絶好調がもたらすワンメイク論の再燃

山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.47「ロッシvsストーナーに沸いた2008年中盤戦!」

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの舞台裏を振り返ります。2008年中盤、それまでやや波に乗れずにいたケーシー・ストーナー選手が復活。バレンティーノ・ロッシ選手に負けずこちらも3連勝を挙げます。


TEXT:Toru TAMIYA

まずはロッシ選手の引退発表にあたって……

バレンティーノ・ロッシ選手が、ついにMotoGP引退を発表しました。ロッシ選手が初めてブリヂストンタイヤでシーズンを戦ったのが2008年で、そこからでも14年目のシーズンでのピリオド。2007年までの間に、世界選手権の最高峰クラスに8年間参戦してそのうち5年連続でチャンピオン、250ccクラスと125ccクラスにはそれぞれ2年参戦して2年目にシリーズタイトルを獲得していたわけですから、本当に長いキャリアです。その間、世界中に驚くほど多くのファンを生み出してきたわけで、MotoGP関係者はもちろんファンの方々も大きな寂しさを感じていることでしょう。私にとっても、ロッシ選手はMotoGPで最も長い期間、一緒に仕事をしたライダーです。今シーズンでの引退というのは、もちろん寂しさはありますが、それ以上にこれまで長い間トップレベルに君臨したことへの驚きのほうが大きいです。たくさんの思い出があり、あらためて「ありがとう!」と言いたいですね。

前回、2008年シーズンからヤマハワークスチームでブリヂストンタイヤを履くことになったロッシ選手が、第4戦中国GPでシーズン初優勝を挙げ、第5戦フランスGPと第6戦イタリアGPまで3連勝をマークしたことに触れましたが、この中で第6戦イタリアGPは我々にとって大きなプレッシャーがかかるレースとなりました。というのも、ロッシ選手はこの母国グランプリで、それまで6連勝を挙げていたから。もしも、それまでのミシュランからブリヂストンタイヤに履き替えたことで連勝が途切れたら……。なにせ、イタリアでのレースには他国での開催よりもさらに多くのロッシファンが駆けつけます。以前、ヤマハのスタッフから「マシンが遅かったとき、レース後にロッシファンから怖い思いをさせられたことが……」なんて話も聞いていたので、かなり緊張していました。レースウィーク最初のミーティングで、「もしもロッシ選手が負けるようなことがあれば、我々はサーキットを退出するときにBSのジャケットを脱いだほうがいいかも」なんてことを、現場スタッフ全員に言ったのを覚えています。

そのレースでは、ロッシ選手が予選でポールポジションを獲得。これにより、我々にはさらにプレッシャーがかかりました。ロッシ選手にライバルを圧倒するスピードがあるのは、予選の結果から明白。となれば、決勝で負けたときにレースタイヤが悪かったという結論になりやすいからです。まあ、結果的にロッシ選手は、ドゥカティワークスチームでブリヂストンタイヤを履くケーシー・ストーナー選手を約2秒差で抑えて優勝。表彰台の下になだれ込んできた大量のロッシファンを眺めながら、私は「いや~、ほんとに勝ててよかった……」と胸をなでおろしたのでした。

2008年 第6戦イタリアGPにて。さまざまな選手のファンが横断幕を掲げたり、とにかく熱い!

そしてこのイタリアGPは、ロッシ選手には敗れましたが、それまでのシーズン序盤はなんとなく波に乗れずにいたストーナー選手が、復活の狼煙を上げたレースでもありました。ロッシ選手が出遅れたこともあり、ストーナー選手はオープニングラップからトップを走行。3周目にはロッシ選手の先行を許したものの、ミスで少し遅れる10周目までロッシ選手に肉迫し、3番手に後退してからも集中力を切らすことなくミシュランタイヤを履くホンダワークスチームのダニ・ペドロサ選手を抜き返し、2位でフィニッシュしたのでした。

