1982年、モトリンピックでデモ走行する高山氏+イーハトーブ。 1973年にバイアルスTL125の発売と同時にモーターレクリエーション推進本部が発足し、鈴鹿サーキットなど全国20か所以上に「ホンダバイアルス・パーク」が設置された。マシンだけでなく乗る場所を提供したのだが、高山氏はエンターテイメント要素も加えている。
ホンダ広報部の高山正之氏が、この7月に65歳の誕生日を迎え、勇退する。二輪誌編集者から”ホンダ二輪の生き字引”と頼りにされる高山氏は、46年に渡る在社期間を通していかに顧客やメディアと向き合ってきたのか。これを高山氏の直筆で紐解いてゆく。そして、いち社員である高山氏の取り組みから見えてきたのは、ホンダというメーカーの姿でもあった。 連載第3回はトライアル普及に取り組んだ時代について振り返る。 目次 […]




































