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2023年8月末、ロイヤルエンフィールドが新型車「BULLET350(ブリット サンゴーマル)」を発表した。発表直前からティザー動画が出回り話題を集めるとともに、車両とともに公開されたPV動画には時代や世代や性別を超えた多様なインド人ライダーが登場、英語で「My Life」を意味するヒンディ語「MERI JAAN(メリージャン)」の文字が力強く映し出されていた。インド人にとってブリットとは、またロイヤルエンフィールドはどんな存在なのか。今回の発表会参加によって、それが理解できた。
●文:河野正士 ●写真:ロイヤルエンフィールド ●外部リンク:ロイヤルエンフィールド東京ショールーム
インド人ライダーの誇りである「ブリット」
我々日本人ライダーにとって、ロイヤルエンフィールド「BULLET/ブリット」というモデル名は、あまり馴染みのないモデルかもしれない。しかし古くからのバイク愛好家なら、1930〜50年代にマン島TTやISDT(インターナショナルシックスデイトライアル)で活躍したロイヤルエンフィールド(以降RE)社の、単気筒エンジン搭載のフラッグシップモデルとして認識しているかもしれない。
また日本では1990年代後半から輸入された、オーストリアのエンジンメーカーAVL社が製造した右チェンジ/OHVエンジンを搭載したブリットを思い出すライダーが多いかもしれない。
バラムバダガル工場のラインオフセレモニーとともに発表された新型「ブリット350」。車体の基本構成は「クラシック350」と共有している
その日本に輸入されたOHVブリットはその後も進化を続け、OHVのまま、別体ミッションがクランクケースと一体化したUCE(Unit Construction Engine/ユニットコンストラクションエンジン)となり、FI化するなどしてインドでの販売を継続。このUCEエンジンによってブリットは信頼性を大幅に高め、350ccと500ccのブリットは販売台数を伸ばしていく。
そして2020年、350ccエンジンがOHCへとフルモデルチェンジ。メテオ350を皮切りに、クラシック350/ハンター350に新型OHCエンジン/Jシリーズエンジンを搭載。モデル拡充を果たしたが、UCEエンジンを搭載した350のブリットは、その後もREのモデルラインアップに残っていたのだ。
クラシック350の派生モデルとして誕生したブリット350。日本でも人気のクラシック350だけに上陸が待ち遠しい。
そして8月末、REはJシリーズエンジンを採用した新型ブリット350を、現REの本社/開発部門/工場があるインド・チェンナイで発表した。そこはかつてイギリス植民地時代にマドラスと呼ばれ、イギリス東インド会社が拠点を置いた貿易都市。そして英国RE健全の時代に、インドでのCKD(コンプリートノックダウン)生産がスタートした、インドRE誕生の地でもあるのだ。
しかも最初のCKDモデルも当時のブリットであったこと、1970年代に英国REが活動を停止してからもインドではブリットが製造され続けていたこと、1997年にインド・トラック大手/アイシャーモータースリミテッドの傘下に入り、経営立て直しの大なたが振るわれたときにも、小排気量車の開発と販売を止め、ブリットのみを残して経営立て直しを図ったこと、それによって1932年に初代ブリット誕生以来続いていた同一モデル販売継続のバトンをインド人が引き継いだことなどによって、ブリットというモデルは、インドを象徴するプロダクトとなると同時に、インド人の誇りとなっていったのである。
また1990年代後半には、40台のブリットに乗った若者たちが、当時世界でもっとも標高が高い峠/インド北部ヒマラヤ周辺のラダック地方にあるカルドゥンラ(海抜5300m)を超え、移動手段でしかなかったインドのバイク市場にツーリングの楽しさを提案。
いまやツーリング大国となったインド・バイクカルチャーの礎を築いたのもブリットだったのである。ヒンディー語「MERI JAAN(メリージャン)」を高々と謳ったPVは、まさにその誇りを表現したモノなの。迫力があり、じつにカッコイイ。
発表前のティザー動画では、単気筒の排気音とともに、ブリット350のほか、500/Electra/Sixty-5などの文字が浮かび上がり、新型ブリット発表と同時に、2気筒650ccモデルや電動も含めた、新生ブリットシリーズが走り出す狼煙が上がったのではいかといきり立ったが、これは過去にラインナップしたブリットシリーズモデルのロゴであり、この新型ブリット350が、それらの歴史を背負ったモデルであることを表現したのだという。
最新機材で運営される巨大工場と車両開発部門
今回の発表会では、車両発表に先立ち、REがインドで稼働させている3つの工場のなかでも、もっとも新しく大きなバラムバダガル工場と、車両開発の拠点であるテクニカルセンターも見ることができた。
バラムバダガル工場は、Jシリーズエンジン搭載モデルのみを生産。年間60万台の生産規模を持つ。新型ブリット350もバラムバダガル工場からラインオフすることから、その発表会もこの工場で行われたというわけだ。他の2つの工場も合わせて年60万台の生産規模を持ち、3つの工場で年120万台を生産可能。REは、2022年の総販売台数が83万台を越えたと発表。その数字を基にすると、生産キャパはまだまだ余裕があり、さらなる販売台数拡大に向けて新工場開設の動きもあるという。
REはアイシャーモータース傘下に入ってから、エンジンやフレーム、それに外装パーツなど多くのパーツの自社生産化を図ってきた。機械加工に加え、加工後のパーツを洗浄する洗浄ロボットも自社内に構えて稼働させ、オートマティックペインティングマシンも46台がフル稼働。燃料タンクやフレーム溶接の機械化はもちろん、外装類のバフがけも機械化を進め、ハンドメイドでは維持しにくい、ハイクオリティの均一化を実現している。内製化を進める理由は、ただひとつ。品質の向上と、その維持である。
