たま~に見聞きする「逆回転クランク」というコトバ。エンジンの構造でマニアックな話の中に出てくるようだけど、いったい何が逆回転しているの? っていうか、クランクが逆に回ったらバイクがバックしちゃうんじゃないの?
●文:伊藤康司 ●写真:ホンダ、カワサキ、ドゥカティ、BMW
そもそも「正回転クランク」とは呼ばなかったが…
バイクや車の内燃機関、いわゆるレシプロエンジンは、ガソリンと空気を混ぜた混合ガスの爆発エネルギーによるピストンの上下運動を、クランクシャフトで回転運動に変えて、(トランスミッションを介して)後輪を回している。
バイクは排気量や気筒数、並列やV型などの型式に関わらず、エンジンを「横置き(車体の前後方向に対してクランクシャフトが90度)」に搭載する車両が多く、クランクシャフトの回転方向は車体右側から見た時に右回転するのが主流。そのため、この回転方向を「正回転クランク」と呼ぶ……が、主流がゆえに、あえて正回転クランクという呼び方をしていなかったのが実情だ。
ところが近年、横置きエンジンで従来とは逆の回転方向(車体右側から見ると左回転)のエンジンが注目されてきた。そこで、こちらを「逆回転クランク」と呼んでいるのだ。
クランクが逆回転すると、どんなメリットがある?
クランクシャフトは、バイクを構成する部品の中では重量があり、かつ高速回転する。そのためスロットルを開けて回転が上昇する際には(戻して回転が下る時も)、相応の「反力」が生じる。端的に言えば回転方向と逆の力が発生する。
そのため200馬力に迫るようなハイパワーエンジンで正回転クランクだと、スロットルを大きく開けて加速すると前輪側が持ち上がる方向の力が生じ、ウィリーしやすくなる。見た目では派手なアクションでカッコ良いが、レースならタイムが落ちる要素。また、スロットルを開けると前輪荷重が減少するため、バンクした状態からのコーナーの立ち上がりで走行ラインがアウト側に膨らむアンダーステアにもなりやすい。
しかし逆回転クランクなら、スロットルを開けると前輪を路面に押し付ける方向の力が働くので、ウィリーやアンダーステアを抑制することができるのだ。また、コーナー進入前にスロットルを戻して強くエンジンブレーキが効いた際には、スイングアームピボットや後輪側を路面に押し付ける方向の力が生じるため、車体の安定性やトラクションの効果も高まる。
ちなみに高速で回転する物体には「ジャイロ効果」があり、回転軸をその場に維持しようとする力が働くが、バイクの場合は前後の車輪とクランクシャフトが相当する。これは直進時の安定性にとってはメリットだが、曲がるために車体をバンクする際の「重さ」を生むデメリットになる。エンジンが横置きのバイクで正回転クランクだと、前後輪とクランクがすべて同方向に回転するためジャイロ効果が大きいが、逆回転クランクにすれば前後輪のジャイロ効果を(ある程度)相殺するため、ハンドリングを軽くすることができるのだ。
このように逆回転クランクには多くのメリットがあるにも関わらず、正回転クランクが主流なのはなぜなのか?
正回転クランクのエンジンは、クランク軸とトランスミッションのインプットシャフト&アウトプットシャフトの3軸で効率よく構成できるが、逆回転クランクのエンジンはもう1軸増やして4軸にする必要がある(そうしないと後輪が逆回転になってバックしてしまう)。そうなると部品点数が増え、重量やサイズも増してしまうので、運動性を高める上で本末転倒。そうならないために高強度な素材や精密な仕上げ等で重量やサイズを抑えるには、当然コストがかかってしまう。これが逆回転クランクの主たるデメリットで、正回転クランクが主流の理由だろう。
MotoGPマシンは逆回転
ドゥカティのV4はMotoGPマシンにならって逆回転!!
ドゥカティが、2018年にリリースしたパニガーレV4は逆回転クランクを採用。搭載するV型4気筒エンジン「デスモセディチ・ストラダーレ」は、MotoGPワークスマシンのデスモセディチのテクノロジーが余さず注ぎ込まれ、Vバンクの挟み角やクランクシャフトの位相角、点火順序や爆発間隔までデスモセディチと同一という。
ドゥカティはこのエンジンをベースに開発した「V4グランツーリスモ」を、ムルティストラーダV4やディアベルV4に搭載するが、これらのバイクも逆回転クランクだ。
大人気のCBX400Fも逆回転クランク!?
絶版旧車の世界で絶大な人気(とプライス)を誇るホンダのCBX400F。大きくなりがちな並列4気筒エンジンを極力コンパクトにするため、クランクシャフトからトランスミッションへの一次伝達をギヤではなくプライマリーチェーン方式を採用。しかもエンジン幅を抑えるためにプライマリーチェーンを3-4番気筒のクランク間に配置する変則的なレイアウトを取っている。
エンジンは一次伝達がチェーンの3軸構造のため、必然的にクランクシャフトは逆回転。近代のMotoGPマシンやスーパースポーツ車のように運動性を狙って逆回転クランクを選択したのではないが、結果として優れたハンドリング特性を得たことで、レースでも大活躍した。
縦置きエンジンならクランク回転を体感できる
逆回転クランクはメリットが沢山あるが、公道の走行アベレージだとその効果はあまり体感できないだろう(だから正回転クランクが主流、という面もある)。ところがクランクの回転方向の影響を、エンジンをかけたり軽く空ブカシするだけで感じられるバイクがある。それは「縦置きエンジン」の車両だ。
縦置きの代表格といえば水平対向エンジンを搭載するBMWのRシリーズ。昔の空冷OHVエンジンの頃から、エンジンをかけた瞬間や、軽く空ブカシするとグラッと右側に傾くのは有名だ。これはクランクシャフトが(進行方向に対して)左回転しているため、スロットルを開けて回転を上げると、反力で右に傾く力が発生するからだ。
走行中もスロットルの開閉(加減速)によってこの挙動があるので、厳密に言えば左右のコーナリングでハンドリングの特性が異なるはずだが、これはRシリーズならではの乗り味として納得できるというか、実際には気にならないレベルだ。
ところが2013年にBMWの水平対向エンジンが完全刷新され(RnineTシリーズを除く)、クランクシャフトが(進行方向に対して)右回転に変わった。そのためエンジン始動や空ブカシでは左に傾くようになったのだ。これは新旧のRシリーズで試せば、誰もが体感できる違いだろう。
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