僕がシーズン途中でヤマハを離脱したのとは状況が違う

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.104「日本メーカーがここまで支配し続けてきたことが異常であり偉業」

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第104回は、M.マルケスが決勝を欠場したドイツGPの状況を受けて。


TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Ducati, Honda, Red Bull, Yamaha

ミシュランパワーGP2

ほんのわずかな隙も見逃さない、それはお互い様

第6戦イタリアGP、第7戦ドイツGPと、MotoGPではドゥカティの勢いがますます増し、日本メーカーの苦戦が続いていますね。ひとりの日本人レースファンとしては、もちろん残念ではありますが、「レースってこういうものだ」とも思うんです。

どうやら多くの皆さんが、「去年チャンピオンを獲ったんだから、今年も獲れるだろう」とか「前戦で勝ったなら、今回も勝てるだろう」と、結構簡単に考えてしまうみたいですよね。でも、レースで勝つことって、本当に難しい。特に各国でナンバーワンのライダーたちが競い合う最高峰のMotoGPともなると、なおさらです。

そして皆さんにご理解いただきたいのは、いくらトップライダーでも人間だということ。体調がイマイチなことや、モチベーションが下がってしまうこともあるんです。そして、これはメーカーにも当てはまると思っています。いい時があれば、悪い時もあるんですよ。

レースは、常にライバルが存在します。そしてライバルは、常に自分たちを打ち負かそうとしています。ほんのわずかな隙も、ほんのわずかな遅れも、そしてほんのわずかな不調も、決して見逃してくれません。あっという間に抜かれ、差を付けられてしまいます。それが世界の頂点を競い合うということです。

だから世界グランプリを戦った僕の感覚では、連勝したり、連続チャンピオンを獲得するなんていうことの方が、よっぽど奇跡的なんですよ。日本メーカーが当たり前のように勝ち続けていた時代の方が、よほどの異常事態だったのではないかとさえ思えます。相当に努力し、予算を注ぎ込み、開発を推し進め、隙のない戦いを続けていたからこそ成し遂げられていた「偉業」でしょう。

日本メーカーは、ロードレース世界選手権の最高峰クラスにおいて1974年から2006年まで32年連続でチャンピオンを獲得してきた。写真左は1974年のベルギーGPにて、同年ヤマハでチャンピオンになったジャコモ・アゴスティーニだ。前年は故フィル・リードがMVアグスタでチャンピオンを獲得し、1958年から16連覇を決めていた。日本メーカーが初めてチャンピオンを獲得したのは1961年、ホンダで250ccクラスを走ったマイク・ヘイルウッドだった。写真右は、2007年に日本メーカーの連続タイトル獲得を阻止したドゥカティのケーシー・ストーナー。翌2008年から2021年も日本メーカーのライダーが勝っている。

マシンに問題のあるホンダ、ライダー自身も問題を抱えるヤマハ

今、日本メーカーが苦戦しているのは、結果からも事実としか言いようがありません。でも、実際にはドゥカティを始めとする欧州メーカーに大差を付けられているわけではなく、ほんのわずかな差だと僕は思います。ただ、今のMotoGPは本当にレベルが高くてシビア。ほんのわずかな差が、大きな差に見えてしまうんです。

その「ほんのわずかな差」が何なのかは、その時によって変わります。正直、よく分からない。ハッキリしているのは、去年よかったからと今年もいいとは限らないし、今のレースがよかったからと次戦もいいとは限らないということ。この傾向は、レースがシビアになればなるほど強くなります。

分からないなりに考えてみると、ホンダはやはりマシンそのものに問題があるのでしょう。マルク・マルケスは、大きな負傷や欠場を繰り返しているとはいえ、走りのレベルはやはりズバ抜けていますし、どのセッションもまったく手を抜く気配がないどころか、限界以上のチャレンジをしています。

ドイツGPでは決勝レース日のウォームアップ走行で週末5度目の転倒を喫し、レース出走を回避することになったM.マルケス。

それでもライバルに届かないのは、マルケス+RC213Vというパッケージよりも、まわりのライバルたちのポテンシャルが高くなったからだと思います。つまりマルケス+RC213Vの性能は今までとあまり変わっていないのに、まわりの性能が上がってしまった。だからマルケスは無理を強いられ、無理をしても結果がついてこない。

最近のマルケスのいくつかの転倒を見ていると、以前なら立て直せていたようなものが目立ちます。これは、マルケスのライダーとしてのパフォーマンスが落ちているからではなく、立て直せていた頃よりもペースそのものが上がっているからでしょう。同じようにフロントが滑ったとしても、以前なら立て直せるようなスピードで挙動が起きていたんです。

でも今は挙動のスピードが速すぎて、さすがのマルケスでも間に合わない。そして挙動のスピードが速くなったのは、全体的なペースが上がっているからに他なりません。簡単に言えば、マルケス+RC213Vは置いてけぼりを食らっていて、その状況でかなり無理をしながら悪戦苦闘しているから、マルケスは転倒を繰り返している、ということですね。

