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元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第11回は、ペドロ・アコスタの超絶ブレーキングに驚嘆。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:Michelin, Red Bull
ブレーキのかけ方だけじゃなく、弱め方が神がかっている
2024MotoGPがいよいよ開幕し、すでに2戦が終了した。第1戦カタールGP、第2戦ポルトガルGPでワタシの目を捉えまくったのは、何と言ってもGASGAS(KTM)のペドロ・アコスタだ。19歳のスペイン人であるアコスタは、’21年にMoto3で、’23年にMoto2のチャンピオンを獲得し、今年MotoGPにデビューしたばかりの「ニューカマー」。だが、開幕からの2戦でいきなり新人離れした凄まじいポテンシャルを見せてくれた。
まず開幕戦では、あのマルク・マルケス(ドゥカティ)をストレートエンドでバチッとイン側から抜き去って見せた。1コーナーのブレーキングでああいう抜き方をすると、たいていはオーバーランしてしまい、クロスラインで抜き返されるものだ。しかしアコスタはちょっと膨らむぐらいで収めて、マルケスを押さえた。
1コーナーで2人のチャンピオン経験者を相手に堂々と渡り合い、抜き去っていった。
Moto3、Moto2時代から思っていたことだが、アコスタはブレーキングが超絶うまい! これはMotoGPにステップアップしてもまったく変わらない……どころか、さらに磨きがかかっている。
彼のブレーキングは、ハードブレーカー、いわゆる「突っ込み上等」タイプではない。もちろん突っ込みも優れているのだが、特筆すべきはBRCT、すなわちブレーキ・リリース・コントロール・テクニックである。
ご存じのように、ブレーキはフロントブレーキレバーを握り、リヤブレーキペダルを踏むことで制動力が発揮される。「ブレーキをかける」という操作だが、この操作に対するコントロールテクニックはしばしば取り沙汰される。「突っ込み」などはまさにそれで、「いかにブレーキをかけるか」が重要な場面である。
アコスタはもちろん「ブレーキをかける」ことにも長けているのだが、彼が超絶素晴らしいのは、「ブレーキをリリースする」のが抜群にうまいことだ。当たり前の話だが、ブレーキをかけ続けたらマシンは停車してしまう(笑)。適正なスピードでコーナーに進入すべく、あるタイミングからレバーを握る力やペダルを踏む力を弱めていく。
バイクやクルマにお乗りの方ならイメージしやすいと思うが、走行中にブレーキをかけ、リリースする時、レバーやペダルはパッと離すことが多い。ギュッと握り、適正なスピードに減速したら、パッと離す。しかし、運転な好きな人なら、離し方も考えるだろう。
実は多くの皆さんがBRCすなわちブレーキ・リリース・コントロールを駆使している場面がある。それは、赤信号などで止まる時だ。ブレーキをパッと離すと、バイクやクルマの挙動が大きく変化し、いわゆる「カックンブレーキ」になる。これは誰もが認識していることと思う。クルマなら助手席の人の頭がガクンと動き、「あの人の運転、嫌い」と言われてしまう。
運転に少しでも興味や関心がある人なら、カックンブレーキにならないようにソロソロ〜と慎重かつていねいにレバーやペダルから力を抜いていくはずだ。そしてバイクやクルマの姿勢が変化せずスーッ……と止まれた時に、心の中で小さくガッツポーズをするだろう。
アレと同じようなBRCを、アコスタは超ハイスピードからの超短時間での強烈ブレーキングで、しっかりと遂行しているのだ。これは本当に難しい。ここからはサーキット走行の話になるが、スポーツライディングの基本のキとして、「トレールブレーキ」がある。「引きずりブレーキ」とか「ブレーキを残す」などいろいろな言い方があるが、ドーンとブレーキをかけた後、パッとブレーキを離すのではなく、コーナーでスピードがもっとも落ちるクリッピングポイントに向かって徐々にブレーキを弱めていくことだ。まさにブレーキを引きずながら、コーナーに進入していく。
このトレールブレーキにはいろいろな効能があるが、適切な姿勢を保つ効果がもっとも大きい。バイクはフロントサスペンションがストロークしてフロントが下がり、キャスター角(水平な地面に対するフロントフォークの角度)が立った状態がもっとも高い旋回力を発揮する。
ブレーキを1発ドーンとかけると、まさにそういった姿勢になるのだが、ブレーキをリリースするとフロントサスがビヨ〜ンと元に戻ってしまい、キャスター角が寝て、旋回力が落ちる。これを防ぐためにブレーキを弱くかけ続けて、フロントが下がりキャスター角が立った姿勢を維持するわけだ。
つまりブレーキにはスピードコントロールの他に姿勢コントロールの役割もあり、特にBRCすなわちブレーキ・リリース・コントロールは姿勢のコントロールでもある。だからBRCに極めて長けたアコスタは、突っ込みでライバルを抜いた後にもオーバーランすることなく、抜き返されることもないのだ。
今までにも「ブレーキングがすごい」と言われるライダーは多くいたが、ほとんどの場合は「突っ込み」、つまりブレーキをかける方のすごさだった。しかしアコスタはブレーキをかけるのも、離すのもうまい。これは本当にすごいことなのだ。
下りの左コーナーでリヤを流しながら走る
MotoGPにおけるBRCは、超ハイスピードから超短時間で超減速してマシンをバンクさせながら行うので、ハンパではなく難しい。ちょっとでもブレーキをリリースしすぎればオーバーランしてしまうし、逆にちょっとでもブレーキのリリースが不足してブレーキがかかりすぎると、フロントから転んでしまう。タイヤのグリップを縦方向にも横方向にも使っている場面だから、相当にシビアだ。これを、MotoGPデビュー戦でマルケス相手に見せつけたのだから、アコスタ、本当に恐ろしい子だ。
そしてアコスタの恐ろしさは、BRCすなわちブレーキ・リリース・コントロールだけではない。早くもKTMをしっかりと乗りこなしている……。当コラムではたびたび指摘しているが、KTM・RC16はフロントに頼れないマシンだ。今のところブラッド・ビンダーだけがキッチリと体得している「KTM乗り」を、アコスタはアッサリと完コピしてしまった。
例えばポルトガルGPが行われたポルティマオの5コーナー。難易度が高い下りの左コーナーだが、ここをアコスタはキレイにリヤを流しながら走っていた。フロントに頼れない分、リヤから向きを変えるライディングだ。一瞬だけ滑らせるのではなく、クリッピングポイント付近まで流し続けていた。そのうえアコスタは、レース中にどんどん習得していたのだ。
レース自体は、マーベリック・ビニャーレスのリタイヤによるごっつぁん表彰台と言えなくもない。しかし、開幕戦ではもうひとつだったタイヤマネジメントも、2戦目でしっかりとやり切るクレバーさも見せた。速いペースでコンスタントに走り続けるアコスタの姿には、「キミ、本当にMotoGP2戦目なの……?」と驚くばかりだ。
天才揃いのMotoGPの中に、さらにこうして飛び抜けた天才性を持ったライダーが登場する。これぞ世界最高峰のレースだ。アコスタ、今シーズン中に勝利を挙げてもおかしくない。そして近い将来、間違いなくチャンピオン争いに絡んでくるだろう。そしてそれは、ものすごく近い将来かもしれない。
2013年のマルク・マルケスはそのまま一気にチャンピオンへと駆け上がったが、アコスタはどうなる?
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