
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第105回は、コンセッションについての考え方とMotoGPシーズン前半を振り返ります。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Honda, Red Bull, Yamaha
コンセッションは“あり”派。それには理由がある
MotoGPでは日本メーカーの苦戦が続いています。第8戦オランダGP決勝も、7位までをドゥカティ、アプリリア、KTMのヨーロッパ勢が独占。ドゥカティ・ファクトリーのフランチェスコ・バニャイアが今季4勝目を挙げ、ジワジワとポイントを積み重ね、ランキングトップの座を確かなものにしつつあります。
レースについては後で触れるとして、皆さんやはり気になるのは日本メーカーのことですよね。あまりに不調なので、最近ではついに「ホンダとヤマハにコンセッション(優遇措置)を与えるべき」なんて議論も始まっています。いろいろな意見がありますが、僕はコンセッションを与えてもいいのではないか、と思っています。
今のMotoGPは、開発コストの高騰を防ぐために、特にエンジン開発には厳しい制限が課せられています。シーズン中にエンジンの仕様変更はできず、1シーズンで使える基数も制限されているので、まったく新規のエンジン開発やチャレンジングな技術にはなかなか手が付けられない状況です。
シーズン途中でも方向修正ができればまだしも、下手すると1年を棒に振ることになるんですよね。それを防ぐためには、最初からできる限り完成度の高いエンジンを作らなければなりません。その実現のためには、結局、莫大な開発費が必要になってしまいます。
「レースは実験室」と言われますが、新しい技術を生み出せる場だからこそ、メーカーはレースに投資する価値を見出すことができます。開発が思うようにできないレースに参戦しても、メーカーに旨味はないでしょう。
WGPからMotoGPへと移行した当初、V型5気筒という誰も真似できないようなエンジンで覇権を握っていたホンダ。写真は2003年の第15戦オーストラリアGPでRV211Vを駆るヴァレンティーノ・ロッシ選手。
日本メーカーと欧州メーカーでは成り立ちが違う
ちょっと説明しておくと、レーシングエンジンに求められるのはパワーだけではありません。今は厳しい燃費も課せられており、より完璧な燃焼が求められています。以前、四輪F1のエンジニアに聞いたのですが、F1のパワーユニットはもっともクリーンなのだそうです。パワー当たりの燃焼効率が極めて高く、燃料をほぼ完全に燃え尽くしているので、燃えカスもほとんど出ないのだとか。
そういうクリーンな燃焼技術は、量産車のエンジン開発にも大いに役立つでしょう。MotoGPも同じように燃焼効率を追求していますから、量産車にフィードバックできることはたくさんあると思います。
でも、今のMotoGPのようにエンジン開発が厳しく制限されていては、新しい技術が生まれる余地はほとんどありません。僕が「ホンダやヤマハにコンセッションを与えるべき」と考えるのは、マシン性能を近付けて日本メーカーに勝たせるため、というよりも、日本メーカーにMotoGPに参戦する意義を感じてもらうため、という意味合いの方が強いんです。
「条件はヨーロッパメーカーも同じじゃないか」と思われるかもしれません。しかし、日本メーカーとヨーロッパメーカーでは、そもそもの成り立ちがだいぶ違います。
ヨーロッパのドゥカティ、アプリリア、そしてKTMは、スポーツバイクを中心としたラインナップで(アプリリアはスクーターも売っていますが)、レース成績と販売が結びつきやすい。MotoGP参戦によるイメージ戦略も効果的です。
しかし、日本メーカーを支えているのはスポーツバイクではなく、新興国を中心とした実用車なんです。MotoGP参戦も多少はプロモーションに貢献しているでしょうが、直結しているとは言いにくいのが実情でしょう。スズキの撤退も、いち日本人レースファンとしては寂しい限りですが、非常に冷静な経営判断と言えるかもしれません。
