バレンティーノ・ロッシの勝利は全力で阻止したかったけれど

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.29「ライダーは勝てば勝つほど、勝てるようになる」

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第29回は、名前に共通点のある長島哲太選手について。


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スポーツイベントも「開催できて当たり前」じゃない

新型コロナウイルスが世界全体の大きな問題になっていますね。僕も先日カルフールに買い物に行ったら、多くの商品が売り切れ……。買い物客もめちゃくちゃ多くて、レジ待ちが30分という有様でした。金曜の夜、雨戸を閉めようとベランダに出たら、モナコの街には人っ子ひとりおらず、クルマさえも走っていませんでした。「用がないなら出かけるな」と言われているからですが、やっぱり尋常じゃないんだなと実感します。

「当たり前の日常生活って、実はすごいことなんだな」と改めて思います。やっぱり健康であることが生活の基盤ですし、それがギリギリのところで成り立っているんだと思い知らされています。スポーツイベントだって、決して「開催できることが当たり前」ではありません。人々の暮らしが健康で平和だからからこそ、スポーツも成り立つ。これを機に、プロスポーツのあり方を考え直すのもいいと思います。ごく当たり前のようにやってきたけど、「やらせていただいている」という意識を持つことで、今後の立ち居振る舞いも変わってくるんじゃないかな……。

僕も家族も元気ですし、あまりいろいろ考えすぎないようにしています。ただいたずらに不安になるだけですからね。娘ふたりとドゥカティ・スクランブラーでのタンデムツーリングに出かけたのも、決して気晴らしというわけではありません。単純に天気が良くて、バイクに乗りたかったから(笑)。娘たちもまだまだ「パパのバイクの後ろに乗る~」と言ってくれるので、これ幸いと出かけただけ、なんです。

13歳の長女と。

こちらは11歳の次女と。

こればっかりは考えてもしょうがないですからね……。最大限の自己防衛をしながら、収束を祈るしかありません。とはいえ、レース界にも大きな影響が出ていることは本当に残念です。モトGPも開幕戦カタールが中止になり、以降も延期が続いています。何しろ今やヨーロッパがパンデミックの中心地と言われていて、スペインのヘレスサーキットやフランスのルマンサーキットも開催が危ぶまれている状態です。いったいいつ開幕できるのか分からないなんて、前代未聞ですよね。

ただ、選手たちは意外と落ち着いているのではないかと思います。早くレースしたい気持ちがあっても、どうしようもないことですしね……。トレーニングしたり、心の準備をしたりしながら、開幕の時を待っているはずです。ドルナはシーズンを成立させるために強い意志で臨んでいるよう。延期が続くとシーズン後半はかなりタイトなスケジュールになりそうですが、ドルナは「絶対やる」と意気込んでいると聞きました。毎週開催、なんてことになるかもしれませんね。

長島哲太選手、勝利をきっかけにタイトル争いへ?

ちょっと落ち込み気味のモータースポーツ界に、華々しく明るい話題を提供してくれたのが長島哲太選手! カタールでギリギリ開催されたモト2の決勝レースで、見事に初優勝を果たしました。後方からスタートして、中盤までは団子のバトルに揉まれながら、終盤になって抜け出すと一気にスパートして後続を引き離しての優勝。実にカッコいい勝ち方でしたね。

レース中盤までのバトルでは、ドキッとするようなミスもありました。ズバリ言ってしまうと、それは哲太選手がまだ勝ったことがなかったから。勝ったことがないライダーは、当たり前ですが、勝ち方が分かりません。だから不安との戦いを強いられるんです。哲太選手は単独でのタイム出しには自信があったようですが、他のライダーとの混戦ではちょっと無理に抜きにかかるシーンが見られました。毎周ごとに「前に出なきゃ!」という思いが先走っていたのは、バトルに対する自信のなさの表れだったように思います。リズムが違うライダーたちとのバトルで自分の走りができず、焦りがあったのでしょう。