一方、ヤマハのファビオ・クアルタラロは、完全にメンタルの要素が効いてしまっているようです。というのは、いくらYZR-M1のパフォーマンスに問題があったとしても、今までのクアルタラロならチームメイトの後塵を拝することはなかったからです。

チームメイトであるフランコ・モルビデリのファンの方には申し訳ない話ですが、クアルタラロとモルビデリでは、ライダーとしてのレベルにはやはり差があります。同じマシンを走らせても、ほとんどの場合でクアルタラロの方が速く、クアルタラロの方が結果を残してきました。

でも今は、モルビデリに負けている場面が目立つ。これは本来ほとんど起こらないことで、完全にクアルタラロのメンタルの問題でしょう。もちろんYZR-M1の抱えている問題や相性はあるとしても、世界チャンピオンが同じマシンに乗るチームメイトに届かないとなると、結構深刻です。

ホンダのマルケス、ヤマハのクアルタラロ。両ライダーとも現在のハイレベルなMotoGPでもチャンピオン経験があり、ライダーとしての資質がトップであることは間違いありません。日本メーカーのファクトリーライダーであるふたりが、マシンの問題、メンタルの問題を抱えているのですから、日本メーカーそのもののやり方に何らかの問題がある、と思われても仕方がない部分があります。

これがグランプリ、そんなに甘い世界じゃない

僕もシーズン途中で日本メーカーのヤマハから離脱した経験がありますが、その時と今とでは状況が違います。当時は、「250ccクラスにも力を入れる」ということだったのに、シーズンが始まると500ccクラスが不発。250ccクラスの開発がほぼ止まってしまったんです。

僕はもちろんチャンピオン獲得をめざしてレースをしていたので、その状況を受け入れることができず、離脱という道を選ばざるを得なかった。でも今のマルケスやクアルタラロは、(一応は)開発が進められているので、僕のケースとはだいぶ違うでしょう。

昨年の快進撃から、現在はランキング18位と苦戦中の小椋藍。

ふたりともチャンピオン経験者だけにフラストレーションが溜まっているとは思いますが、最初に言ったように、これがグランプリです。そんなに甘い世界じゃない。ここで例として挙げるのは酷かもしれませんが、Moto2の小椋藍くんも去年はチャンピオン争いの一角でしたが、今年は今のところ非常に厳しい。逆に、ここからのレースでコロッと状況が変わることもありますので、何とも言えません。

つまり、ここまでの話をまとめると、「そんなに一喜一憂しなくても……」ということになります(笑)。特にここのところ日本メーカーに対しての風当たりが強いように感じますが、長いシーズン、ここから急に巻き返す可能性も(現実的にはかなり難しいとは思いますが)、ないとはいえない。そしてもしかしたら、来年はいいかもしれない。分からないんです(笑)。

僕も日本人のいちレースファンなので、もどかしい気持ちは分かります。ですが、モータースポーツはそう簡単ではないし、特にMotoGPは極めてレベルが高く難しい舞台です。やきもきしながらも、長い目で見ることも大事かな、と思っています。

今のMotoGPはレベルが高い。かといって──

もうひとつ言っておきたいのは、今のMotoGPはとんでもなくレベルが高い、ということです。昔からのレースファンの中には、「昔の500ccマシンは今ほど転ばなかったのに」とか「いろんなラインを走れていたのに」と思っている方もいると思います。

確かにかつてのGPマシンは今より転倒は少なかった印象ですし、今よりラインの自由度も高かったように見えるでしょう。でもそれは、今ほど限界を突き詰められていかなかったから、とも言えます。

今はタイヤが共通化されており、そのグリップを限界まで引き出しています。さらに4スト1000ccマシンは重く、スピードもとんでもなく速い。KTMのブラッド・ビンダーはイタリア・ムジェロサーキットで366.1km/hという史上最高速をマークしたほどです。僕らの頃は、ムジェロでも310km/hぐらいだったと思うので、50km/h以上高まっているんです……。

しかも今は最高速だけでは勝てません。コーナリングスピードも手を抜くことができない。減速、旋回、加速のすべてが高い次元で、なおかつ路面に接する最終パーツであるタイヤが共通という中、どうにかライバルを出し抜かないといけないわけですから、本当に限界ギリギリの走りです。

そりゃあラインの自由度はなくなりますし、ごくごくわずかなミスが転倒にもつながりますよ。僕はよく「今の時代のMotoGPライダーじゃなくてよかった……」と言うんですが、これは本心です(笑)。

「最新こそが最高」がレースの本質です。20年前に現役を退いた僕に言わせてもらえるなら、今のMotoGPライダーは本当にすごい。自分よりふた回り近く離れている若者がほとんどですが、心からリスペクトしています。

