
ヨシムラが初めて世に放ったコンプリート車が、 スズキの初代GSX-R1100をベースとする「トルネード1200ボンネビル」。そこにいるだけで畏怖の念を抱かせる絶対的な存在感と、 手の届かない憧れ…。当時ヨシムラで開発を担当したアサカワスピード・浅川邦夫氏に誕生の経緯を尋ねた。
●文:伊藤康司(ヤングマシン編集部) ●写真:真弓悟史 ●車両オーナー:志賀晋 ●外部リンク:アサカワスピード (神奈川県横浜市青葉区寺家町603-2)
完成車メーカー「ヨシムラ」への布石
油冷エンジンを搭載するGSX-R750の開発に深く関わり、デビューイヤーの1985年から3年連続で全日本TT-F1クラスでチャンピオンを獲得したヨシムラ。すでにレース界やチューニングパーツでその名を知らしめており、GSX-R750用のレーシングキットや、同社のレーシングマシンと同じ「トルネード」と銘打った外装パーツもリリースしていた。
しかし1987年、TT-F1で培った技術をフルに投入した公道仕様のコンプリート車「トルネード1200ボンネビル」の登場は、当時のライダーに大きな衝撃を与えた。
車両のベースをF1の750ではなくGSX-R1100としたのは、大排気量における絶対的なパワーと速さによって、ヨシムラのステータスとなるマシンを作りたかったから。またアメリカのヨシムラR&Dで製作して輸入車としたのは、車検証の車名欄に「ヨシムラ」と記載することで、将来的にバイクメーカーを目指す布石としたかったからだという。
【1987 YOSHIMURA TORNADO 1200 BONNEVILLE】主要諸元■油冷4スト並列4気筒DOHC4バルブ 総排気量1108.6cc 内径✕行程78.0✕58.0mm 最高出力180ps/11000rpm 最大トルク13.0kg-m/7500rpm 乾燥重量175kg前後 燃料タンク容量19L タイヤF=120/70ZR17 タイヤR=180/55ZR17 ●当時標準価格:500万円
撮影車両は3台製作されたうちの第1号車。漂うオーラから大きく見えるが、取り回すとレーサー然とした軽さとスムーズさを感じる。ヨシムラ伝統のカラーを纏うトルネードF1カウルは新車時はFRP製だったが、経年劣化に対応するため現在はドライカーボン製に変更(オーナーの志賀さんが出資してカーボン型を製作し、001/002号車ともに換装している)。
ベースモデルはスズキのフラッグシップ
ボンネビルのベース車は1986年に発売されたスズキの旗艦・GSX-R1100。基本デザインや車体構成は前年発売のGSX-R750を踏襲するが、アルミ製フレームはより太く、タイヤサイズも拡大され、ライディングポジションも750より快適方向とされている。 【1986 SUZUKI GSX-R1100】主要諸元■油冷4スト並列4気筒DOHC4バルブ 1052cc 130ps/9500rpm 10.3kg-m/8500rpm ■乾燥車重197kg ■タイヤF=110/80VR18 R=150/70VR18
1980年代半ばに“300km/h”に迫った衝撃
そのコンセプトのもとにエンジンはレースや高出力化を狙った“ステージ2”仕様は、ヨシムラ製カムシャフトやピストンをはじめ、高強度なキャリロ製のコンロッド/バルブスプリング/コッター/シムなど細部パーツにまで徹底的に手が入る。
STDのボアを2mm広げて排気量を1052→1108ccに拡大したことから車名を1200とし、1万1000rpmでなんと180psを発揮、300km/hに迫る最高速を実現した。現代のスーパースポーツなら200ps超えも珍しくないが、1980年代半ばの公道車でこのスペックは想像すらできなかった。
対するフレームは1100の完全ノーマルで、補強など一切入れずに180psに対応できたという。足まわりは前後サスペンションがSHOWAと共同開発したスペシャルで、前後タイヤはSTDの18インチから17インチ化。ニッシンとともに開発した強力かつコントローラブルなブレーキも備える。
このヨシムラの初コンプリート車の価格は、およそ500万円。高額に感じるかもしれないが、じつはエンジンを開発中に幾度か壊しているため、1号車は納車時に3基目のエンジンを搭載している。さらにマグネシウムボディのファクトリー仕様キャブレターは、当時のGSX-R1100の逆輸入車とほぼ同額(!)というもので、製作費も合わせて考えると極めてリーズナブル、と言えるだろう。
ボンネビルは合計3台が製作されており、現在はヨシムラ愛に溢れるオーナーが1号車/2号車の2台を所有。製作者である元ヨシムラメカニック・浅川邦夫氏が代表を務めるアサカワスピードが整備を担当している。近年は静態保存が続いていたが、近くオーバーホールを行い、再び走り始めるという。
トルネードF1を踏襲しつつ、すべて専用品となる外装
ヘッドライトはφ100mmの小径デュアルで、光軸調整できるようにフレーム側のカウルステーにマウントされる。バックミラーはビタローニ製。
