軽トラックを仕事だけでなく、パーソナルユースにも使う人が増えているという。そんな需要を見越したかのように登場したのがスズキ・スーパーキャリイの特別仕様車であるXリミテッド。男前にドレスアップされたコイツに目を付けたのが“バイクが積めるクルマが欲しい”と日々悶々としているYMマツ。なかば職権乱用で車両を借り出したゾ!
●文:ヤングマシン編集部(マツ) ●写真:山内潤也 ●外部リンク:スズキ・キャリイWEBサイト
バイクを積んで家族と出かけて、クルマ好きも満足できる?
世帯持ちには休日の“家族サービス”というものがある。家族が楽しんでくれるのだから嫌ではないけれど、奥様がアウトレットなんかで洋服を選んでいる小一時間に「今バイクがあれば、ちょいと走りに行けるのになぁ」なんて思うことは正直ある。
そして僕の愛車は2ストレプリカのNSR250R。このバイク、箱根や伊豆のワインディングを走らせれば史上最高にワンダフルかつアメイジングだが、それ以外の場面はただただ苦行で、楽しいことはほとんどない(体力の衰えたアラフィフの個人的意見です)。この悩みを解決するにはクルマに積んで箱根に行くか、もしくは箱根に住むしかない。
というわけで最近の僕は、家族とお出かけできてバイクも積めるクルマが非常に欲しい。”ならハイエースを買いなさいよ”って話だが、ここで中途半端に4輪も好きな血が騒ぐ。マニュアルミッションを駆使してエンジンをブン回す楽しさが忘れられないのだ。この“MTに乗りたい願望”は、アラフィフのクルマ好きなら心のどこかに抱いているはず(という前提で話を進めますよ)。
有力候補はスズキの軽トラ・スーパーキャリイ
と、そこに稲妻のごとく現れたのがスズキの軽トラック「スーパーキャリイ Xリミテッド」だった。ふつうのキャリイよりもキャビンの長いスーパーキャリイに追加された、ちょいとイケてる特別仕様車である(変更点は外観だけで、機能面はSTDのスーパーキャリイから不変)。
スーパーキャリイのスーパーたる所以は居住性にある。多くの軽トラはシートの背もたれが直立しており、タイトな乗車姿勢を強いられるものだが、コイツは軽トラNo.1の運転席40度、助手席24度ものリクライニングが可能なのだ。こ、これなら奥様を乗せるファミリーカーとして、ギリ許可が出るのではないか…。
もちろん「え〜軽トラ〜?」とか言われてしまうかもだが、そこは見てごらんなさいよ、このXリミテッド。各部のブラックアウトやデカール加飾で、男前度はふつうキャリイの5割増し(推定)。もちろんキャビンが長いぶんだけ荷台は短いが、250ccのNSRなら積めるだろう。そしてココが大事なのだが、軽トラだけに当然のごとく5速MTが設定されているのだ。
そんな話をスズキの4輪広報で旧知のK氏にしたところ、なんと5速MTの広報車両があり、それを貸してくれるという。WEBヤングマシンは2輪メディアなのに4輪を借りてもイイノカナ〜とは一瞬思ったが、この誘惑には勝てません。Kさんはグース250を所有するバイク乗りだし、まあいいでしょ。
というわけでXリミテッドの実力を拝見すべく、バイクを積んで箱根まで行ってみることにした。軽トラの本分から外れているのは重々承知。“軽トラをパーソナルユースしたら実際どうなの?”という、お試し企画とでも思って欲しい。ただし僕ひとりだと「サイコォー!! タノシィー!!」で終了の可能性があるので、我が家の奥様にも同行を願うことにした。ダラダラ語ってすみません。いざ本編!!
