1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第117回は、難なく乗り換えをこなしているペドロ・アコスタや、ホンダ/ヤマハの現状について。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Michelin, Red Bull, YM Archives
765ccから1000ccへ、スムーズに乗り換えが進んでいるアコスタ
新人のペドロ・アコスタもライダーの力量を見せつけました。早くも「新人」という言葉が似合わないぐらい、当たり前のようにMotoGPマシンを乗りこなし、当たり前のように上位を走っています。ブレーキングが非常にうまいアコスタは、今シーズン中に表彰台に立ってもおかしくありません。
アコスタのテクニックは間違いありませんが、4スト765ccのMoto2から、4スト1000ccのMotoGPへのステップアップは、かなり容易なように見えます。僕は制御が大きく影響していると感じているのですが、MotoGPマシンはかなり乗りやすいマシンなのでしょう。
2スト時代、250ccから500ccへの乗り換えは非常に大変でした。かつてホンダは、シーズン終了後にジャーナリストにGPマシンを試乗してもらうという、何とも豪勢な企画を行っていました。当時、V型5気筒エンジンだったRC211Vに乗ったジャーナリストたちは、「非常に乗りやすい」と絶賛していました。「これなら誰でも乗れる」と。
もちろん限界域まで攻め込めば、どんなマシンでも難しさが出てきます。でも、限界に至るまでの過渡領域では、RC211Vはかなり乗りやすいマシンだったようです。
一方、2スト500ccエンジンは、発進すらままならない(笑)。僕は2スト500ccのNSR500で自分の最後のシーズンを戦いましたが、MotoGPマシンに乗ったことがないので、あくまでも感覚的な予想ですが、平均台の上を歩くようなMotoGPマシン、スケート靴のブレードの上を歩くような2スト500ccマシン、というぐらいの違いがあると思います。2スト500ccマシンは、それぐらいスイートスポットが狭い乗り物だったんです。
少し余談になりますが、僕が’02年に走らせたNSR500は、本当に難しいマシンでした。僕は早い段階からスロットルをガバッと開けてエンジンが着いてくるのを待ち、パワーの上昇とともにリヤから旋回していく、という走り方をしていました。パワーの出方に多少のタメがあるエンジンに乗り慣れていたから、そういう走り方が体に染みついていたんです。
でもNSR500にはタメがなく、スロットルを開けた瞬間にドンとパワーが出てくる。僕の走らせ方では、いつも必要以上のパワーが得られてしまい、それが乗りづらさ、扱いづらさを感じる要因になっていました。
簡単に言えば、僕はNSR500をうまく走らせることができなかった。当時の僕は31、2歳。年齢とキャリアを重ねて、自分の走りが固まってしまっていました。だからNSR500に合わせて、走りを変えることができなかったんです。
「あと5歳若い時に乗っていれば、もっとうまくアジャストできたかもしれない」と思うこともあります。若いうちは、与えられたマシンを何とか乗りこなそうと、自分の走りを変えていく柔軟さがあります。でも経験を重ねると、自分の走りを変えるのではなく、どんどんマシンを変えて行く。知恵が付いて、ラクする方法を覚えてしまうわけです(笑)。
だから経験値があればあるほど、いいマシンを作れるというメリットがあります。でも一方で、自分の走りを変えることがどんどん難しくなっていく。そうして走りが固まってしまい、別のマシンへの乗り換えに苦労することになります。経験にも良し悪しがある、ということですね。
『自分を変えない』が時に邪魔をする
さて、テストの様子に話を戻しますが、ライダーが「だいぶよくなってきた」とコメントしているホンダに対して、ヤマハの苦戦が目立ちます。これは外から見ている僕の感じたことに過ぎませんが、ファビオ・クアルタラロはYZR-M1に合わせた走り方をするのではなく、M1を自分に合ったマシンにしようと必死なように見えます。