アッパーカウル内側の左右に、キャブレターに新気を導くダクトを装備。3つ又とトップブリッジはヨシムラSHOWAフロントフォーク用の専用パーツ。
アルミ製の燃料タンクは容量19L。耐久レース対応のトルネードF1用タンク(容量24L)と似た形状だが、幅を狭めて公道での扱いやすさを優先した。
新車時のシート表皮はステッチ幅の広いタックロール仕上げだったが、現在はホールド性の高いディンプル表皮の座面に張り替え、クッション性も確保。
トルネードF1キットと同形状のシングルシート。テールランプやナンバー灯はSTDを使用。ウインカーはレプリカ系で懐かしいカウル貼り付けタイプ。
ヨシムラのロゴとキャッチフレーズが入ったタコメーターを中心に、左に速度計、右に油温計を配置したコクピット。メーターパネルはスポンジ製ではなくアルミ製のヨシムラオリジナル。オドメーターは実走距離(!)とのこと。
ワークスレベルの吸排気系
新車時はヨシムラとミクニ共同開発のTM40(マグネシウムボディのファクトリー仕様)を装備したが、現在はボディの経年劣化に対処しTMRに換装。
排気系はチャンバーでエキゾーストパイプを連結するデュプレックスサイクロン。当時としては先進的なチタン製だ(撮影車両は後年のヨシムラ製品を装着)。
180psを支える強靭な足まわり
SHOWAと共同開発のφ41mm正立フォークは、ボトムケースにヨシムラのロゴを鋳込む。フォークオフセットはSTDの32.5→35mmへ増加。
ニッシンと共同開発した異径4POTキャリパーはスペシャルパッドも用意。ディスクローターは制動力に優れる鋳鉄製で、フルフローティング仕様。
ホイールはヨシムラマルケジーニのマグネシウム鋳造・中空3本スポーク。前後輪は18→17インチに小径化し、新車時はミシュランのハイスポーツラジアルを履く。
スイングアームやフレームに補強は施されず、GSX-R1100のSTDを踏襲。ステップはヨシムラのオリジナル品だ。新車時のリヤショックはアルミ削り出しボディを持つSHOWAのレース用だが、撮影車はクァンタム製に換装。
アメリカのヨシムラR&Dで製作して輸入車として登録するため、シリアルプレートにはMADE IN U.S.A.と入り、車検証の車名欄は「ヨシムラ」となる。
TT-F1王者の公道版レプリカ〈GSXR750 トルネード-F1〉
ヨシムラはGSX-R750デビューの1985年から全日本TT-F1に参戦。そしてレース活動と同時に、F3のトルネード400に通じる空力特性に優れた外装パーツをはじめ、レース用のF1用エンジンコンプリートやチューンナップキットを多数リリース。これらのパーツを組み込んで公道レプリカとしたのがGSX-R750ベースのトルネードF1だ。このマシンは完成車(コンプリート車)としては販売されなかったが、後のトルネード1200ボンネビルに積み上げたノウハウが引き継がれた。
【GSX-Rから作ったレーサーの”逆レプリカ”】TT-F1レーサー(右)との違いは灯火類とバックミラーのみ!? レース用パーツと同時にストリート用サイクロンマフラーなども開発/販売した。■130ps 8.5kg-m(ステージ2コンプリートエンジン)
【[BASE MODEL]1985 GSX-R750】威風堂々としたツアラー然とした作りの当時の大排気量車の常識を打ち破り、レプリカの波をもたらす。革新的な油冷エンジンを搭載。■油冷4スト並列4気筒 749cc 77ps 6.4kg-m 179kg(乾)
トルネード第1号機は400cc版〈GSX400R TORNADO〉
1984年からGSX-R(400)でTT-F3クラスに参戦したヨシムラは、1985年のレーサー(ケビン・シュワンツも全日本選手権に参戦)をベースにした空力に優れる外装キットやチューンナップパーツを発売。これがヨシムラ トルネードの第1号機「GSX400Rトルネード」だ。アルミ板を左右で合わせたSPOUT(スパウト)ホイールは、現在もマニアの間で人気を誇る。
ストリート向けのサイクロンや灯火類が付属する外装パーツなどのフルキットを販売。独自のスパウトホイールはエンケイが製作している。当時のカタログにはこれらのパーツを組み込んだ完成車の写真(上)も掲載されるが、ヘッドライトが右1灯と左右非対称のため、当時の法規には適合していなかった模様。■70ps 4.2kg-m 129kg(乾)
【[BASE MODEL]1984 GSX-R(400)】ワークス耐久レーサー・GS1000Rそのままのフォルムで登場。アルミフレームを採用し、当時の400クラスの平均車重より約20kgも軽量! ■水冷4スト並列4気筒 398cc 59ps 4.0kg-m 152kg(乾)
YOSHIMURA TORNADO 1200 BONNEVILLE
YOSHIMURA TORNADO 1200 BONNEVILLE
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事(ヨシムラ)
