新型コロナウイルスが収束したら、やりたいことがたくさんある

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.31「家のすぐ前で警官に呼び止められ……」

  • 2020/4/15
2000年の原田哲也

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第31回は、トレーニングを動画などで公開する現代っ子ライダーに一言?

TEXT:Go TAKAHASHI
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今シーズンのMotoGP開催は難しい……かも

いまだに猛威を振るい続けている新型コロナウイルス。僕もモナコでほとんど外出しない生活を続けています。先日は、家のすぐ前にあるゴミ置き場にビンを捨てに行こうとしたら、警官に止められてしまいました。「レジデンスカードは持ってるか?」「家に忘れちゃったよ」「家はどこだ?」「すぐ目の前だよ」みたいな会話をして、一瞬どうなるかと思いましたが、捨てるビンを見せたら納得してもらえました。

とはいえ、モナコ自体はパニック状態ではなく、それほどピリピリしてはいません。スーパーは毎日営業してるし、トイレットペーパーや食料品も普通に売られています。むしろニュースを見ていると日本の方が心配です。皆さんもくれぐれも気を付けてお過ごしください。ただ、危機的状況の中で政治への関心が高まっているようにも感じます。次の選挙は投票率が上がるかもしれませんね。……なんてことも、新型コロナウイルスが収束してからの話ですが……。今はひとりひとりの我慢が未来につながると思って、みんなで頑張るしかありません。

MotoGPもいつ、どれだけのレースができることか……。いち早い開幕を望みながらも、正直、世界全体の現状を見ている限りでは、今シーズンの成立はかなり難しいのではないかと思っています。ただ、インターネットが発達しているおかげで、別の楽しみができているのが少しでも救いになってますね。ホンモノの選手たちがオンラインゲームで対決するバーチャルレースは、MotoGPやF1のファンを楽しませていて、インディカーにも広がろうとしています。僕も観ていますが、かなりアツいですよね! 中上くんのカミカゼ・アタックには笑わせてもらいました。

もうひとつ僕が注目しているのは、ライダーたちがこぞって発信しているトレーニング風景です。みんなどうして上半身裸になって撮るんですかね? ちょっとナルシスト入ってるのかな(笑)。なんて思いますが、みんなホントにいい体をしてるから、見せたくなるものなんでしょうね。

僕は最高峰クラスでは2スト500ccマシンしか経験しておらず、4ストGPマシンには乗ったことがありません。でも、両方乗っているロリス(カピロッシ)に聞くと、「2ストは乗るのが難しいけど、体力的には厳しくない。4ストは制御も進んでいて乗りやすいけど、速くて重い分かなり体力が必要」ということのようです。僕も現役で2スト250ccを走らせていた時は、ちょっとしたランニングやジムに行く程度でした。

2002年の原田哲也

2002年、鈴鹿で行われた日本GPでNSR500を駆る原田さん。マシン特性と乗り方が合わず、苦労したという。 [写真タップで拡大]

というか、「トレーニングしてます!」と言うのがイヤだったんですよね(笑)。本当のことを言えば、GP最後の3、4年はパーソナルトレーナーについてもらって、それなりのトレーニングはしてました。でもそれはレーシングライダーにとって当たり前のこと。わざわざ公言するつもりはなかったんです。努力を見せるのが嫌いで(笑)。何も知らない人には「原田はトレーニングをしないからダメなんだ」なんて言われたものですが、気にしませんでした。何をやってるかバラしてしまったら、ライバルにマネされるかもしれませんしね。……ライダー自身が積極的に情報発信する今の時代からすれば、古いスタイルなのかもしれませんが……。

大ちゃんは頭の回転がとても速かった

でも、本当のことを言うと、フィジカルトレーニングにどれぐらいの効果があったのが、自分ではよく分かりませんでした。僕はもともとレースで疲れを感じることがほとんどなかったんです。左高速コーナーが続くザクセンリンクだけは少し左腕が疲れましたが、それぐらい。腕上がりも経験がありません。トレーニングメニューは下半身と背筋が多かったんですが、だからと言って皆さんにお見せして自慢するほどムキムキになったこともありません。どちらかと言えば体が重くならないよう、筋肉の付きすぎに気を付けていました。

