2年連続でチャンピオンになるも……

山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.51「恐れていたワンメイク化はいよいよ現実に」

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの舞台裏を振り返ります。2008年、バレンティーノ・ロッシ選手が日本GPで優勝して、シリーズタイトルを獲得。ブリヂストンはMotoGPクラス連覇を達成したのですが……。


TEXT: Toru TAMIYA PHOTO: MOBILITYLAND

感動に浸っている場合ではないほどの忙しさ

2008年の日本GPは、ヤマハワークスチームから参戦したバレンティーノ・ロッシ選手が予選4番手から追い上げ、レース中盤にドゥカティワークスチームのケーシー・ストーナー選手をパスしてトップに浮上。そのままストーナー選手を引き離したロッシ選手がトップチェッカーを受け、シリーズタイトル獲得を決めました。私にとっては、ブースイベントの運営関連や会社上層部のアテンドなどでなにかと忙しい日本GPですが、もちろん決勝レースはちゃんと見ていました。ただし、決勝終了直後には再びトークショーがあるため、優勝したロッシ選手と2位のストーナー選手、3位に入賞したホンダワークスチームのダニ・ペドロサ選手というブリヂストン勢による表彰台独占の様子を見届けてからすぐに、またしても地下通路を移動してメインゲート近くのブリヂストンブースに戻った記憶があります。

表彰台には3人のBSライダーが登壇したが、山田さんの仕事はまだまだ終わらない。

トークショー後は、いつものようにリリースチェックなどの作業も残っていましたから、タイトル獲得の余韻に浸っているヒマはほとんどナシ。まあ、この年は2年連続かつ2回目ということで、前年と比べれば感動はやや薄めでしたが、そもそも感動に浸っている場合ではないほど忙しかったのです。そして、現場でのさまざまな実務以外にもうひとつ、私の頭を悩ませる問題が存在していて、そちらのことが気がかりだったことも、シリーズタイトル防衛を手放しで喜べない要因となっていました。

その問題とは、この年の夏ごろから再び活発化していた、MotoGPクラスにおけるタイヤワンメイクに向けた動き。日本GPの決勝日だった9月28日、来年のタイヤワンメイク化がMotoGPを運営するドルナスポーツによって決定され、ついに正式発表されたのです。しかも、その入札期限は10月3日と、わずか5日間しかありませんでした。

我々としては、あくまでコンペティションの状態を目指すという姿勢を貫いていましたが、この前年に初めてワンメイク化の議論が沸き起こったころから、社内では密かにワンメイク化の入札に応じるかどかの議論が繰り返されていました。ブリヂストンヨーロッパとしては、せっかく2008年にロッシ選手と契約を結んだということもあるし、MotoGPでの活動が市販タイヤのセールスにとても有益だったので、「ワンメイクになってもぜひ続けてほしい」というスタンスでした。もしもMotoGPから撤退すれば、ストリート用ラジアルタイヤのカタログにネームバリューがあるライダーの写真が使えなくなります。ワンメイクだろうがなんだろうが、ロッシ選手やストーナー選手らが必要というのが彼らの意見でした。

一方で、これは以前にも触れましたが、ワンメイク化によるデメリットとしては、タイヤに関する話題が大きく減り、メーカーとして活動をアピールできるシーンが減るところにあります。たしかに、全車がブリヂストンロゴを貼ることで露出は増えますが、これまでのように「タイヤが良かった」というようなコメントをライダーがメディアに対してしてくれる機会は減ります。なにせ、タイヤは全員同じわけですから……。それでありながら、ライダーはタイヤに不具合を感じたときはすぐに、「タイヤがタレた」などと敗因に挙げるものです。また、ライバルに勝つための開発は必要なくなるので、レース活動に対して会社としての技術開発という目的は減ってしまいます。日本の経営陣としては、それらのデメリットに加えて、タイミングが悪いことに世界的な不況と原油高で石油から製造するタイヤ原材料の価格が高騰し、会社の利益が大幅に落ちている状況だったため、難しい判断を迫られることになりました。

年間の供給本数を割り出し、必要な全ての費用を計算する

とはいえ、プロモーション活動に対する影響力の大きさなどを評価して、ブリヂストンは入札を実施することを決定。ただしワンメイクで継続するにも、かなりの費用がかかることから、入札の条件に関しては経営レベルの判断が必要です。私としてはタイヤ供給の条件、つまり毎戦何種類のタイヤを何本供給するかを具体的に設定し、ライダー数とGP数を掛けて年間の供給本数を割り出し、ロジスティックスに必要となる費用や人件費を計算し、ワンメイクで継続するための全費用を試算して社内の承認を得る必要がありました。この承認を得るために費用対効果の説明もしなければならず、効果のPRや費用削減の見え方など、社内での根回しにも苦労した覚えがあります。

一方でそもそもドルナからは、入札に対してとくに条件提示がなく、「何をしてくれるのかを書け」というような漠然としたものでした。以前、SBK(スーパーバイク世界選手権)がピレリのワンメイクに変更されたとき、その入札方法に問題があったとしてミシュランやダンロップが提訴。その影響もあって後に再び入札が実施され、各タイヤメーカーに案内が送られてきたことがありました。この際には、協賛金とタイヤ販売額を具体的に書くよう指示されていたのですが、ドルナによるMotoGPの入札では、そのような金額面のことも含め、どのようなタイヤをどの規模で供給できるかなど、活動全体について抽象的に聞かれているという印象。その真意がどこにあったのかはわからないのですが、恐らくドルナとしては、ワンメイク化に踏み切る直前の段階でほとんどのライダーやチームがブリヂストンを履きたいと望んでいる状況だったので、ブリヂストンに決定したかったのだと思います。とはいえ立場上、入札というシステムを導入しないわけにはいきません。そこで、ミシュランが協賛金の額を引き上げてきた場合でもブリヂストンを選べるよう、評価軸を曖昧にしておいたのではないかと……。これは、あくまで私の推察なのですけどね。

とはいえ、ブリヂストンとしては協賛金をそれほど出せる状況にはなかったので、他社が協賛金を積んできた場合にドルナが金額で選んでしまう可能性はあるのではないかと、入札に対する不安はありました。私自身は、もちろんワンメイクにならないのがベストですが、もしもワンメイクになったとしても手を引くわけにはいかないだろうというスタンス。まずはチャンピオンという目標を達成して、翌年にはさらにシリーズタイトル防衛も果たしたからといって、そこで「はい、止めます」というのは無責任だし、MotoGPに参入したときにドルナがさまざまな配慮をしてくれたことを考えれば、これまでの恩返しをするのが企業責任だとも思っていました。ブリヂストンには、創業者が唱えた「最高の品質で社会に貢献」という社是がありますが、「最高のタイヤでMotoGPという文化に貢献したい」と、意気込みを新たにワンメイクに向けて入札することになったのです。


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