当時を思わせながらも高次元のチューニング ◆TESTER/丸山 浩:ご存知ヤングマシンのメインテスター。ヨシムラの技術力がフルに注がれた空冷4発の完成度にホレボレ。「この味、若い子にも経験してほしい![…]
【ヨシムラジャパン代表取締役・加藤陽平氏】1975年、POPの右腕だった加藤昇平氏と、POPの次女・加藤由美子氏の間に生まれる。4輪業界でエンジンチューンやECUセッティングなどを学び、2002年にヨ[…]
真夏の激闘を前に意気込みを聞く! ヨシムラの『ツーリングブレイクタイム』はその名のとおり、ツーリング中の立ち寄りスポットとしてヨシムラジャパンが主催しているイベント。2009年の初開催以来、すでに60[…]
18時間耐久の優勝で「ヨシムラ」は全国区に 加えて、ホンダから市販車ベースのレース車両の開発依頼もあったものですから、ヨシムラは1965年に東京の福生に移転しました。私は高校1年生でしたので、卒業まで[…]
懐かしのスタイルに最新技術をフル投入! 2025年3月の東京モーターサイクルショーで詳細が発表されたヨシムラヘリテージパーツプロジェクト。対象機種は油冷GSX-R750とカワサキZ1となっており、GS[…]
最新の関連記事(名車/旧車/絶版車 | スズキ [SUZUKI])
手軽な快速ファイター 1989年以降、400ccを中心にネイキッドブームが到来。250でもレプリカの直4エンジンを活用した数々のモデルが生み出された。中低速寄りに調教した心臓を専用フレームに積み、扱い[…]
スズキGSX-R250:過激さ控えめ“アールニーゴー” 1983年のGS250FWでクラス初の水冷DOHC4気筒を開発したスズキ。 しかし、4バルブエンジンの投入は遅れを取り、1987年のGSX-R2[…]
スズキGSX-R400R:ダブルクレードルにフルモデルチェンジ GSX-Rは、1990年に3度目のフルチェンジを敢行。新設計エンジンに加え、φ33mmダウンドラフトキャブや倒立フォークまで備えた。 フ[…]
この外見でツーリングもOK 本気系が多様な進化を果たし、レプリカ系のフルカウルに身を包みながら街乗りからツーリングまでこなすモデルが誕生した。本気系にレッドゾーンは一歩譲るものの、後にFZR250やG[…]
スズキGSX-R:斬新かつ孤高のネーム、走りもケタ違い 1983年は、世界耐久や鈴鹿8耐でスズキの耐久レーサーGS1000Rが旋風を巻き起こした。 その年の暮れ、晴海で開催された東京モーターショーに、[…]
人気記事ランキング(全体)
CB1000F SE コンセプトが新たに登場 2025年3月の大阪モーターサイクルショーで世界初公開された「ホンダCB1000Fコンセプト」。 往年の名車CB-Fを想起させるだけでなく、新時代のスタン[…]
後方排気はYZR500の後ろバンク、ただ一般公道で前方吸気は容易くなかった! ヤマハは1980年、レーサーレプリカ時代の幕開けRZ250をリリース。排気ガス規制で2ストロークは終焉を迎える寸前だったの[…]
7月中旬発売:Arai「ASTRO-GX BEYOND」 アライヘルメットの街乗りからツーリング、サーキット走行まで幅広くカバーするオールラウンドフルフェイスヘルメット「ASTRO-GX(アストロGX[…]
いい加減さがいい塩梅!? ダートで遊べるPG‐1 「個人車両なので頼むから無理はしてくれるな…」という編集担当の目を盗んでダートセクションにPG -1を連れ込んでみたら、これが何だか楽しくて仕方ない([…]
電子制御スロットルにアナログなワイヤーを遣うベテラン勢 最近のMotoGPでちょっと話題になったのが、電子制御スロットルだ。電制スロットルは、もはやスイッチ。スロットルレバーの開け閉めを角度センサーが[…]
最新の投稿記事(全体)
ホンダPCX/160(2020/2021)比較試乗レビュー この記事では、来たるユーロ5に対応するため全面的に刷新し、早くも第4世代となった2021年モデルと前年にあたる2020年モデルについて比較し[…]
偵察用KLX250、救命救助のセロー250などが登場 東京都北区の浮間舟渡駅の真ん前にある浮間公園。「釣りのできる公園」として周辺住民から人気で、池に向かって釣り糸を垂らす人の姿が多数見られます。 そ[…]
脇を冷やすことで全身を効率的にクールダウン 夏場にリュックを背負ってバイクで走っていると、背中や脇の蒸れが不快なものだ。そんな悩みを抱えるライダーにこそ、「ワキひえ~る」は、目立たず、効率的に全身をク[…]
完成車メーカー「ヨシムラ」への布石 油冷エンジンを搭載するGSX-R750の開発に深く関わり、デビューイヤーの1985年から3年連続で全日本TT-F1クラスでチャンピオンを獲得したヨシムラ。すでにレー[…]
「カブ」の名称は小熊を意味する英語から カブF型は自転車の後輪に取り付ける6kgの補助エンジンで、ホンダのオートバイ躍進の基盤を築いた機種。「白いタンク、赤いエンジン」の愛称で親しまれ、デザインでも人[…]
- 1
- 2