

近年は大排気量モデルだけでなく、250スポーツもアシスト&スリッパークラッチを装備。クラッチ操作力の軽減はもちろんだが、スリッパー機能はレースなどで高速走行からのシフトダウンで、バックトルクによるオーバーレブでエンジン破損を防ぐのにも効果がある。

レース用のスリッパークラッチはナニが違う?

アシスト機能は比較的近年に登場したが、過剰なエンジンブレーキによる後輪のロックやホッピングを防ぐスリッパー機能はかなり以前から存在する。バックトルクをコントロールする機能なので、「バックトルクリミッター」と呼ぶこともあるが、機能的にはスリッパークラッチと同じものだ。

アフターパーツやレース用のスリッパークラッチとしてはイタリアのSTM社が有名で、分割式のインナーハブでクラッチ板の密着度を緩める原理自体はバイクメーカーの既存のスリッパークラッチと同様だが、実際の構造はかなり異なる。

そして最大の違いはバックトルク(エンジンブレーキ)の強さをどのレベルでスリップさせるか、そしてどのレベルで繋げるかを緻密にセッティングできるところ。エンジンブレーキを単純にキャンセルするのではなく、安定してコントロールすることで素早いターンインやドリフトが可能になるからだ。

ドゥカティの最新スーパースポーツのトップモデルであるパニガーレV4 SP2は、STM-EVO SBK乾式スリッパークラッチを標準装備。

サーキットでの限界走行に対応し、スロットルOFF時やシフトダウン時の挙動をより滑らかにするため、エンジンブレーキのレベルを調整できる機構を持つ。好みでエンジンブレーキの強弱を設定することが可能。ただし、クラッチを積極的に滑らせるため、通常のクラッチよりもマメなメンテナンスが必要だ。


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