というより、いつの時代も世界のトップライダーは本当にすごいんですよ(笑)。よく居酒屋トーク的に「今のMotoGPマシンには、電子制御がある。だから今のMotoGPライダーは、かつてのピーキーな2スト500ccマシンなんか、まともに走らせならないだろう」なんて話になりますよね。でも僕は、今のMotoGPライダーたちの実力なら、瞬く間にGP500マシンを乗りこなしてしまうと思います。

逆に、エディ・ローソンさんやウェイン・レイニーさんたち、かつてのGP500チャンピオンだって、もし今、現役時代の若さだったとすれば、やっぱりMotoGPマシンを余裕で乗りこなしてトップを走るでしょう。

いつの時代だろうと、マシンが何だろうと、その限界以上のパフォーマンスを引き出すのがトップライダーという生き物なんですよね。

ライダーを大切にする欧州チームの気風

表彰台独占も珍しくはない今のドゥカティを象徴するようなドイツGPとなった。

それにしても、ドゥカティは強いですね。ドイツGP決勝はサテライトチームのホルヘ・マルティンが優勝し、1-2-3-4-5フィニッシュを決めました。出走全8台中、8台すべてが9位以内に入賞しているのですから、これはもう圧勝と言える結果です。

これでマルティンはポイントランキング2位。この先、やっぱりファクトリーチームのフランチェスコ・バニャイアが有利かな、と思います。マルティンは結構転ぶライダーですしね……。でも一方で、マルティンはVR46出身のライダーではありません。VR46出身のバニャイアに対して忖度ナシの戦いを挑めますので、もしかしたら、もしかするかもしれません。

さて、今年も「NCXX RACING with RIDERSCLUB」の監督をさせていただくことになりました。ライダーは、去年も共に戦った伊藤勇樹くんに加え、新たに全日本ST1000クラスの前田恵助くんと全日本ST600クラスの中山耀介くん、そして第4ライダーとして同じくST600クラスの松岡玲くんを迎えます。目標はもちろん、SSTクラスの優勝。去年は2位だったので、今年は何とかして奪取したいですね。

6月7〜8日には鈴鹿サーキットでテストが行われ、各ライダーともコンスタントにいいタイムで走れることを確認。SSTクラスとしてはKawasaki Plaza Racing Teamに次ぐ2番手タイムで、去年と同様にカワサキとのクラストップ争いになりそうです。

チーム監督である僕の役割は、黒子です(笑)。ライダーに「ああしろ、こうしろ」なんて言うつもりはまったくなくて、彼らのパフォーマンスを100%、あるいは100%以上に引き出すために、うまくサポートしてあげたいと思っています。去年も同じやり方で、今年も継続するつもりです。

去年はいろんな人から「意外と優しい監督なんですね」と言われましたが、本当でしょうか(笑)。というのは、プロの仕事をしているからなんです。チームはライダーを全力でサポートする。そして「サポートするからには、ライダーも全力でパフォーマンスを発揮してね」ということなんです。つまりは、お互いに言い訳なし。結構厳しい話だと思いますよ(笑)。

このやり方、考え方は、完全に僕自身のレース経験に基づいています。SP忠男レーシングチーム時代、鈴木忠男社長はほとんど何も言わない人でした。要所でポロッと重みのあることを言ってくれるんですが、基本的にはライダーに一任。こっちはやる気だけは有り余っている若手ですから(笑)、任されると「よっしゃ!」とますますモチベーションが上がるんです。

世界GPに行き、アプリリアのファクトリーライダーになってからは、チームがいかにライダーのために頑張ってくれるかが、ヒシヒシと伝わってきました。ライダーはある意味わがままなので、勝ちたいがために文句を言い散らかすこともあります。そんな時もしっかりと受け止めてくれました。

だからこそ気持ちよくレースに臨めたし、だからこそ100%以上の走りができたんです。ライダーをものすごく大事にするのが、ヨーロッパのチームのスタイルです。わがままは全部聞こうとしてくれる。でも、その分ライダーの肩にのしかかる責任も大きいんです。「コッチもやるべきことをやるから、おまえは結果を出せよ」という、お互いがプロとして全力を尽くすやり方は、僕には合っていました。

鈴鹿8耐の「NCXX Racing with RIDERSCLUB」でも、去年に引き続きそういう「GPスタイル」を踏襲し、全日本を戦うライダーたちに少しでも何かを感じ取ってもらえれば、と思っています。

鈴鹿8耐テストの後、モナコに帰ってきました。梅雨まっ盛りの皆さんには申し訳ないぐらいここ数日はカラッとしており、気温26度、湿度48%の好天です。もう第8戦オランダGPが始まっていますが、日本メーカーのライダーたちの動向も含め、見どころたっぷり! じっくりと楽しみたいと思っています。

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