REは中排気量クラスで世界ナンバーワンブランドになるという目標を掲げている。そのためにクオリティの向上は最重要課題だ。内製化すれば、製造工程の好きな場所にさまざまなチェックポイントを設けることができる。その日本式とも言える製造システムを徹底することで、莫大な生産台数を維持しながら、品質向上とその維持を実現しているのだ。
2017年8月より稼働しているバラムバダガル工場。
REはインド軍にバイクを納入している。納入に際しては、非常に厳しい品質チェックが行われるが、REは「Green Channel Status」をインドの自動車関係の企業として唯一獲得。これは高い品質が認められ、現品での確認なしで軍への納入が可能なステータスだ。
開発拠点のテクニカルセンターもユニークだ。エンジンデザイン/シャシーデザイン/電装デザイン/EVデザインに加え、FIを含むエンジンマネージメントシステムやアクセサリーの開発部門、クレーモデル製作やデザインスケッチなどを行うインダストリアルデザイン部門などを設置している。
開発棟には、プロトタイプを造るためのレーザーカッター/3Dプリンター/プレスマシン/樹脂パーツ/板金マシン/切削マシンが並び、約20台のプロトタイプを造るための部材もストックされている。そしてそのプロトタイプ車両やエンジンなどを使った性能テストや耐久テストなどを行うテスト部門が様々なテストを行っている。
REは英国バーミンガムにもテクニカルセンターを持っている。チェンナイのテクニカルセンターよりも小規模ながら、基本的な開発部門やテスト機関は、それぞれのデータをインドと英国で共有し、両拠点がクロスオーバーしながら車両開発を行っている。とくにインダストリアルデザイン部門は、デザインスケッチやクレーモデル3Dデータをもとに、両拠点をオンラインで繋ぎ、同じタイミングで開発を進めている。互いの得意とすることを活かしながら、スピード感を高めて開発を進められることがメリットだという。
インドと英国のテクニカルセンターをタイムラグなく繋ぐ開発ツールを共有することで、それぞれが開発しているデータを瞬時に共有することができ、結果として場所は離れているが2拠点で協力して開発を進めることができる。インドと英国では、開発の役割を分けていないという。
加えて英国のフレームスペシャリスト・ハリスパフォーマンスもRE傘下にあり、車両開発に大きく係わっている。その役割はフレーム製作だけでなく、シャシーまわり全体のデザインやテストも行う。フレーム製作はツインプラットフォームモデルからで、その後はヒマラヤやスーパーメテオ650など、すべてのモデル開発に従事。さらにはREのカスタムバイクやレーシングバイクのための特別なフレームおよびサスペンションの開発も行っている。
バラムバダガル工場で行われた新型ブリット350のラインオフセレモニーと発表会。
独自の個性を持つ新型ブリット350
そうそう、今回の発表会ではわずかな時間だったが新型ブリット350を走らせることができたので、その感想もお伝えしておきたい。
不思議なことに、新型ブリット350の乗り味は、他のJシリーズエンジン搭載モデルと違っている。前後ホイールサイズやライディングポジションが大きく異なるメテオ350やハンター350と違うのはもちろんだが、前後ホイールサイズが同じクラシック350と比較しても、その違いがハッキリと感じられた。クラシック350との明確な違いは、一体型の段付きダブルシートと、やや手前に引かれたハンドルによって、ライディングポジションがやや上体が起き気味になったことだけだ。
しかし、クラシック350のフロント周りにあった、フロント19インチホイール特有のほんの少しの重さは和らぎ、より軽快になっている。またエンジンは低回転域の反応が優しくなり、爆発感も柔らかくなっていた。Jシリーズエンジンは低回転域の爆発が瑞々しく、その爆発感を明確に感じながら加速していくイメージだった。
しかし新型ブリット350は、どちらかというとシットリとした爆発感。誤解を恐れず、ちょっと悪い言葉で書くと“ダルい”感じ。でも、それが嫌じゃなかった。旧車に乗っているような、そんな感覚なのだ。
このことを車両開発の責任者であるマーク・ウェルズに確認すると、エンジンの内部/FIのマッピング/排気系においても、クラシック350から変更を加えていないという。しかしマーク自身も、クラシック350とは違うフィーリングを感じているという。
「Jシリーズエンジンのキモは、クランクのイナーシャ、ようするにクランクの重さだ。重いクランクが回転することによって生まれる慣性重量が低中回転域のエンジンの反応を穏やかし、乗りやすさを生み出す。とくにインドの市街地のように道路環境が悪い場所では、アクセルのオン/オフでその悪い路面をいなしていくことができるし、ヒマラヤのような標高の高い場所でも確実に前に進むことができる。ロングストロークは、そのクランクのイナーシャを増強するための大きな要素なんだ。この新型ブリット350では、Jシリーズのなかでもそれを強く感じる。でもこのフィーリングこそ、ブリットだ」と。
新型ブリット350の国内導入時期や導入モデルの車両詳細は未定だ。しかしクラシック350とは異なる個性は、日本でも受け入れられると予想する。新型ブリットで、インド文化に触れてみるのもイイかもしれない。
新型ブリット350は、多くのパーツやデザインソースをクラシック350と共有している。そもそもクラシックはブリットのモデルバリエーションであったため、それは致し方ないことと言える。
車両開発の責任者であるマーク・ウェルズに話を聞くと、両車の個性や立ち位置はオーバーラップしている部分もあり、どちらが上位機種ということではなく、そのスタイルや生い立ちからそれぞれが独立している、と解説。
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