4戦目でロッシ+BSの初優勝を達成

山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.46「ロッシとシューマッハには共通点があった」

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの舞台裏を振り返ります。2008年序盤戦、初めてブリヂストンタイヤを履いてレースに臨んだバレンティーノ・ロッシ選手は、冷静に状況を見極めながらマシンづくりを進めていました。


TEXT:Toru TAMIYA

冷静な分析と究極の制御ができるロッシに驚がく!

2008年シーズンの序盤は、開幕戦カタールGPでドゥカティワークスチームから参戦するディフェンディングチャンピオンのケーシー・ストーナー選手が優勝し、この年からブリヂストンタイヤを履くヤマハワークスチームのバレンティーノ・ロッシ選手が第2戦スペインGPで2位、第3戦ポルトガルGPで3位表彰台に立ったものの、ブリヂストンとしては使用するライダーの数が少ないミシュランに押されている雰囲気がありました。また、たしかにロッシ選手は表彰台に2度登壇しましたが、第3戦では同じチームでミシュランを履いて勝利を収めたホルヘ・ロレンソ選手から約12秒も遅れた3位で、本来なら優勝の実力があるロッシ選手からすると、まだ本調子ではないように見えました。

しかしその一方で、ヤマハのマシンは前年までずっとミシュランタイヤで開発を進めてきたわけで、これを短時間のうちにアジャストしてたった2戦目で表彰台圏内を狙えるように仕上げてきたロッシ選手とヤマハワークスチームのスタッフに、私はものすごい能力を感じていました。第2戦の段階で、ロッシ選手のマシンは他のヤマハ3台とはかなり仕様やセッティングが異なるマシンになっていたようです。

これが短時間でできたのには、やはりロッシ選手のずば抜けた実力によるところが大きかったと思います。この年、シーズン開幕前のテストで以前にクルマのF1も担当していたブリヂストンの開発スタッフが、「ロッシの開発能力はシューマッハに匹敵する」と驚いていたことを思い出しました。シューマッハとは、ちょうど2008年の段階では現役F1ドライバーとしての活動を休止していた“皇帝”、ミハエル・シューマッハ選手のこと。彼の開発能力はF1ドライバーの中でもとくに高いことで知られていました。ロッシ選手は、現状抱えている課題が極めて明確に分析でき、プライオリティや要求内容をはっきり伝えることができるライダー。そして、マシンの問題とタイヤの問題を区別して考えられるライダーです。そしてそんなロッシ選手をサポートするように、彼のコメントをヤマハのスタッフがデータとして裏付けしながら、課題の克服に向けた論理を確立していたのです。

あの当時、私がロッシ選手以外でクレバーなライダーという印象を持っていたひとりは、2008年に前年とは別のホンダ系チームに移籍して、再びブリヂストンタイヤを履くことになった中野真矢選手でした。カワサキワークスチームから参戦していた2004~2006年はブリヂストンと一緒に戦い、よく知るライダーのひとりでしたが、中野選手もいつも冷静で感情的にならず、問題解決のプライオリティが明確で、改善に向けた要求も的確。そして、マシンでカバーする部分とタイヤで補いたい要素を、はっきりわけて考えることができるライダーでした。「もしも中野選手が将来、タイヤテストライダーを希望することがあったら、きっと立派に務まるだろう」なんて思っていましたが、そういえば中野選手は現役引退後にバイクメディアでも活躍され、マシンインプレッションも担当されていますね。

2008年の第4戦 中国GPで決勝10位に入った#56中野真矢選手(左)。

ふたつの限界点の狭間で走るロッシ

そして、ロッシ選手に対して開発能力と同じくやはりスゴいと感じたのは、タイヤの限界をすぐに掴んでコントロールするところでした。あの当時、ロッシ選手は転倒が少ないライダーでしたが、その理由もここにあったと感じています。タイヤのグリップには、ふたつの限界点があります。例えば、コーナリングしているときに100km/hで滑り始めるとします。これがひとつめの限界点。そして、同じようにコーナリングしても103km/hだと滑りすぎて転んでしまうとしたら、これがふたつめの限界点。つまり、101~102km/hなら滑りながら走れることになります。じつはタイヤというのは、前後力を無視して横力だけを考えたら、滑り始めたほうがグリップ力は増します。ただし実際には、制動や駆動により前後力も掛かり、そしてそのタイヤが発揮できる前後力と横力の和は決まっています。ロッシ選手は、これを微妙なところでバランスさせられるようコントロールするのが抜群にうまく、ひとつめの限界を超えつつふたつめの限界以下でタイヤの性能を100%使って走れるライダーという印象でした。タイヤの限界を感じるといっても、路面やフロントとリヤの荷重が刻々と変化する中では難しく、さらにスロットルとブレーキとハンドルを操作してふたつめの限界直前で走るのは、まさに至難の技でしょう。

もちろんロッシ選手のスゴさは、前年までミシュランを履いていたときにも知っていましたが、ブリヂストンにスイッチしたことで間近で見られるようになり、さらに納得。ちなみに、これらとは別のロッシ選手がスゴいところのひとつは、周りを引き込む力が強いこと。「彼のためならやってやろう!」と周囲の人たちが協力するのです。もちろん実力と人気があるからできることですが、ときには政治力を発揮して自分の意向を実現することもありました。また、ロジックに基づきながら段階を踏んで着実に問題を解決しようとするヤマハワークスチームの姿勢も信頼できるものでした。ですから、焦らずともすぐにロッシ選手+ブリヂストンタイヤでの初優勝はやってくると思っていましたが、第4戦中国大会でシーズン初優勝を挙げたときには、さすがにちょっとホッとしました。しかもここから、ロッシ選手は第5戦フランスGP、第6戦イタリアGPと3連勝。完全にいい流れを掴んでいました。

しかし対ミシュランということでは、シーズン序盤の6戦目までを終えてもなお、有利とは言えない状況が続いていました。とくにストーナー選手は、第2戦では2度のコースアウトで11位、第3戦はペースが上がらず6位、第5戦ではマシントラブルで16位と、第4戦と第6戦では表彰台圏内でゴールしたものの、ポイントの取りこぼしが多い状況でした。「2年目のジンクス」なんて言う人もいましたが、なんとなく悪い流れを引きずっていて、これも我々を心配させる大きな要因となっていたのです。


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