自分の力を信じていないわけじゃなかった。でも、そこを走っているだけでどこか満足していた。はるか彼方の憧れだったグランプリライダーにいざ自分がなった時、目標を見失いかけていた。だが、自分以上に自分のポテンシャルを見抜き、激励してくれるチームとの出会いが、長島哲太を別の次元へと引き上げようとしている。勝利が当たり前の世界へ――。
●文:高橋剛 ●写真:真弓悟史、KTM ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
このチームとなら、きっと勝てると思えた
シーズン開幕前のテストで、チームは長島にこう伝えた。「勝負できるマシンを作れ」。それは長島の弱点を見抜いてのことだった。
「今までの自分は、とにかく自分が一番速く走れるマシンを作ってました。気持ちよく走れるマシンですね。
でも今のチームにはそれとは違う作り込みを求められたんです」
マシンのセッティングを進めていく中で、バチッと決まる瞬間がある。気分よく攻めることができて、自己ベストタイムが出る。
ピットに戻り、チームスタッフに「今、マシンのフィーリングはすごくいいよ!」と伝える。今までならそこで終わりだった。ライダーが納得していれば、もう十分だ。
だが、レッドブルKTMアジョはそれでは満足しない。「ブレーキングポイントをあと10メートル遅らせられるか?」と畳みかけてくる。「うーん、今のままだとちょっと無理かな」と長島が答えると、「よし、ではサスペンションのセッティングを変えよう」と作業に取りかかる。
レースでのパッシングは、ほとんどブレーキングで行われるのだ。10メートル奥まで突っ込めるマシンなら、ライバルを抜くことができる。
長島自身は、早めにブレーキングを終わらせ、スムーズにコーナリングするタイプだ。ハードなブレーキングは必ずしも好みではない。
勝つことか、自分の好みか。長島は奥まで突っ込めるマシン作りを選んだ。彼ももちろん、勝つためにレースをしているのだ。
団子状態の競り合いになった時に強いのは、ブレーキングで前に出られるマシンだ。長島は自分の好みより「勝つための武器作り」を優先した。
予選で失敗し、14番手となった長島は、「やっちゃったな……」と思っていた。だがチームは「勝機あり」と見ていた。金曜日から始まったカタールGPの各走行セッションで、ずっとよいアベレージタイムをキープできていたからだ。コンスタントに走れるなら、レースでは上位進出の可能性が高い。
予選でミスしただけのことだ。決勝に向けて状況は決して悪くない。あと準備しなければならないのは、ライダーの気持ちだ。
チームが長島に声をかけた。
「お前は速い。しかも今、よく乗れている。だが、足りないものがある。気持ちだよ。お前には『何がなんでも勝つぞ』という気持ちが足りない」
そう言われた長島は、素直に「その通りだよなあ」と思った。
全日本での活躍を足がかりにしてグランプリに打って出た。バイクメーカーによるバックアップなしでのGP参戦は、日本人ライダーとしてはかなり特異だ。背景には、携帯販売ショップ・テルルを運営する会社の強力なサポートと理解があった。だがそれは、微妙な安定感を生むことにもなっていた。
バイクメーカーがその名を冠するファクトリーチームは、純粋に勝利至上主義だ。レース戦績がメーカーのイメージに直結する。一方で長島のようにスポンサーの支援を受けて走るライダーは、少し事情が違う。個人のレース参戦自体を息長くサポートする分、戦績よりもレースに取り組む姿勢や人柄を評価されることが多い。
「そこそこの結果を残していれば走り続けられるんです。5位、6位でも、まわりも少しは納得してくれますしね。
去年まではマシンにちょっとでも気になる違和感があると攻め切れなかった。全力なんですよ? 手を抜いたことなんか1ミリもない。でも、攻め切れなくなるっていう感覚がありました。『転ぶぐらいなら、これぐらいでいいかな』と、自分も心のどこかで納得してたのかもしれない」
全力と言いながら、残っていた余力。それを今年のチームは見逃さなかった。「オレたちは『いい成績』なんか求めていない。表彰台なんかいらない。欲しいのは勝利だけだ。
全力で勝ちをめざした結果なら、転倒したって構わない。後になって『あの時、こうすればよかった』なんて悔いるぐらいなら、やれるだけやってこい」と活を入れた。
全日本ロードを戦っていた頃の長島は、「勝って当たり前」と思っていた。「GPに行くためのステップ。ここで勝てないならレースなんかやめた方がいい」と、全日本という舞台を完全に飲み込んでいた。だが、いざGPに身を置くと、逆に飲まれていたのだ。
「美化しすぎてたんです。ホント、ずっと目標にしてましたからね。GPはすごいものだと思いすぎてて、もう1歩が踏み出せていなかった」
勝つことよりも、走ることで満足していたのだ。それは本来の長島ではなかった。チームの言葉に背中を強く押され、自分を取り戻しながら、決勝レースに臨んだ。
GPという舞台に飲まれて、自分を見失っていた
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