
空前のバイクブームだった1970~1980年代頃は、新車を手に入れたら『慣らし運転』を行うのは当然で、当時は「走行3000kmまでエンジンの回転は3000rpm以下」といわれたりした。現代の忙しい社会人の立場で考えたら、いったい何か月かかるんだ……という気もするが、そもそも慣らし運転とは何だろう? 現代のバイクも慣らし運転しないとダメなのか?
●文:伊藤康司 ●写真:富樫秀明、カワサキ
慣らし運転を行うと、パワーを引き出せる!?
バイクのエンジンの内部では、数多くの金属部品が擦れ合ったり噛み合ったりして動いている。これらの金属部品は新車の状態では機械加工されたばかりなので、部品の角や端がけっこう尖っている。これは他の金属部品と擦れ合うことで徐々に馴染んでいくが、最初から大きな負荷をかけてガンガン擦り合わせたら、馴染んでツルツルになる前に傷ついてガサガサになる可能性がある。そうなると金属同士の摩擦抵抗が増えて、その抵抗がエンジンのパワーを食ってしまう。いわゆる「フリクションロス」と呼ばれるものだ。
とはいえ、いまどきの機械加工は非常に精度が高いので部品の仕上げもキレイ。なので、慣らし運転をしないと「傷ついてガサガサ」はいささかオーバーな表現で、あくまでイメージとしての話であり、それが原因でエンジンが壊れてしまうことはない。
しかし大排気量バイクだと、慣らし運転を行ったか否か(フリクションロスの大小)で、実際に馬力を計測すると、最高出力で1~2馬力ほど差が出るという。
また、ミッションやクラッチも丁寧にアタリをつけてあげると、その後のギヤチェンジのタッチがよくなったりニュートラルが出やすくなったりする。
せっかくの新車。慣らしは丁寧に楽しんで行っていただきたい。それがその後の愛情にも繋がっていくはずだ。
エンジン内部にはピストンとシリンダーのように往復運動で擦れ合ったり、ギヤが噛み合うトランスミッションなど金属パーツがぎっしり詰まっているが、これらの部品の摩擦によって、爆発によって得られるパワーが少しずつ削られていく。慣らし運転を行うことで金属パーツの表面が滑らかになり、摩擦損失が減ることで、結果的により多くのパワーを引き出すことができる(エンジン透視図はZX-12R)。 [写真タップで拡大]
慣らしが必要なのはエンジンだけじゃない!
バイクにはエンジン以外にも、部品同士が擦れ合う場所はたくさんある。たとえばフロントフォークやリヤショックは最たる例で、じつは新車時は馴染んでいないため動きが良くない。他にもフレームのステアリングステムやスイングアームのピボット部分、ホイールベアリングなども金属同士が擦れ合って稼働する部分だ(グリスやオイルで潤滑されてはいるが)。いきなり大きな負荷をかけるのではなく、徐々に擦り合わせて馴染ませるに越したことはない。
フロントフォークのアウターチューブとインナーチューブは、スライドメタルという金属の筒状の部品を介して擦れ合い、内部には減衰力を発生させるピストン上のバルブが備わり、これも摺動している。リヤショックの内部も基本的には同じで、リンク式のサスペンションならリンクプレートや支点となるボルトも擦れ合っている。これらの摺動部分がキチンと馴染むまでは、充分に性能を発揮できない。ブレーキもパッドとディスクが新品だと本来の効力は発揮されにくいため、徐々に熱を入れて慣らしていく。 [写真タップで拡大]
回転数も大事だが、「急」の付く運転を控えよう
それでは慣らし運転は、具体的にどうすれば良いのか? まずエンジンに対しては回転数の上限を抑えることだが、これは車種によって異なり具体的な回転数はハンドブック(取扱説明書)に記載されている。ドゥカティやカワサキは走行距離で段階的に上げて行き、ヤマハとスズキは1000kmまで一律、という傾向だ。ちなみにホンダは「控えめな運転をする」と具体的な回転数の指示はない……。ホンダに限らず慣らし運転の回転数が定まっていない、もしくは不明な場合は、500kmまでレッドゾーンの回転数の半分、500~1000kmまでレッドゾーンの回転数の7割くらい、という感じだろうか。
小排気量車はともかく、ミドルクラス(600cc~)以上なら、1、2速などの低いギヤで引っ張ったり、タンッタンッと続けざまにシフトダウンしたりしなければ、さほど気を使わなくても回転数の上限を大きく超えてしまうことはないだろう。もちろん「徐々に慣らす」ことが大切なので、急加速や急減速は控えよう(空ブカシもNG)。しかし、制限回転数を一瞬でも超えたらダメ、というモノではないので、極端にゆっくり加速する必要はない。周囲の交通状況に合わせて安全運転を心がけよう。
たまに時間をかけずに慣らし運転を終わらせたいがために「高速道路を1日で1000km走って終了!」といった猛者もいるが、コレはオススメできない。決められた回転数と無理のない負荷の範囲で加速/減速を行い、ギヤチェンジも相応に行わないと、エンジン各部の慣らしがキチンとできないからだ。
それにサスペンションやステム、ピボットなど車体の可動部の慣らしを考えると、路面のキレイな高速道路を巡行するより、街中やワインディングなどさまざまなシチュエーションを走ったほうがシッカリ動かすことが出来て良いだろう。
慣らし運転の回転数は、ハンドブックで確認しよう

写真はカワサキZ900RSのタコメーターだが、取扱説明書で慣らし運転は0~350kmが4000rpm、350~600kmが6000rpm、600~1000kmは控えめな運転、と指示され「慣らし運転を行うと、車の性能を維持し寿命を延ばします」と記載されている。 [写真タップで拡大]
慣らし運転をやらないとダメ?
前述した通り、現在は機械加工の精度が非常に高くなっているので、慣らし運転をしなくても、それが原因でバイクが壊れる可能性は限りなく少ない。いきなりサーキットをエンジン全開で走っても、おそらくすぐに大きな問題にはならないだろう。
しかし、慣らし運転を行わないと、愛車が持っている本来の性能をすべて発揮することができないかもしれないし、部品の寿命が縮まって長く性能を維持できない可能性もある。
とはいえ、これらが「ほんのわずかな差」でしかないのも事実。ビックバイクなら最高出力が数馬力、最高速度が数キロ下がったところで、本格的なレースやサーキット走行でもない限り、普段乗りやツーリングでは気付かないかもしれない。また近年のスーパースポーツ系は猛烈に高性能なため「普通に走っていれば一生慣らし」と嘆く声があるくらい、高回転まで回せる機会も少ない。
なので「いまどきのバイクは慣らし運転は不要」という意見も理解はできる。しかし、慣らし運転を行うことで愛車がベストな状態を長く発揮できるのは事実なので、ここはライダー各人の判断に委ねられるところだろう。
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