ホンダとヤマハがスズキと同じ道を選ばないように、コンセッションでもいいから開発の余地を与えて、メーカーに参戦する旨味を残してほしい、というのが僕の願いです。メーカーのステークホルダーを含めて参戦意義を感じやすいレースにすることは、MotoGP自体の存続にもつながると思います。
空力なのか、車体なのか、エンジンなのか
ちょっと話は飛びますが、マルク・マルケスが不調ですよね。精神的にもかなり追い詰められているように感じます。はっきり言ってしまえば、今シーズンはもうチャンピオンを獲ることは難しいわけですから、この後のレースを諦めてでも来季に向けて立て直した方がいいのではないか、とさえ思います。これ以上大きなケガをする前に、時間をかけて開発し直すべきではないか、と。
青木宣篤さんの上毛GP新聞でも不調について言及されているマルク・マルケス選手。
フロントからの転倒が多いことで、「車体に問題があるのではないか」と指摘されているホンダRC213Vですが、話はそう簡単ではありません。バイクは非常に繊細なバランスの上に成り立っている乗り物なので、エンジンと車体がセットになってマシンのキャラクターを作っています。
だから、実は車体よりもエンジン特性が問題だった、という可能性も少なからずあるんです。でも、エンジン開発は事実上ほとんどできない状態が続いていますから、根本的な解決はかなり難しいのではないでしょうか。
これもちょっと話が飛びますが、オランダGPではアプリリアのアレイシ・エスパルガロが接触により右ウイングを破損しながらも3位表彰台を獲得しました。操縦性に多少の難はあったようですが、それでも3位になったわけですから、空力パーツの意味と効能について考えてしまいますよね……。
となると、メーカーがどこに開発費を注ぎたくなるか、何となく分かってきます。量産車へのフィードバックも考慮すると、やはりエンジンと車体、特にエンジンなんじゃないかな、と思うわけです。
コンセッションを適用することが最適解なのかどうか、僕には分かりません。でも、どんな形にせよ、メーカーが積極的に参戦したくなるようなレースをめざすことも大切なのではないでしょうか。
中上貴晶くんの頑張りは評価したい
さて、ようやくレースそのものの振り返りです(笑)。オランダGPで優勝したのはバニャイアでした。スプリントレースではマルコ・ベゼッキが優勝し、決勝でも2位につけましたが、レースディスタンスではまだバニャイアに分があるようですね。
スプリントレースでは燃料を満タンにしていませんし、タイヤも決勝の半分の距離だけ保てばいい。割といいコンディションのまま走り切ることができます。でも決勝はそうはいきません。燃料満タンで重いマシンを操り、タイヤのライフが徐々に失われる中で、最良のパフォーマンスを発揮しなければならない。
マシンにはレース終盤に強いセットアップが求められますし、ライダーにはさまざまな走りの引き出しと対応力が求められる。マシンとライダーの両方に求められるものを、総合的に高いレベルで備えているのが、今のところバニャイアということになります。
……とはいっても、今シーズンは全20戦。まだ8戦が終わったところで、まだ残り12戦もありますからね……。何が起こるかは分かりません。特に今シーズンは、スプリントレースや空力パーツの影響からかライダーの負傷が多いので、ステディに走り切ることが非常に重要になっています。
そういう意味では、中上貴晶くんは頑張っていますね。オランダGPでは日本メーカー勢では最上位の8位でしたが、マルケスの現状を見ていると、今の順位が限界なのだと思います。あれ以上を望むと転倒してしまう、というギリギリの線でしっかり成績を残しているのですから、中上くんの評価を高めていることと思います。
MotoGPは現在、1ヶ月少々のサマーブレイク中。次戦は8月6日に決勝が行われる第9戦イギリスGPです。8月に2戦、9月に3戦が行われ、10月1日は待望の日本GP! 今から楽しみですね。
現在ランキング15位(34pts.)の中上貴晶選手。ホンダ勢のランキングトップは、1勝を挙げたアレックス・リンス選手が13位(47pts.)につけている。