混戦を抜け出した長島哲太選手。

でも、ポンと集団を抜け出してからは見事に自分の走りを取り戻し、ペースも上げられていましたから、速さは本物です。これで1勝を挙げ、バトルにも自信が持てたはず。そうなれば今後のレースで混戦になっても冷静に周囲を見ることができるようになり、ますます強くなれるでしょう。なかなか勝てなかったライダーでも、1回勝ったことをきっかけに勝ちまくるようになる、ということは過去に何度もあったこと。今シーズン、哲太選手は間違いなくチャンピオン争いに絡んでくると僕は思います。

長島哲太選手にとって、初表彰台が初勝利となった。

故富沢祥也がMoto2クラスで最初の勝者になってから10年後、同じ開幕戦カタールGPでの勝利。

クアルタラロ選手に勝たせたくなかったマルケス選手、その気持ちも分かる

僕の世界グランプリ参戦初年度の’93年がまさにそうだったんです。僕としては「最初のシーズンだし、ランキング10位ぐらいに入れればいいかな」と思っていたんですが、開幕戦オーストラリアGPで予選フロントローを獲得。「うーん、もしかしたら表彰台には立てる……のかなあ」ぐらいの心づもりでしたが、決勝では途中からホンダ勢がいなくなったこともあり、当時スズキにいたジョン・コシンスキーとの一騎打ちに。最終ラップで「あれ? 意外とイケる?」となり、最後のストレートでギリギリ前に出て優勝してしまったんです。

全日本で岡田忠之さんと何度も繰り返してきたバトルとよく似ていて、そういう意味では経験済みでした。でも、やっぱり舞台は世界グランプリですからね……。しかも相手はジョン。まさか勝てるなんて思っていなかったので、うれしかったというより「あら、勝っちゃった」とビックリしたのを覚えています。そしてもちろん、「GPでもやっていけそうだぞ」という自信も持てました。その勢いのままタイトルを獲ってしまったわけですから、やっぱり1勝した若いライダーというのは恐ろしい存在なんです(笑)。

だから、自分より若くて勢いのあるライダーが登場した時は、勝たせないように全力で阻止しましたよ(笑)。それがバレンティーノ・ロッシでした。’98年に僕のチームメイトとして250ccクラスにステップアップしてきた彼は、でも、いきなり僕と同じ5勝を挙げて、ランキング2位に。僕は3位でしたから、「やられた」と思いました。そして翌年には9勝を挙げて250ccクラスチャンピオンを獲得するんです。勝てば勝つほど勝てるようになるって、本当なんですよ。

今のモトGPでいえば、脅威はなんと言ってもファビオ・クアルタラロでしょうね。去年、マルク・マルケスがチャンピオンを決めた後のレースでも絶対にクアルタラロに勝たせなかったのは、意地というよりは、「初優勝した若いライダーが勢いに乗ると怖い」ということをよく知っているからでしょう。マルケス自身がそうでしたからね。こうやってレースの歴史は繰り返されていくんです。だから哲太選手のタイトル獲得、あながち夢ではないと思っています。

ご存知の方も多いと思いますが、哲太選手の「哲」の字は、彼のお母さんが僕のファンだったことから付けたそうです。そんなこともあって哲太選手とは個人的にも話すことが多いんですが、素晴らしい人柄で僕も大好きなライダーのひとりです。中量級で日本人がチャンピオンを獲ったのは’09年の青山博一選手が最後で、もう11年経っています。日本のレースファンの皆さんも、そろそろ日本人チャンピオンの姿を見たいですよね! 速さと強さを備えた哲太選手に期待しましょう。そのためにも、少しでも早く新型コロナウイルスが収束してもらいたいものです……。

ビッグスマイルの長島哲太選手(中央)は1月19日に開催された秋ヶ瀬サーキットのチャリティイベントにも参加。右が原田哲也さん、左は名越哲平選手だ。


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