
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第26回は、圧倒的な才能を持つマルク・マルケスゆえにドゥカティのマシン作りに迷いを生む可能性について言及します。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:DUCATI、HRC、Michelin
マシンの能力を超えた次元で走らせるマルケス、ゆえに……
第2戦アルゼンチンGPでは、マルク・マルケス(兄)が意外にも全力だった。アレックス・マルケス(弟)が想像以上に速かったからだ。第1戦タイGPは、兄マルケスにも余裕があった。「タイヤの内圧が心配だから、しばらくは弟を先に行かせとくか〜」なんて、余裕がなければ絶対にできない。
しかしアルゼンチンGPでは本当に全力で、何回か転びそうにすらなっていた。弟マルケスと、彼が走らせているドゥカティのデスモセディチGP24の相性がかなり良いようで、兄マルケスから焦りのようなものさえ感じた。
……ということもありつつ、やはりここまでの3戦は、兄マルケスの独壇場と言っていい。第3戦アメリカズGP決勝は転倒リタイヤしたものの、3戦連続でポールポジションを獲得し、3戦連続でスプリントレースで優勝し、3戦のうち2戦で決勝レース優勝である。アメリカズGP決勝のように、彼自身がミスしない限り、誰も彼には太刀打ちできないのではないか、とすら思えるほどだ。
アメリカズGPの決勝スタート前、スリック装着車に乗り換えるためピットへ走ることを打ち合わせていたという兄マルケス。
混乱をきたしたスタート進行の後、自身のミスで転ぶまではトップを快走した。
だがワタシは、兄マルケス絶好調の裏側に、何とも言えない不穏なダークサイドがあるように感じる。
ドゥカティのファクトリーチーム、ドゥカティ・レボノ・チームが使用している最新のデスモセディチGP25に関して、フランチェスコ・バニャイアは迷っているようだ。
それは主にエンジンブレーキだ。エンジンのパフォーマンスを高めるために、最新デスモセディチGP25はフリクションロス(摩擦抵抗によるパワーロス)を徹底的に減らしている。しかしフリクションをなくせばなくすほど、エンブレが弱まり、バニャイアが求めるだけのエンブレが得られていないようなのだ。
アメリカズGPの決勝レースで優勝し、ホッと一息のバニャイア。
これを解消するために、GP25はフライホイールの重さでイナーシャ(慣性)を調整。パワーアップとエンブレ効果のバランスを取っているのが、ちまたで「GP24.9」と呼ばれている、最新型とも昨年型とも言えない微妙なバージョンなのだ。
はっきり言って、その場しのぎの付け刃。レギュレーション上エンジンそのものを変えることができないから、変更可能な補機類でどうにかごまかしている状態だ。バニャイアとしては名機とされるGP24に戻したいぐらいで、非常に悩ましい状況に陥っている。
ここで問題になってくるのが、兄マルケスの存在だ。彼は「エンブレ?何ソレ? 別に問題ないよ」と、GP25をガンガン乗りこなし、バンバン結果を出している。それを横目に、バニャイアもライダー側の努力でどうにか追いすがろうとしている。となると、GP25が本来抱えているエンジンの問題は問題視されなくなっていく……。
このストーリー、何か見覚えはないだろうか? そう、ホンダ時代の兄マルケス+RC213Vの再現を見ているかのようなのだ。ライディング能力が異次元に高い兄マルケスは、どんなマシンでもバカッ速で走らせてしまう。マシン本来の能力を超えたところで走ることが、彼の真骨頂だ。
一見すると素晴らしいことのようだが、マシンの120%の領域で走られてしまうと、エンジニアが正しい方向性を見失いやすい。自分たちが作ったマシンの「100%の真価」が、よく分からなくなってしまうのだ。結果、120%男・兄マルケス以外はうまく走らせられない、ひどく尖ったマシンが出来上がっていく……。
今のドゥカティは「ある程度誰でも乗りこなせる」という汎用性が武器だ。だからドゥカティライダーの多くがキッチリと好成績を残し、「ドゥカティ勢上位独占」が頻発している。しかしここに120%男・兄マルケスが参入して暴れ回ることで、決してデキのいいマシンではなくても「これでいんじゃね?」と勘違いされ、「フツーの天才」では乗りこなせなくなる可能性がある。
ここまでシーズン全てのレースで勝利したドゥカティファクトリーを率いるジジ・ダッリーニャ。何を思う?