バイクを生活の足としてだけではなく、文化として定着させる
さて、こちらモナコの気温は29℃前後。ですが湿度は50%ぐらいでカラッとしており、昼間でも窓を開けて風を通せばエアコンは不要です。暑くなると、いよいよ鈴鹿8耐の季節という感じですね。
今まで、鈴鹿4耐は8耐レースウィークの土曜日に行われていましたが、今年は5週前の7月9日に開催されました。僕が鈴鹿8耐で監督を務めるNCXX RACING with RIDERS CLUBの第4ライダー、松岡玲くんがアンディ・ムハンマド・ファドリィくんとのペアで参戦。松岡くんは最後尾スタートから怒濤の追い上げを見せ、見事優勝を果たしました。
松岡くんが走ったYamaha Racing Indonesia Gen Blue Teamも、2位になったASTRA HONDA RACING TEAMも、インドネシアのチームです。今、アジアのロードレースは本当にレベルが上がっていて、600ccクラスはもはや日本勢を追い越しているのではないでしょうか。
大きなサーキットが少ないことや経済面もあって、1000ccクラスはまだ日本に届かない部分はあります。でも、コースが整ってちゃんとしたコーチングが行われれば、アジアの勢いはさらに加速するでしょう。
インドネシアを始めとしたアジア諸国では、レーシングライダーがプロの職業として成り立っています。だから真剣度が高いんですよね。もちろん日本でレースをしている人たちも真剣ですが、生活が懸かっているからシビアさが違います。
今のアジア諸国は、30〜40年ぐらい前の日本によく似ています。バイクがたくさん売れて、レースが盛り上がっている。排気量も小さめだし、レベルもまだまだですが、この勢いはしばらく続くでしょうし、日本が追い越される日も近いのかもしれません。
ただ、先行きは分かりません。発展途上にある国はバイクが多いものですが、社会が成熟すればするほどクルマが主流になっていきます。アジア諸国もかなりの勢いでクルマ化が進んでおり、そういう国ほどレースも二輪より四輪が盛り上がっています。
バイクをただの生活の足で終わらせるのではなく、いかに文化として定着させるかが、どの国でもすごく重要になってくると思います。
そんな中、僕はイタリア・ミザノサーキットに行き、電動バイクメーカー「Vmoto」が主催するイベントに参加してきます。元GPチャンピオンのホルヘ・ロレンソ、マルコ・ルッキネリ、そして今や親友のロリス・カピロッシを始め、多くの豪華ライダーが登場し、模擬レースなんかをやるようです。
「Vmoto」はオーストラリアが本拠地で、生産は中国で行い、欧米でのセールスに積極的です。こうしてイタリアで元GPチャンピオンたちを集めたイベントを行うぐらいですから、本気度が伺えますよね。どんなイベントかは次回のコラムでレポートしますので、お楽しみに!
イベントの告知ビジュアル。
※本記事の文責は当該執筆者(もしくはメディア)に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
マルケスですらマシン差をひっくり返せない時代 ヤマハが2026年型YZR-M1を発表しました。直線的なフロントウイングの形状など、ドゥカティ・デスモセディチにやや寄せてきた感がありますね(笑)。一方、[…]
第5位 フランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team) こんなところにバニャイア……。ちょっと信じられない結果ですね。とにかく激しい浮き沈みの波に翻弄された、’25年のバニャイア。[…]
2025年もあとわずか。月日が経つのは本当に早いですね! 僕も今年はいろいろとドタバタして、ここまであっという間でした。2025年最後の今回は、MotoGPのポイントランキングを遡りながら、今シーズン[…]
1度しか獲れなかったチャンピオン、でも得たものは大きかった 前回の続きです。これは僕の失敗談ですが、’95年、オランダGPの予選でのこと。すでにいいタイムを出していた僕に対して、監督のウェイン・レイニ[…]