アラフィフ悶絶のルックスと走行フィール
東京・新橋のスズキ東京支店で対面したXリミテッドは予想以上にカッコよかった。凛々しくブラックアウトされたLEDヘッドライトやラジエーターグリル、フォグランプベゼルなどが広報車の「モスグレーメタリック」という車体色にマッチしていてとても今っぽい。しかし、ボディサイドのデカールには昭和チックなビス留め風デザイン処理が施されており、オヤジを悶絶させる。
加えてスーパーキャリイ自体のたたずまいがいい。キャビンを延長し、居住スペースを拡大したことでお仕事感が薄れ、パーソナルユース感が強まったように見えるのは気のせいではないだろう。結果生まれたやや頭でっかちなルックスはなんだか愛嬌がある。
室内空間は当然ながら普通の軽トラより格段に広い。キャビン延長で生まれたシート後方スペースはもちろん、ハイルーフ化で頭上にも余裕があり、軽トラにありがちな狭苦しさがないのだ。カタログにはシートをガバリと倒しくつろぐ様子が掲載されているが、たしかにそんなふうに使いたくなる居心地のよさがある。この余裕はロングドライブにもプラスのはず。働くクルマらしい、実用性を優先した広い視界も気持ちいい。
走り出せば意外なほどの静粛性と乗り心地の良さに驚かされる。軽トラってエンジンは常時ギャンギャン唸り、積載対応の硬い足まわりで跳ね回るように走る印象があったのだけど、Xリミテッドはアイドリング領域では無音と言えるほど静かだし、路面の突き上げもガツガツ来ず、角が丸い印象がある。新橋から編集部のある上野を目指し、内堀通りを走るXリミテッドはなかなかに快適だ。
とはいえ快適なシティコミューターと言えるのは60km/hぐらいまでで、速度が上がるほど「やっぱり軽トラだねぇ」という印象にはなってくる。50psを6200rpmで発揮する660ccの3気筒エンジンは加速もそれなりなので、キビキビ走るにはアクセルを踏み込む必要があるし、登り坂では積極的なシフトダウンも要求される。
それを“面倒くせぇ”と思うか“チョー楽しい!!”と感じるかが軽トラをパーソナルユースする分水嶺になるだろうが、5速MTのシフトフィールはお世辞にも”カチカチ節度よくキマる”類ではないし、クラッチも繋がりにやや唐突感がある。軽トラという成り立ちからすれば当然だが、荒っぽい感じは否めない。
しかし、そんな細けぇこたぁいいじゃねえか。5速MTを駆使し3気筒の高回転サウンドを響かせて激走していると、音や振動、操作に対する挙動などすべてがダイレクトに身体に伝わってきて“オレ、クルマを運転してるぜぇ〜!”という原始的な楽しさが爆発する。ベタ踏みしても大したスピードが出ないのがまたいい。バイクに例えればカワサキ・ニンジャZX-25Rの世界観にも近い。
このワイルドさは今となってはたいへん新鮮だが、アラフィフ筆者としては若かりし頃に散々乗り回した、激安ポンコツのスポーツカーにも通じるフンイキを感じてしまった。し、視界が滲むぜ。乱視や老眼のせいだけじゃなさそうだぜ。自動運転すら一般化している現代のクルマ社会で、あえて軽トラを選ぶ理由はここにあるのではないか。オッサンの思い出リプレイ装置である。
ちなみに1速でレブリミッターまで引っ張ると30km/h弱。同様に2速は約50km/hで、3速で80km/hに届く。やはりギヤ比はショート気味(4輪もこの表現でいいのかな?)で、街乗りなら2速発進が適切かもしれない。余談ながら3速の全開加速で見せる60〜80km/hあたりのレスポンスと、ビィィーンと響くエンジン音は笑っちゃうほどレーシーだ。
それでいてデュアルカメラ式の衝突軽減ブレーキは標準装備だし、マニュアル乗りてぇと吠えつつ運転自体は数年ぶりという身には、坂道発進を助けてくれるヒルホールドアシストがなんともありがたい。さすがに自動追従クルーズコントロールまではないけれど、ワイルドさと近代装備のバランスがどちらかに偏っていないのが好ましい。街乗りでそのあたりを確認したところで、NSRと奥様を乗せて箱根を目指してみることにする。
バイク積載はやや苦戦。奥様の印象は悪くない?
初めてということもあるけれど、XリミテッドにNSRを積むのはちょっと苦戦した。まず、まっすぐに載せるとリヤタイヤが荷台後端からハミ出す(タイヤの接地面は荷台に載っているが)。そこでハンドルを切り返したり、リヤホイールを持ち上げてズラしたりしながら荷台の上でバイクの角度を振っていくのだが、荷台が短いため、この“振る”作業をする余裕が少ないのだ。
より幅広のラダーレールを用意し、最初から角度を付けて乗せるなどすれば大丈夫だろうし、最終的にはタイヤから5cmほどの余裕を残して後部のアオリを閉じられたので、絶対的なスペースとしては余裕はある。しかし編集部のハイエース・スーパーロングのように、サクサク積んでさっさと走り出すことはできない。それは荷台寸法的には当然なのだが、出かけるたびにこれを行うのはちょっと骨が折れそう。朝から少しだけ凹む。
しかし、そんな気持ちもNSRを積んだXリミテッドを眺めているうち霧散した。バイクを積んだトラックって、どうしてこんなにカッコいいのだろう(笑)。この高揚感はバイクが隠れてしまうハイエースでは味わえない。土砂や木材、家畜に魚に野菜に米にビールケース。トラックに積まれるありとあらゆる荷物の中で、もっともイケてる積載物がバイクなことに異論はないだろう。ないですよね?