ものすごく簡単に説明すると、クアルタラロの強みはブレーキング、M1の強みはコーナリングなんです。クアルタラロは、M1をブレーキングマシンにして、自分の強みを発揮したい。だから一生懸命にセットアップで何とかしようとしますが、基本的にコーナリングマシンであるM1は、なかなか思うようにならない……。実際にはこんなにシンプルな話ではありませんが、ざっくりこのあたりがクアルタラロ苦戦の根っこだと思います。
僕がヤマハに乗っていた時代、似たような苦労をしました。エンジンのパワーが不足していたこともあって、コーナリングでしか勝負できなかったんです。僕自身としては、立ち上がり加速重視の走りをしたかったのですが、マシンの武器がコーナリングなら、それにアジャストするしかありませんでした。
決勝レースでは、突っ込めるブレーキングは大きな武器になります。ブレーキングは抜き所なので、そこで頑張れるライダーは、強い。覚えている方も多いと思いますが、突っ込みの鬼だったアレックス・バロスは、とにかく抜きにくいライダーでした。後ろから追いついてきたライダーの方がペースは速いのに、鬼突っ込みのバロスを抜くのは本当に難しいんです。
レースで勝ちたいライダーとしては、抜かれないマシンの方がいいに決まっています。だからブレーキングを重視する。でも僕が走らせていたヤマハのマシンは、ブレーキングで突っ込みすぎるとフロントが過荷重になり、思うように曲がらなくなります。しかも加速もしてくれない。だからブレーキングを微調整して前後にうまく荷重を残し、旋回スピードを高めることを意識しました。
勝つために、自分の走りをアジャストする。それができたのも、僕が若かったからなのでしょう(笑)。まだ24歳のクアルタラロが自分の走りをなかなか変えられないのだとしたら、それはチャンピオンを獲ったことが災いしているのかもしれません。王者のプライドが邪魔をしている可能性はあります。
でも、MotoGPライダーは全員プライドのカタマリです。プライドが高くなければ、世界最高峰クラスでチャンピオンなんか絶対に獲れない。絶対に必要なものです。でもプライドが高すぎても、適応力に悪影響を及ぼしてしまう……。つくづくバイクは難しく、だからこそ面白いですよね。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
あなたにおすすめの関連記事
11年ぶりにトップカテゴリーでゼッケン1が走る MotoGPは、各チームが発表会を行っています。新しいマシン、新しいカラーリング、そしてチームによっては新しいライダー……。いよいよ23シーズンの開幕が[…]
わずかなメカニカルグリップの差が明暗を分ける MotoGP第2戦インドネシアGPは、決勝日朝のフリー走行でのマルク・マルケスのハイサイド転倒が衝撃的でした。スロットルをオフにしたタイミングでのハイサイ[…]
競り合いに強いシュワンツと、独走させると手に負えないレイニーのように 日本では東京に4度目の緊急事態宣言が出されましたね。ヨーロッパでもコロナ感染は徐々に増えてきており、僕が住んでいるモナコでもロック[…]
今シーズンのMotoGP開催は難しい……かも いまだに猛威を振るい続けている新型コロナウイルス。僕もモナコでほとんど外出しない生活を続けています。先日は、家のすぐ前にあるゴミ置き場にビンを捨てに行こう[…]
取材を忘れて、見入ってしまう迫力 モビリティリゾートもてぎ内のホンダコレクションホールでは、2023年7月22日からMotoGP日本グランプリの決勝レース日となる10月1日まで、「二輪世界グランプリ […]
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
リスクの高いスポーツは社会に受け入れられない……? 3月末、日本にいた僕は東京モーターサイクルショー(TMS)にお邪魔しました。会場を回りながら肌で感じたのは、「レース、やばいぞ……」ということでした[…]
あのスタイルは好きじゃない、でもあれがマルケスらしさ 引き続き、MotoGP第2戦ポルトガルGPについて。前回は、冷静なはずのフランチェスコ・バニャイアがマルク・マルケスとのバトルでちょっと熱くなった[…]
初優勝の翌日にマシントラブルで転倒したビニャーレス MotoGP第2戦ポルトガルGPは、土曜日のスプリントレースでマーベリック・ビニャーレス(アプリリア)が優勝しました。’21年、シーズン途中でヤマハ[…]