ときには諦めるしかないことも ドゥカティのファクトリーチームであるDucati Lenovo Teamのマルク・マルケスがチャンピオンを取り、チームメイトのフランチェスコ・バニャイアがランキング5位に[…]
最新の関連記事(モトGP)
派手なタイムからは見えないファクトリーチームの“本気” 今年も行ってまいりました、マレーシア公式テスト! 現地ナマ情報第1弾のしょっぱなからナンですが、今年もマルク・マルケス(ドゥカティ・レノボ・チー[…]
ブレーキ以上の制動力を求める進入、スピンレートの黄金比を求める加速 ライディングにおけるスライドは、大きく分けて2種類ある。ひとつはコーナー進入でのスライド、もうひとつはコーナー立ち上がりでのスライド[…]
空力も含めた“動力性能”に拘る 「先に“トルクデリバリー”ですが、コレはライダーのコントローラビリティがかなり重要になり、23・24シーズンではライダーの不満も大きかったと思います。そこで24シーズン[…]
実は相当ハードなスポーツなのだ 間もなくマレーシア・セパンサーキットにMotoGPマシンの咆哮が響き渡る。1月29日〜31日にはテストライダーやルーキーたちが参加するシェイクダウンテストが行われ、2月[…]
マルケスですらマシン差をひっくり返せない時代 ヤマハが2026年型YZR-M1を発表しました。直線的なフロントウイングの形状など、ドゥカティ・デスモセディチにやや寄せてきた感がありますね(笑)。一方、[…]
人気記事ランキング(全体)
ガソリン代の悩みから解放される「圧倒的な経済性」 まずビベルトラックで注目したいのが、日々のランニングコストの安さだ。 昨今のガソリン価格高騰は、業務や生活で車を使わざるを得ない人々にとって死活問題。[…]
日本に導入される可能性も?! ホンダはタイで、PCX160をベースにクロスオーバー仕立てとした軽二輪スクーター「ADV160」の新型2026年モデルを発表した(インドネシアでは昨秋発表)。新たにスマー[…]
高いコスパと「旅」をテーマにした日常着としてのデザイン 『葬送のフリーレン』は、魔王を倒した勇者一行の後日譚を描くファンタジー作品だ。主人公のエルフ・フリーレンが、かつての仲間との約束を果たすため、あ[…]
なぜ、これほどまでに売れるのか? ワークマンのリカバリーウェア「MEDiHEAL(メディヒール)」が、異常とも言える売れ行きを見せている。 2025年の秋冬商戦に向けた第1弾は、用意された211万着が[…]
アンチレプリカを貫きアルミフレームをスチールでも軽量化! 1985年にリリースしたGPZ400Rは、エンジンが水冷化したDOHC16バルブ4気筒で何と他ではヒットしないフルカバードボディ。 ライバルた[…]
最新の投稿記事(全体)
FANTICが本気で “オンロード” を始めた! FANTICは、どちらかというとオフロードやスクランブラーのイメージが強いメーカー。しかし最近はMoto2に参戦するなど、ロードにもかなり力を入れてい[…]
■ 獲物は「シートレールとの平行美」。後付け感ゼロの衝撃! まず目を引くのが、そのレイアウトだ。マットな質感を湛えるブラック仕上げの2本出しサイレンサーは、あえてシートレールと平行に配置。 「後から付[…]
2026年度版のトピックスは5つ! 大人気企画「RIDERʼS REPORT」 2026年度版もアプリ「Route!」利用コードを同梱 今年度も紙書籍版には12か月間使えるクーポンコードの同梱を継続実[…]
ニキ・ラウダも関わった「勝つためのホモロゲ」初代M3の軌跡 初代M3は、BMWがツーリングカーレース参戦に向けたホモロゲーションモデル。1986年に市販車をリリースすると、1987年から世界ツーリング[…]
使い勝手と存在感を両立した”ミドルサイズ” シェルシートバッグMは10~14Lの可変容量を備えた標準サイズモデルだ。メインファスナー下の拡張ファスナーを開くだけで+4Lの容量を追加できる。荷物が少ない[…]
- 1
- 2




