だって、もしライディングに筋肉が必要なら、ボディビルダーが最強ってことになるでしょう?(笑)それより、持久力も含めてバランスよく鍛えることが大事だと思います。そしてもっと大事なのは、バイクに乗ることです。モトGPライダーの多くがリスクを辞さずモトクロスやダートでトレーニングするのは、結局バイクに乗ることがもっとも効果的だからです。バイクで使う筋肉は、バイクに乗ることでしか鍛えられません。もっと大事なのは、判断するスピード、そして判断したことを筋肉に伝達するスピードなんです。これはまさにバイクに乗って鍛えるしかないんです。

自分で言うのもナンですが、レーシングライダーは頭の回転が速い人が非常に多い。大ちゃん(故・加藤大治郎さん)だって、話すスピードこそ遅かったけど(笑)、とても頭のいい人でした。レース中の判断力のスゴさには何度も驚かされたものです。超ハイスピードで走りながら状況を的確に判断し、その通りに体を動かさなければならないわけですから、頭もフル回転なんです。ましてやレースともなれば、ライバルの様子もしっかり観察し、クセを見抜き、状況を把握しながら自分の作戦も立てなくちゃいけません。

200km/h以上の高速コーナーでマシンをコントロールしながら、どれだけ多くのことを考えられるか。そこが勝負を決めると言ってもいいぐらいです。ライダーが体力をつける目的は、フィジカル面の強化はもちろんですが、レース後半になっても集中力を途切れさせることなく、思考力をキープするためでもあります。僕自身は、もともと体力面に不安もありませんでしたし、体力が保たなくてレース中に集中力が切れてしまったという経験もありません。でも、今になって思えば「タイヤがタレてきちゃったな」「エンジンの調子が悪いな」など、マシンの状況によって集中を失い、守りに入ってしまったことはあります。

そういう時に、無理をしてでも頑張った方がよかったのかどうかは……、分かりません。無理をしたら転んでいた可能性もあるし、何とも言えない。難しいですね。もしかしたら多少マシン状況が悪くても頑張っていれば、1度だけじゃなくて何度もチャンピオンを獲れたのかもしれません。……獲れたのかなあ? というより、1度じゃダメですか?(笑)千葉の田舎の兄ちゃんが世界一になるなんてことは、1度でも十分じゃないかと自分では思うんですが……。

僕自身は、ライダー生活にまったく後悔はありません。確かに現役の間は常にチャンピオン獲得をめざしていましたし、それが1度だけしか叶わなかったのは偶然だったからかもしれないし、2度、3度と重ねることができなかったのは、自分の実力不足としか言いようがない。でも、後悔はまったくしていません。自分では、これ以上できないぐらい頑張ったからです。現役の間は、本当に頑張り抜いて、ベストを尽くしました。だからこそ引退した時には、大好きだったバイクを見るのもイヤになっていました。バイクが嫌いになるぐらいやり切ったから、「もういい。もう十分だ」と思ったんです。

現役を退いてからはまったくバイクに乗りませんでしたが、10年経って、改めて気付きました。「オレはバイクが好きだったんだな」と。そして今、こうして大好きなバイクを皆さんと楽しむことができて、本当に幸せだと思っています。僕にとっては仕事という側面があることは確かで、「楽しい!」だけじゃ済まない部分もありますが、現役時代のようにピリピリしたプレッシャーはありません。

そして何より、無理をしなかったおかげで今もバイクに乗れるんですから、チャンピオンの獲得回数を重ねることよりも正しい選択だった……のかもしれないし、やっぱり何回も獲っておいた方がよかったのかもしれません。本当に難しいところですね……。何が合っているのか、僕には分かりません。でもひとつ言えるのは、その時、その時で自分のベストを尽くしておけば後悔のない生き方ができる、ということです。

だから今は、YouTubeを見まくっています(笑)。新型コロナウイルスが収束した後にやりたいことがたくさんあって、そのヒントにしてるんです。パソコンにかぶりついてるのは、ヒマだからじゃありませんよ。頭をフル回転させながら先の先を考える、レーシングライダーらしい行動なんです。本当ですよ!(笑)

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原田哲也

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1993年ロードレース世界選手権(WGP)250の世界チャンピオン。1992年に全日本で同クラスのチャンピオンを獲得し、翌年に初挑戦のWGP250で戴冠した。現役当時のニックネームは「クールデビル」。'02年に現役を引退し、現在はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。