ニヤニヤしていると身支度を終えた奥様が出てきた。Xリミテッドを見て「色がいいね。ここ(ヘッドライト)が黒いのも垢抜けてる」とひと言。助手席に乗せて走り出すと「意外と静かだね」。むふふ。積載にこそ苦労したものの、まずは幸先いいスタートだ。
しかし高速道路に乗ると雲行きが怪しくなってきた。シートのクッションが薄く感じるという。スーパーキャリイは座面のサイドサポートを盛り上げてホールド性を高めるなどの工夫がされるが、それでも距離が伸びるとお尻がムズムズしてくるのは確か。リクライニングできる軽トラは珍しいんだぜ、とフォローするも「リクライニングしないクルマのほうが珍しいよ」とにべもない。
高速道路では80km/hぐらいが直進性などに気を使わず運転できる適切速度という感じ。もちろんもっとスピードは出るけれど、クルマに無理させてる感が出てきてかわいそうだし、乗り手も疲れそうだ。とはいえ高速道路を飛ばすクルマじゃないのは最初から分かっていること。逆に80km/h程度なら、助手席と普通に会話できる静粛性があるのは嬉しい発見だった。
自宅付近の東名川崎ICから御殿場ICまで約100kmの東名高速ドライブは、仕事で使うハイエースや過去のポンコツ愛車など、騒がしいクルマに耐性のある筆者としては“けっこう使えるじゃん”という印象。そして奥様は…シートをリクライニングさせてスヤスヤなので、お尻のクッション性のほかは問題ナシ、ということでOK牧場?!
バイクライフが超充実。トランポって素晴らしいッ!!
アウトレットに向かう奥様を御殿場市街で降ろし、2時間後にピックアップする約束を交わして箱根の山道を登る。コーナーではなんというか、クルマが“よっこらしょ”と曲がっていく感じ。調子に乗って飛ばすと怖いことになりそうなので、しずしずと長尾峠のつづら折れをこなしていく。大事なNSRも積んでいる事だし。
到着した目的地・三国峠は曇り空ながら、バイクに最適な初夏らしい気温。さっそくNSRを降ろしてワインディング世界一の走り(異論は認めます)を満喫する。いや〜役得役得。考えてみればNSRで峠道に来るのは久しぶり。前述のとおり、行くまでが億劫で言うほど来ていないのだが、その億劫部分を担ってくれるトランポってスバラシイ。これなら毎月箱根に通えそうな気がする。
Xリミテッドのある生活を夢想してムフムフしていると、そんな僕をからかいたいのだろう。山内カメラマンが「“すべてを手に入れた男”というイメージでポーズを取れ」という。それが当記事のタイトル写真。言うまでもないが、軽トラと2ストレプリカの組み合わせはお金持ちっぽさとは程遠く、それがなんとも好ましい(笑)。誰からも妬まれない親近感。これも軽トラの魅力だ。
ちなみに今回、計230.6kmを走行しての燃費は18.6km/L。メーカー発表のWLTCモード燃費(17.9km/L)を上回ってしまった。ハイブリッド全盛の昨今では目立つ数値ではないかもだが、12L少々のガソリンで箱根を往復できれば大満足(高速代もNSRと同じ軽料金だし)。バイクの積み下ろしも、撮影で繰り返すうちにコツが掴めてきた。
これからのSDGsなクルマ趣味は軽トラだ?!
ともあれ、Xリミテッドのある生活(1週間ほどお借りしました)はとても楽しく充実していた。このクルマがあるだけでバイクライフは確実に幅が広がる。編集部でもなかなかの人気者で“ちょっと乗らせて”と声をかけられること多々。アラフィフの好きモノが興味を示す存在であることは間違いない。
もちろんパーソナルユースに物足りない部分はあったが、近年、軽トラはカスタムベースとして大人気のため、キャリイにもアフターパーツがわんさと存在する。あのヨシムラがマフラーやホイールを発売しているほどで、不満を解消していくカスタム妄想をしているだけでも楽しい。
そんな妄想をふまえ、かつ“そういうクルマじゃねえんだよ”というツッコミを覚悟で述べるなら、シートや乗り心地などをもっとパーソナルユースに寄せた仕様があったら最高だ。また、ジムニーに1500cc版のジムニーシエラが存在するように、軽枠にとらわれないスーパーキャリイがあっても面白そう。遊びの幅だって格段に広がるだろう。
今回の試乗を通じて、ひょっとしたら軽トラはクルマ好きアラフィフ最後の砦かもしれないなぁ…と感じた。趣味の対象になる4輪の新車は減ったし、あってもかなり高価。若い頃に楽しんだ1980〜90年代のクルマは高騰しているし、維持の費用まで考えたらちょっと手が出ない。
となれば、手の届く価格で新車が買えて、走らせて楽しく、たぶん10〜15年ぐらいは故障の心配もなく、壊れても近所のモータースで修理できる軽トラは、2輪ではすっかり趣味車に定着したスーパーカブみたいな存在だと思わなくもない。突き詰めていくと実用車の面白さに気づくという構図は、2輪も4輪も同じなのかもしれない?!
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