
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第135回は、原田さんがアプリリアファクトリー所属時代のメカニックだったジジさんの話を中心に。
Text: Go TAKAHASHI Photo: Ducati
1発のタイムは狙っていない、それでもマルクはチャンピオン争いの中心になりそうな気配
今年のMotoGPは、多くの移籍によりライダー/チームのラインナップが大きくシャッフルされており、本当に楽しみです。僕自身もワクワクしながら見ていたマレーシア公式テストについてのレポートを、2回にわたってお届けします。
ドゥカティのファクトリーチームに移籍したマルク・マルケスは、マレーシアでは1発のタイムを狙わなかったようです。総合順位は5番手に留まりました。しかし、アベレージは速い。他のライダーも「チャンピオン争いはやはりマルクが中心になるだろう」と言っていましたが、それも頷けます。
マルク・マルケス選手(マレーシア公式テスト)。
少し気がかりなのは、2025年型のエンジンがもうひとつ、と評価されていること。最新(マレーシアの次のタイ公式テスト後)のニュースでは、「ドゥカティは2025年型エンジンを諦め、2024年型で戦うことを決めた」という報道もあります。これは僕自身も経験してきたことですが、常に最新が最高とは限らない。本当に難しいものです。
ただ、そのドゥカティにしても、好調に見えるヤマハにしても、テストだけでは何とも判断がつかない、というのが本音です。……と言いつつ、テストでしょっぱなから速さを見せたライダーは、そのシーズン調子がいい、ということも多々あります。テストはテスト。一喜一憂せず、開幕を待った方がよさそうです。
全体的な印象としては、ドゥカティ優勢は動きそうにありません。ファクトリーマシンはライドハイトデバイスまわりに新しい機構を投入するなど、攻めの開発を続けています。立役者は、やはりゼネラルマネージャーのジジ・ダッリーリャということになるでしょう。
このコラムでも何度か書いていますが、ジジは僕がアプリリアでレースをしていた時のエンジニアでした。当時はヤン・ビッテベンさんというオランダ人がチーフエンジニアだったので、ジジはその下で働いていたことになります。
ジジ・ダッリーリャ(写真は2024年マレーシアGP)。
ヤンさんは相当な頑固者でした(笑)。少なくとも僕がヤマハからアプリリアに移籍した’97年は、何もしてくれなかった。自分が認めたライダーにはとことん手をかけますが、そうでなければまったく……と、ハッキリしていたんです。
「このマシンでマックス(ビアッジ)がチャンピオンを取ったんだから、おまえもコレで頑張れ」という調子でした。僕としては、「いやいや、コレじゃ勝てないから何とかしてほしいんだけど!」。ヤンさんとはしょっちゅう言い合いしてました(笑)。
そういえば、ジジはその頃から「どんなライダーでも速く走れるマシン作り」をめざしていましたね。「勝てるライダー1点突破主義」のヤンさんとは違うアプローチで、今のドゥカティのマシン作りと同じ考え方でした。
ライダーにはいろんなタイプがいます。どんなマシンでも乗りこなせる人、セットアップが自分好みに決まった時に力を発揮する人──。僕は完全に後者でした。実力を示すためには、自分に合ったマシンが必要です。でも、まず実力を示して認めてもらわないと、自分に合ったマシンを作ってもらえない……。
このジレンマをどうやって突破するかって、自分に合わないマシンでも頑張るしかありません(笑)。どうにかセッティングを変えてみたり、レース運びを工夫したり、いろんな手を使って、とにかく勝つ。
僕の場合はアプリリアに移籍して最初の3戦は連続して表彰台に立ち、6戦目に初優勝し、7戦目も連勝しました。そこで風向きがガラリと変わり、自分好みのマシンを作ってもらえるようになったのを覚えています。
現金と言えば現金ですが、徹底した実力主義ということでもあります。いったん認められてしまえば、とことんよくしてくれるがいいところ。以降は今に至るまで、アプリリアとはいい関係が続いています。
イタリアには優秀なエンジニアが育つ土壌がある
余談になりますが、ヨーロッパはジジのようなエンジニアの地位がとても高いのが特徴です。ジジもアプリリアからドゥカティに「移籍」しましたが、かなりの厚遇だったはず。実際、素晴らしい暮らし向きです。
ただし、イタリアの大学で専門性の高い学部に進学するには、専門性の高い勉強をする高校に行かなければなりません。つまり、中学生が高校を選ぶ時点で、自分の進路を明確に決めなけれならない仕組みになっているんです。
自分の娘たちを見ていても思いますが、日本人の感覚では10代半ばぐらいの段階で将来を見定めながら進路を決めるのは、なかなか酷なように感じます。自分を振り返っても、10代半ばなんて何も見えていませんでしたからね(笑)。
でも、そうやって若いうちからスペシャリストを養成していることが、イタリアで優秀なエンジニアが育つ土壌になっているのも確か。実際、ジジと付き合っていて分かるのですが、彼はめちゃくちゃ頭がいい。「ビールをどうやったら早く冷やせるか」といった重大な課題(笑)も、理系の知識でたちまち解決してくれます。
若いうちから「自分は将来、この職に就くんだ」とはっきりと人生を決め、高度な教育を受け、厳しい競争を勝ち抜いてきたジジのような優秀なエンジニアがゴロゴロいるのが、イタリアという国なんです。
日本のように若者に幅広い選択肢が用意され、時間的な猶予もある国と、イタリアのように若いうちから自分の人生を限定する国と、どちらがいいのか僕には分かりません。でも、国の教育システムの差がMotoGPでの差になっている……のだとしたら、考えるべき問題が潜んでいそうですね。
そういえばジジは、あんな風に穏やかそうに見えて、かなりパワフルな政治手腕を発揮する人でもあります。’27年にはMotoGPの850cc化がアナウンスされていますが、大がかりなレギュレーションの変化は底力のある日本メーカーのチャンスにもなるはず。ジジにやられないように、注意した方がいいかもしれませんよ……。
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