今夏、新型CBR600RRを発表したホンダは、2018年までMoto2エンジンの公式サプライヤーとなっており、供給していたのは従来型のCBR600RRのエンジンだった。今回のモデルチェンジで主にエンジンに手を入れているが、その開発内容においてはモト2で得たノウハウが大きなウエイトを占めているという。
知れば知るほどマニアックなマイナーチェンジ
CBR600RRは2013年モデル以来、7年ぶりのモデルチェンジを果たして復活する。カラーチェンジだった2016年モデルを最後にホンダのカタログからラインナップ落ちしていたが、発売までもう間もなくだ。……といったタイミングで、ホンダの開発者に話を聞くことができたのでお伝えしていきたい。
今回の新型はマイナーチェンジとされ、実際にフレームは従来型そのままで、スイングアームも見た目にわかりにくい板厚の変更のみ。しかし、エアロダイナミクスを大きく向上したボディワークに隠れているエンジンのポテンシャルアップに、実は大きな力がそそがれている。
従来型も型番でいう「PC40」になった2007年モデルにルーツを辿ることができるわけだが、今回も型番はPC40のまま。それでも、開発陣はヤマハYZF-R6から天下を奪い返す意欲を隠さない。今回のモデルチェンジは“実”を取ったアップデートだからだ。モデルチェンジの基本的な概要は前記事に詳しいので、今回は空力とエンジンにフォーカスしていくとしよう。
まず目につくのは、兄貴分であるCBR1000RR-Rと全く違う外観のウイングである。1000RR-Rのようなボックス形状ではなく、開放型。そして翼端には航空機でいう“ウイングレット”に相当する翼端板が付いている。これには翼端における渦の発生を抑えることで、ウイングによって生じるロール方向の重さ(押さえつけられるような拘束感)をキャンセルする効果があるという。
また、ウイングがこの大きさとなっているのは、600RRは1000RR-Rほどウイリー抑制にたいする要求が高くないため。それでも走行風によるリフト量は6.5%低減されている。コーナー進入時にフロント荷重が抜けるのを防ぎ、接地感とハンドリングを向上する役割もあるそうだ。
また、見逃せないのは燃料タンク前半部分のタンクカバー上面が10mm下げられていること。1000RR-Rでも同様だったが、これによってライダーのヘルメットを限りなくアッパーカウル内に収めたライディングポジションが取りやすくなり、たとえカウルが同形状であってもライダー込みのエアロダイナミクスが向上する。
スクリーンの角度は従来型の35度から38度へとやや立てられ、同時にやや大型化。ヘッドライトが小さくなったことでアッパーカウルは車体中心方向へと追い込まれており、これはロール方向の軽快感に貢献していると思われる。アンダーカウルの小型化や後端部分の返し形状にも、軽快性など空力上でなんらかの効果がありそうだ。
100万kmのレース走行でたった2基しか壊れなかった、それでも……
さて、エンジンである。出力特性イメージ(パワーグラフ)を見ると、従来型に比べてかなり高回転寄りとなっているのが気になるライダーも多いだろう。ところがホンダは、あらゆる領域でのトータルコントロール=操る楽しみを標ぼうしている。
まず言えるのは、確かに高速側を強化するための変更が多数加えられてはいるが、スロットルバイワイヤ(以下TBW)の採用によって、それを感じさせないストレスフリーなトータルコントロールを実現しているということ。さらに、各種ライディングモードやパワーセレクターといった電子制御によって、出力特性のアレンジも思いのままだ。
こうした特性を実現するために、インレットポートのつながりを滑らかにする加工や、排気バルブ開のタイミングを早め吸気バルブ閉を遅くするカムプロフィールの採用(オーバーラップは変わらず)などを実施している。エキゾーストパイプも新型だ。
さらに細かい所では、ロングリーチプラグを採用することでウォータージャケットまわりの形状を変更。燃焼室に近接したバルブシート周辺の冷却能力を向上している。じつはここに(だけではないだろうが)、2018年まで公式エンジンサプライヤーを務めたMoto2におけるノウハウの積み重ねが大きな効果をもたらしているという。
Moto2で使用されていた市販CBR600RRのエンジンは極めて高い信頼性で知られ、ホンダが2016年に発表したリリースによれば、2010年からの5シーズン半でMoto2ライダーが走った距離は、じつに月まで3往復分に近い約200万km。そしてその半分にあたる100万km分のメンテナンスを行なったエクスターンプロ社(ExternPro)が準備したエンジンで、トラブルがあったのはたったの5基。しかも、そのうちの3基はクランクボルトの破損で、標準外のスターターモーターが使用されたことが原因だった。つまり、ヒューマンエラー以外の原因で壊れたのは2基のみということになる。
ところが、それほどの信頼性を誇るエンジンであっても、レースという極限環境下では、走行距離が進むにつれてバルブシートの欠けが発生したり、バルブクリアランスが変わってしまったりといった、エンジンブローまではいかないがメンテナンスが必要になる事例はあったのだという。こうした小さな小さなトラブルの芽を摘み、さらなるパフォーマンスアップを図ったのが新型CBR600RRのエンジンなのである。
ちなみに、新型のエンジンはまずレーサーのほうを開発し、それを市販車に落とし込むという手法がとられている。ただ、レーサーで重視されたのは1万4500rpm以上の高回転域でのパフォーマンス向上で、最高回転リミットは1万6500rpm。これをそのまま市販車に反映すると街乗りなどで扱いにくくなってしまうことから、回転リミットは従来型と同じ1万5500rpmに抑えられ、吸排気で出力特性が高回転側に寄りすぎないように作り込まれている。レースベース車としての使命は帯びていても、公道走行できる市販車として必要な部分との折り合いはきっちりつけてあるぞ、というわけだ。
スイングアームは軽量化と剛性アップを同時に達成
車体に関しても多少の追加情報を得たのでお伝えしよう。フレームに関しては従来と同じものを使っているが、ラップタイム向上を目指したディメンションとするために改良が加えられている。
スイングアームはエンドピース接合部を3mm後方に移動し、ホイールベースやスプロケットの調整の自由度を増した。同時に見た目の形状は変わっていないが内部構造と板厚の最適化を施し、150gの軽量化を達成。市販車の状態での剛性は変わらないが、レース用に変更できる部分に手を入れると剛性が上がり、ロールに対するヨーの応答性を向上。ハンドリングのポテンシャルをより引き出せるようになるという。
また、フロントフォークはアウターチューブが延長され、突き出し量を減らして車高を上げる方向での調整幅を増している。
クイックシフターがオプション設定になっていることを気にするユーザーもいると思うが、これは各地域の多様なユーザーニーズに合わせた結果だという。ちなみにロードレースのST600クラスではクイックシフターを禁止していないが、HRCがリリースするキットには公道用よりもさらにハイグレードなクイックシフターがラインナップされる模様。ガチ勢はそちらをどうぞ、ということのようだ。
従来のCBR600RRは、その軽快な走りや扱いやすさからビギナーや小柄な女性ライダーにも支持されてきたが、開発者によれば新型もその点についても心配はいらないという。軽さやコンパクトなライディングポジション、電子制御のサポート、軽いクラッチレバー、オプション設定のグリップヒーターといった要素により、サーキットでの戦闘力を謳ってはいても今まで通りに幅広いユーザーを受け入れるよう仕上がっているからだ。
発売は2020年9月25日、もうすぐだ。
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