ファクトリーマシンを活かしきれるかはグレシーニのチーム力次第 開幕戦カタールで、4位になったマルク・マルケス。ホンダからドゥカティに移籍しての初レースとしては上出来なのですが、それは「普通のMotoG[…]
急に失速し、9位でフィニッシュしたアコスタだけど…… ついにMotoGPが開幕しました! ……勢いで「ついに」と書いてしまいましたが、2月初旬のマレーシア公式テスト、そして2月半ばのカタール公式テスト[…]
最新の関連記事(モトGP)
リスクの高いスポーツは社会に受け入れられない……? 3月末、日本にいた僕は東京モーターサイクルショー(TMS)にお邪魔しました。会場を回りながら肌で感じたのは、「レース、やばいぞ……」ということでした[…]
あのスタイルは好きじゃない、でもあれがマルケスらしさ 引き続き、MotoGP第2戦ポルトガルGPについて。前回は、冷静なはずのフランチェスコ・バニャイアがマルク・マルケスとのバトルでちょっと熱くなった[…]
初優勝の翌日にマシントラブルで転倒したビニャーレス MotoGP第2戦ポルトガルGPは、土曜日のスプリントレースでマーベリック・ビニャーレス(アプリリア)が優勝しました。’21年、シーズン途中でヤマハ[…]
ヤマハは、MotoGPファクトリーライダーのファビオ・クアルタラロ選手と2年間の契約延長を決定したと発表した。これによりクアルタラロ選手は、2025年と2026年も引き続きヤマハファクトリーレーシング[…]
スーパースター不在とコロナ禍により観客減少 四輪レースの最高峰であるフォーミュラ1(F1世界選手権、以下F1)の興行主であるアメリカのリバティメディアが、MotoGPの主催者であるドルナスポーツ(以下[…]
人気記事ランキング(全体)
330円の万能ソケット買ったので試してみたい いつ頃からだろうか?100円ショップが100円だけではなくなってしまったのは。工具のコーナーも例外ではなく、100円、200円、500円、ものによっては1[…]
どうもアイキョウです。ワークマンにはさまざまなレインウェアがあります。 雨の日でも通勤でバイクに乗るならワークマンのバイカーズという製品がオススメです。ワークマンレインウェアの中では高額な5800円な[…]
止められても切符処理されないことも。そこにはどんな弁明があったのか? 交通取り締まりをしている警察官に停止を求められて「違反ですよ」と告げられ、アレコレと説明をしたところ…、「まぁ今回は切符を切らない[…]
――はじめに、津久井高校の県内の位置付けや特色を教えてください。 熊坂:県立高校に移管される前も含めると、明治35年に始まった学校なので120年を超える歴史があります。全日制と夜間定時制の2課程ありま[…]
トルクが凄ぇ! でも意外なほど普通に走る 2294ccの直列3気筒エンジンを搭載した初代ロケットIII(現在はロケット3)を初めて目の前にしたとき、こんな大きなバイクをまともに走らせられるんだろうかと[…]
最新の投稿記事(全体)
↓メインビジュアルのALT設定をお願いします(枠をクリック→右サイドメニューのブロックタブで設定) 「かっこいいバイクじゃん!」「あんなクルマに乗ってみたいなぁ」 と、憧れのバイクやクルマを目の前にし[…]
ビッグシングルのような低中速パンチ&ジェットフィールの高回転! Part1で触れたように、鈴鹿のバックストレートで2速も6速も同じ加速Gという、経験したことのない哮(たけ)り狂ったダッシュに怖れを感じ[…]
愛車とキャンプツーリングに行きたい! おつおつおー!バーチャルバイク女子のアズマリムです。バイク乗りなら一度はやってみたい夢といえば、キャンプツーリング(だよね?)!! アズリムの愛車は、スーパーカブ[…]
①バットサイクル【映画「バットマン」劇中車(1966年)】 バットマンシリーズ初の長編映画として1966年に公開された“バットマン”に登場。バットモービルのバイク版として今ではおなじみの存在だが、初登[…]
こんにちは、マットです!! 今回はアメリカ最古のモーターサイクルメーカーで有名なインディアンモーターサイクルのクルーザーモデルである新型スポーツチーフに試乗してきました!! 排気量1890cc!!ど迫[…]
- 1
- 2