今回のGP25は、バニャイアが悩む程度に「難しいマシン」であることは間違いない。しかし兄マルケスがガンガン結果を出し続ければ、エンジニアたちは「GP25、やっぱ最強」と思いかねない。そうなると2026年、サテライトチームがGP25を使わざるを得なくなり、「……あ、あれ!?」みたいなことになるのではないか。そしてドゥカティをアタマに据えた勢力分布図が塗り変わるのではないか……。
以上、早くも来年のことを心配して、鬼に笑われてみました。
マルケスの超才能から解放されたホンダ
一方のホンダは、兄マルケスの呪縛からようやく逃れつつあるようだ。だいぶ回り道したようにも思うが、確実に改善方向にある。ルカ・マリーニがかなり元気を取り戻しているのが、その証拠だ。
主には空力の改善のようだ。目に見えない空気のことなので詳しいことはよく分からないが(笑)、ひとつ気付くのは、ラジエターまわりに空気が溜まらないようにしていること。外側に空気を逃がそうとしているように見える。
……こういった微妙なことを積み重ねながら、ジワジワと改善を進めていくのが、今のMotoGPのマシン開発だ。どこかで一気にバーンと復調するのではなく、「あれ? ホンダが勝ってんじゃん」と、いつの間にか上位にいることになる……といいですね。
アメリカズGPではホンダにおける自己最高位である9位(のちに繰り上げ8位)でフィニッシュした#10 ルカ・マリーニ。#36 ジョアン・ミルは転倒した。
KTMは、ミシュランのリヤタイヤのスペック変更のあおりを受けて、苦戦している。リヤグリップが得られる時はいいが、得られないと「止まれない、曲がれない、加速しない」の三重苦に陥るのがKTM。この「リヤ頼み」の特性からの脱却がAクラス入りのカギだ。
せっかくペドロ・アコスタほどのライダーがファクトリーチーム入りしても、彼のブレーキングにフロントまわりの剛性が耐えられていない。ファビオ・クアルタラロに近いブレーキの使い方をするライダーなので、ヤマハに乗っている姿を見たい気もする。
小椋藍くんが頑張っているアプリリアだが、アルゼンチンGPでは共通ECUに違反が見つかり、決勝8位フィニッシュからまさかの失格……。どうやら間違ったファームウエアがアップロードされていたらしい。
パフォーマンスに影響はなかった、とのことが、ミスはミス。これは完全にチームの問題だ。どうもアプリリアは電気まわりで問題が起きやすいらしい。ファクトリーチームのマルコ・ベゼッキも、ピットレーンリミッターが切れていたようだ。
アメリカズGPでは予選18番手からスプリントレース、決勝レースとも9位フィニッシュで地力を見せた小椋藍。
思い出すのは2022年、日本GPでのアレイシ・エスパルガロ(当時はアプリリア)だ。アプリリアは燃費が厳しいこともあり、少しでも燃費を良くするために、決勝でピットアウトしてグリッドにつくまでのサイティングラップで、スピードリミッターが利くようになっていた。
しかしそのリミッターを電気屋さんが解除し忘れ、決勝スタート直前のウォームアップラップを100km/h以上出せないまま走行。手元では解除できず、たまらずピットインしたエスパルガロはマシンを乗り換えてスタートし、大きく順位を落としてしまった。
こういう電気系まわりのドタバタが、アプリリアは目立つ。こういったトラブルでせっかくのレースを台無しにしてしまっては、ライダーの士気にも関わる。目に見えない電気のことなので詳しいことはよく分からないが(笑)、改善の余地は大いにありそうだ。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
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