減速・旋回・加速がついに一体化!?

発見!クアルタラロのスーパーオーバーラップ走法【’20MotoGP要注目】

速いヤツが正しい。そして速いヤツが新しいトレンドを作る。今まさに、規格外の走りが生まれようとしている。フロントブレーキを徹底的に駆使し、制動の概念さえを変えようとする男、ファビオ・クアルタラロによって…。彼が駆使する独自のブレーキングテクニックを元GPライダー・青木宣篤氏が解説。他選手との違いはどこにあるのか?


●監修:青木宣篤 ●文/写真:高橋剛 ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。

青木宣篤

青木 宣篤(あおき・のぶあつ):ヤングマシン本誌「上毛GP新聞」でおなじみのマニアックGP解説者。’90年代半ばから’00年代始めにかけてGPで活躍。ブリヂストンやスズキ・モトGPマシンの開発ライダーも。鈴鹿8耐に参戦を続けている”現役”だ。

フロントブレーキは何のためにあるのか

「おかしい。どうも変だ……」セパンサーキットのコースサイドで写真を撮っていたライターのタカハシゴーが、やたらと首を傾げている。彼いわく、ファビオ・クアルタラロのコーナリングを撮ろうとする時だけ、レンズを振るタイミングが合わないらしいのだ。「クアルタラロのコーナリングって、もしかしてめちゃくちゃ遅くない……?」とタカハシゴー。

そうなのだ。クアルタラロの旋回速度は、他のライダーと比べると群を抜いて遅い。なのに彼は、3日間のマレーシア公式テストで3日ともトップタイムをマークしている……。

レーシングライダーは、ブレーキング時間をできるだけ短くすることに全力を注ぐ。短時間でギュッと減速し、コンパクトに旋回し、できるだけ加速時間を長くとるためだ。

中でもクアルタラロのブレーキング能力はズバ抜けている。よりディープでよりハードなブレーキングができる彼は、恐ろしいほどの短時間で狙った速度まで車速を落とす。特にクリッピングポイント手前5mあたりでの減速度は凄まじい。カメラマンのレンズを振るタイミングが合わないのも理解できる。

超減速を可能にしている要因のひとつは、クアルタラロがリヤをスライドアウトさせないことだ。

レース走行では減速と旋回がオーバーラップして行われるため、横Gの作用によってどうしてもリヤがアウト側に流れてしまう。そしてそれ以上ブレーキを握り込めなくなる。

ところがクアルタラロは、エンジンブレーキを極端に弱め、さらにナニかをどうにかすることで(……つまりナニをしているのかよく分からない)、ほとんどリヤをスライドアウトさせないどころか、むしろイン側にマシンを寄せていく……! だからさらにハードにブレーキを掛けることができ、凄まじい減速度を発揮しているのだ。

さらに、クアルタラロのブレーキングは”超減速”だけじゃなかった。写真をパソコンで見直していたタカハシゴーが、またも「おかしい。どうも変だ……」と首を傾げるのだ。「クアルタラロ、クリッピングポイントを過ぎてからもずっとフロントブレーキをかけてるみたいなんだよ……」

えっ……!?

クアルタラロの右手が写った連続写真を拡大しまくってみると、確かにコーナーの立ち上がりでもフロントブレーキをかけている! それを見た瞬間、クアルタラロの速さの秘密のベールが1枚はがれたのを感じた。

通常、コーナーからの脱出加速ではフロントフォークが伸び、旋回力は落ちる。コーナー立ち上がりで原則的にマシンがアウトにはらんでいくのはそのためだ。

だがクアルタラロは立ち上がりでスロットル全開にしながらもフロントブレーキを使い続け(写真で見る限りは相当微妙な使い方だが)、フロントフォークが伸びないようにして、旋回力を損なわないまま立ち上がっているのだ。

さらに突き詰めて言えば、ブレーキレバーを完全に離してスロットルを回し始めるまで、ごくごくわずかではあるが「何もしない時間」が発生する。クアルタラロはその時間さえもカットし、旋回力を途切れさせないようにしている。

もちろん、わずかながらでも制動力が発生しているので、いくらかはパワーロスしているだろう。とかくパワー不足とされるヤマハYZR-M1ではもったいなく感じる走り方だ。だが、そうじゃない。全開時間をより長くすることで、扱いやすい特性を武器にするのがクアルタラロの考え方だろう。

フロントブレーキを操作し続けることで、制動から旋回、さらには加速までもすべて重ねて一体化してしまおうというのだ。言うなれば”スーパーオーバーラップ走法”。恐ろしい走りだ……。

(1)減速、旋回、加速が完全に別なのがごく一般的なバイクの走りだ。(2)レースでは極力旋回時間を短くするため、減速と旋回、そして旋回と加速が重なる。(3)クアルタラロは、各操作の重なり具合が極端。減速のためのブレーキングと加速のためのブレーキ操作が連続して行われ、加速時間がより長く取られている。

青木宣篤 上毛GP新聞 クアルタラロ

超効率の走り(イメージ図)

実際にはパワーロスと旋回力のバランスを取らなければならないから、操作は非常に微妙だ。しかも実際にやってみてもらえば分かるが、中指、薬指、小指、そして親指でスロットルを回しながら、人差し指でブレーキコントロールするのは至難のワザだ。スロットルを回すと、人差し指はブレーキレバーから離れてしまうからだ。

スロットルを回すのではなく、親指で押し込むようにしなければ、人差し指でのブレーキ操作は難しい。これ、腕上がりになってもおかしくない操作法である。

写真を見ると、ほとんどのコーナーでフロントブレーキを駆使しているらしいクアルタラロ。超減速のためにブレーキングし、超加速のためにブレーキングする。どうやらモトGPに新しい風が吹いているようだ……。

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