
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第23回は、MotoGPマレーシア公式テスト(セパン)での小椋藍と、MotoGPの今と昔について。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:Michelin
拍子抜けするぐらいのスロットルの開け方で加速
マレーシアテストレポートの第2弾。まずはシェイクダウンテストからいきなり速さを見せた、小椋藍選手について。本人は「ブレーキングが課題」と言っていたが、ブレーキをかけて前のめりの姿勢になりながらも、リヤにうまく荷重を残していた。リヤタイヤが浮くと、制動力という面で損をしてしまうのだが、小椋選手はリヤタイヤがギリギリ接地するぐらいのブレーキングを狙っていたのだ。
公式テストの3日間の走りを見ていた限りでは、電子制御まわりをいじることもなく、とにかくロングランテストをこなすことに集中していたようだ。リヤタイヤのホイールスピンをトラコンに任せることなく、頑張って自分のスロットルワークでコントロールする姿が印象的だった。
レース後半になってタイヤのグリップレベルが下がると、ホイールスピン量が多くなりマシンが思うように前進しないから、ライダー心理としてはより多くスロットルを開けたくなるものだ。しかし、それだとさらにホイールスピンしてタイヤの発熱量が上がり、タイムが落ちてしまうことになる。
ライダーとしては「え? こんなもんでいいの?」と拍子抜けするぐらいのスロットルの開け方でも、しっかりマシンが前進し、タイムが安定する走らせ方があるのだが、小椋選手はその体得に力を注いでいるようだった。
こちらはブリラムサーキットで行われたタイ公式テストでの小椋藍。
「トラコンに頼らない走り」は、チームの方針なのか小椋選手自身のアイデアなのかは分からない。いずれにしても非常に有益なプログラムだとワタシは思う。最初から「トラコン頼りの走り」に慣れてしまうと、どこからがライダーの仕事で、どこからがマシンの仕事なのかが分からなくなるからだ。
テストならまだしも、レースウィークはとにかく時間がない。その中でマシンのセットアップを決めて行くには、課題に対してライダーの走りでカバーした方がいいのか、マシンの側で対処した方がいいのか、迅速かつ正確に判断する必要がある。そのためには、まずライダーが自分の仕事とマシンの仕事を切り分け、マシンへの理解度を深めなければならないのだ。チームと小椋選手はそのことをよく理解しているようだった。
公式テスト2日目が終わった小椋選手は、「今は走り込んで1分58秒台ですけど、明日は1回、1分57秒台に入れときますよ」と言っていた。そしてその言葉通り、最終日に出したタイムは1分57秒754。スゴイ……。冷静に自分のことを分かったうえで、走りを組み立てている。すでに決勝レースだけを見据えている様子は、新人離れしていた。
昔と今ではスゴさの方向性が違う
彼の例で分かるように、今のMotoGPはタイヤマネージメントが非常に重要だ。ワタシが現役の頃は、タイヤマネージメントという概念自体がほぼなかった(笑)。今のようにタイヤがワンメイクではなくコンペティションだったので、「レース後半にタイヤがタレるぞ!」とクレームを付ければ、ササッと対策品が用意されたのだ。つまり、ライダーがタイヤマネージメントするまでもなく、レース後半まで保つタイヤを作ってもらえたのである。
「じゃあよっぽどラクをしていたんだな!?」と思われるかもしれないが、そうとも言い切れない。グリップがレース後半まで保つタイヤを履いているということは、それでタイムが落ちたらライダーの責任。ライダーはスタートからゴールまで常に110%の走りをしなければならないのだ。そして今は、スタートからゴールまで99%の走りでタイヤを保たせなければならない。
「昔と今で、どっちがスゴい?」なんて、優劣を付けるような話ではない。言ってみれば、スゴさの方向性が違うだけで、どっちもスゴい。ただひとつ言えるのは、昔のライダーは「最後まで全力以上の走りだぜ!」と完全に体育会系だったのに対して、今のライダーの方がはるかにアタマを使いながら走っていて、しっかりと考えられる人が勝つ、ということだ。
そういう意味で、小椋選手がマレーシアテストで見せたクレバーさは、確実に将来の勝利につながるものだと思う。さすがMoto2でチャンピオンを取っただけのことはある。MotoGPデビューの今シーズンはいろいろな難しさに直面するだろうが、今後が非常に楽しみだ。
こちらもタイ公式テストでの小椋藍。
マレーシア公式テストとタイ公式テストの間に行われたMotoGP 2025シーズンローンチ。
KTMの生の声も聞いてきた
最後に、渦中のメーカーであるKTMについて触れておきたい。メカニックに話を聞いたら、「この冬はフェイクニュースばかりで、すっかりイヤになった。SNSを止めたよ」とプンプンしていた。ここからは、KTMメカニックが語ってくれた怒り心頭のコメント。
「KTMが財政的に厳しい局面にあるのは確かだ。でも、内部で『レースを止める』などという話は1mmも出ていない。『アコスタがドゥカティに移籍する』なんていう話も流れたが、それも根も葉もないひどいウワサだ。憶測がまるで真実のように広まって行くのが、今のネットの世界。SNSもネットニュースも、ウソだらけだよ!」
……という彼の話も真実なのかどうか、ワタシには確認できていない。だから真偽については何とも言えないのだが、仮にKTMがMotoGP撤退などという事態になったら、グリッドから4台のマシンが減ってしまうことになる。レースを盛り上げるためにも、ぜひ頑張って再建してほしいものだ。
そのKTM、良からぬウワサを吹き飛ばす勢いでいろいろなトライをしていた。面白いのは、ファクトリーチームのブラッド・ビンダーとアコスタの関係だ。お互いに「最高のチームメイトだ!」とリスペクトし合っているのだ。これ、決してリップサービスではない。
KTMのマシンの特徴は、「フロントに頼れない」ということだ。リヤをうまく流した時に、速く走れる。ブレーキ巧者でフロント重視派のアコスタは、予選での1発タイムは出せても、決勝ではなかなか速さをキープできない。だからアコスタは、「ブラッドみたいに、リヤを流して走れるようにならなきゃ」と、トライをしている。一方のビンダーは、ブレーキングでタイムを稼ぐアコスタを見て、「オレもブレーキング頑張らなきゃ」と考えているのだ。
ライディングスタイルがちょうど正反対のふたりが、同じファクトリーチームに入ったことは、大きなプラスになるはず。お互いがお互いの高みを尊重し合い、そこを目指していったら、最強のハイブリッドペアになりそうだ。
※2025年2月27日、KTMは事業継続とMotoGPレース参戦の継続を公式に発表した
あなたたちのおかげで、輝ける!
— KTM Japan【公式】 (@ktm_japan) February 27, 2025
やりました!戻ってくることができました! -皆様のおかげで!
あなたの情熱、献身、そして忍耐力が、今回の過酷な旅を続ける力となりました。あなたの信念こそ、私たちを未来へ前進させる原動力です。… pic.twitter.com/trJUktOWob
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