
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第15回は、ブレーキングで誰にも真似できないリヤスライドを駆使するペッコ・パニャイアのライディングを解説。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:Ducati, Michelin
天性のセンサーを持っているバニャイア
フランチェスコ・バニャイアが勢いに乗っている。中盤戦に入ってますます調子は上向きで、第11戦オーストリアGPでは今季3回目のピンピン、すなわち土曜日のスプリントレース、日曜日の決勝レースの両方で優勝を果たした。決勝の優勝は3年連続で、レッドブル・リンクでの強さを見せつけた。
彼のライディングは、非常にレベルが高い。当・上毛GP新聞でも再三再四その凄味についてお知らせしてきたが、どうも皆さんに伝わっている気がしない(笑)。あまりにもシブすぎて、分かりやすいハデさに欠けるのだ。
だから「バニャイアが勝つと強すぎてつまんない」とか「地味」とかさんざん言われてしまうわけだが、このまま行くと3連覇も見えている偉大なライダーである。しつこいようだが、バニャイアの凄さについて解説したい。
まず彼が天才的なのは、乗車位置である。……この一文からして、かなりシブい……。MotoGPマシンは200kgを切る軽量な乗り物だし、リーンというダイナミックな動きもある。その中で、70kg近くの重量物であるライダー+装具は、かなりの比率を占める。だからライダーがどこにどう乗るかは、非常に重要な要素なのだ。
バニャイアの操作と、それに対するマシンの反応を見ていると、彼は常にいい位置に乗っていることが分かる。マシンにまたがってすぐに「ここにこう乗るべきだな」と理解できるのは、天性のセンサーによるものだと思う。
乗るべき位置を完璧に掴んでいるバニャイア。
彼のセンシング能力は、非常に優れている。以前このコラムでも、レース終盤に強い彼を「バニャイアだけタイヤに目が付いているようだ」と表したことがあるが、それぐらいタイヤの消耗具合をリアルタイムかつ精密に感じ取っている。
さらに前回のオーストリアGPでのライディングを見ていると、ブレーキング時のリヤのスライド量が理想的だった。リヤを過度に流しすぎることなく、弱カウンターステアの理想的なスライドは、まるで四輪ラリーのWRCマシンのようだ。
リヤの制動力と旋回性を高めている
バニャイアが優れているのは、思いがけずスライドさせすぎてしまった時に、何事もなく元に戻せることだ。いくらバニャイアとは言え、「こんなに横を向いちゃったらコースアウトもしくはハイサイド!?」とヒヤリとする瞬間はあるのだが、何てことなくリカバリーしてしまう。これも彼のセンシング能力の高さによるものだろう。リヤの滑り具合をフロントブレーキで加減しているようだ。
「リヤのスライド」などとアッサリ言っているし、皆さんにとっても今や見慣れた光景かもしれない。かつてバレンティーノ・ロッシがリヤスライドをモノにして以来、すっかり当たり前になった。
でも、怖い(笑)。そうそうできるものじゃない。それに、ロッシ時代はリヤブレーキやエンジンの強大なバックトルクを利用してのリヤスライドで、若干パフォーマンスっぽさもあったが、今はあくまでも速く走るための手法。かなりシビアで、ただスライドすればいいというものではなくなっている。
考えられる主な効果はふたつある。ひとつは、リヤをスライドさせることで摩擦力を高め、減速度を上げること。制動力を高めている、ということだ。もうひとつは、向き変えを早めること。リヤのスライドが収まった時点でマシンは10度ぐらいインを向いているので、より早くスロットルを開けられる。
今のMotoGPマシンは開発の制約もあり、出力自体はそんなに変わっていない。だから全開にできるポイントを少しでも早めて、長く加速することが勝負のカギだ。そのための向き変えであり、そのための制動力アップであり、そのためのリヤスライド。勝敗を決するかなり重要なアクションなのだ。
ドゥカティのファクトリーマシンは、恐らくクラッチにスペシャルな機構が使われていて、それが助けになっている面は大きいだろう。縦横剛性の適正化も、空力も、ドゥカティはかなり進んでいる。しかし、いかに優れたマシンでも、それを使いこなせるかどうかは、結局ライダーの腕次第。そういう意味でも、バニャイアは今、もっとも優れたMotoGPライダーと言えるだろう。……地味だけど。
抜群の速さを見せつける。
なのに“地味”という評価がつきまとう……。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
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