続く第7戦カタルニアGPは、スペイン出身のペドロサ選手にとって地元大会となり、優勝こそペドロサ選手に譲りましたが、ブリヂストン勢はロッシ選手が2位でストーナー選手が3位。しかも予選では、ストーナー選手がペドロサ選手を抑えてポールポジションを獲得しました。そして第8戦イギリスGPから、ストーナー選手の快進撃がスタートします。このレースでロッシ選手を引き離してシーズン2勝目を挙げたストーナー選手は、第9戦ダッチTTと第10戦ドイツGPでも優勝。3連勝を挙げて一気にチャンピオン争いに加わってきました。第7戦終了後には、ランキングトップがロッシ選手で142点、2番手がペドロサ選手で135点、3番手のホルヘ・ロレンソ選手が94点でストーナー選手はロッシ選手から50点も離された92点でランキング4番手。ところが、第9戦ダッチTTでロッシ選手が転倒により11位に終わったこともあり、この大会でランキング3番手に浮上したストーナー選手は、第10戦ドイツGP終了時点で2番手のペドロサ選手にわずか2点差、トップのロッシ選手にも20点差まで迫っていました。

第8戦イギリスGPにて。

第10戦ドイツGPにて。

アメリカGPとチェコGPの結果からワンメイク議論が再燃

ちなみに第10戦ドイツGPは、シーズン初となる表彰台独占。しかもトップ10のうち5位と8位以外はすべてブリヂストンユーザーと、圧勝の結果になりました。しかしこのときはウェットコンディション。しかもレースウィークを通じて路面状況がコロコロと変わる難しい状況で、決勝ではミシュラン勢のうちペドロサ選手とロレンソ選手とコーリン・エドワーズ選手が転倒に終わるなど、実力というより紙一重で好成績が転がり込んできた印象でした。

しかしその翌週、海を渡ってラグナセカで実施されたアメリカGPは、まさにタイヤが勝敗を分けるレースとなりました。前年、ミシュランがこのアメリカGPに持ち込んだタイヤが機能せず、ブリヂストンが表彰台を独占したことでライダーの怒りを買い、翌年のタイヤスイッチやワンメイク化に向けた声が大きくなってきたというエピソードは以前に紹介しましたが、どうやらミシュランは2年連続で持ち込んだタイヤをハズし、これでブリヂストンが再び表彰台を独占する結果になりました。ペドロサ選手が前戦の転倒で欠場となり、ミシュラン勢にとってはこれだけでも厳しい状況でしたが、この年のラグナセカは前年より5~10度も路面温度が低く、もちろんブリヂストン勢も苦労したのですが、それ以上にミシュランタイヤは機能しなかったようです。

ちなみに、この年のアメリカGPで勝利したのはロッシ選手で、2位はストーナー選手。両者はレース序盤から何度も順位を入れ替えるドッグファイトを展開し、名物のコークスクリューではロッシ選手がダートに飛び出しながらも転倒せずそのままバトルに復帰するなど、MotoGP史やロッシファンの記憶に残る名勝負が繰り広げられました。最終的には、ストーナー選手のわずかなミスによる転倒で決着がついたのですが、本当にスゴいレースでした。

一方、アメリカGPでの結果にミシュラン勢のライダーたちは怒り爆発。第12戦チェコGPまでの間に1ヵ月のサマーブレイクがあったのですが、この期間を利用してミシュランは緊急テストを実施したようです。ところが、そのチェコGPでもミシュランタイヤは機能せず、今度は決勝で8位までをブリヂストン勢が独占。舞台となったブルノサーキットは、この年に路面が全面改修され、新しい舗装がフロントタイヤのグリップと摩耗に対して厳しく、ミシュランよりブリヂストンのほうがマッチしたようです。

そして、これにより3戦連続でブリヂストンが表彰台を独占し、このうちアメリカGPとチェコGPについては明らかにミシュランのタイヤが機能していなかったことから、ミシュラン勢の怒りは再び大爆発。せっかく、2008年シーズンに入ってから沈静化していたタイヤワンメイクに向けた議論が、再び活発化してしまったのです。


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