
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第24回は、MotoGP開幕戦タイGPで圧勝したM.マルケスについて。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:Michelin, DUCATI
バニャイアの武器を早くも体得してしまったマルケス兄
恐るべし、マルク・マルケス……。’25MotoGP開幕戦・タイGPを見て、ワタシは唖然としてしまった。マルケスがここまで圧倒的な余裕を見せつけるとは……。ポールポジションを獲得し、スプリントレースも決勝レースも優勝してしまったマルケス。ドゥカティのファクトリーマシンを得た彼だが、タイGPで見せつけたのは人間の差だった。
あのマシンは、リヤを流しながらのブレーキングによって優れた制動力を発揮するのだが、マルケスは金曜日のフリー走行1回目の段階で、早くも最適なスライドアングルを体得していた。まずこれが恐ろしい。時間をかけてその武器を手にしたフランチェスコ・バニャイアの心中を察すると、かわいそうになるほどだ。
しかも決勝7周目に、はタイヤの内圧が下がりすぎないよう、弟のアレックス・マルケスを先行させた。ハードなライディングをしながらタイヤ内圧にも気を配れるのは、まず余裕があるからこそ。さらに十分速いライバルである弟を先行させたのは、絶対に抜き返す自信があったからだ。
タイでは、決勝で1分30秒台に入れられるかどうかが勝敗の分かれ目だ。そしてマルケスは、「入れたい時に30秒台に入れちゃうよ」、という圧巻の走りだった。同じマシンに乗るチームメイトのバニャイアからすれば、屈辱的ですらあっただろう。
バニャイア(右)もこのままマルケス兄の好きにさせる気はないだろう。
今回のドゥカティは、ちょっとバタバタしていた。事前テストで走らせた25年型の最新エンジンには、「パワーは出ているが、エンブレで止まらない」という課題があったのだ。
そこで’25年型と’24年型のエンジンを何らかの形で「ニコイチ」にした「’24.9年型」エンジンを用意。タイGPではマルケス(兄)、バニャイア、そしてファビオ・ディ・ジャンアントニオが、この’24.9年型エンジンを使った。
これはつまり、’24年型のデキが非常によかった、ということ。だからすんなりと’25年型には移行できなかったのだ。’24年型のデキのよさは、今回のマルケス弟が2位になったことからもよく分かる。そして振り返れば、’23年型とデキのいい’24年型には大きな差があった。
戦闘力に劣る’23年型で戦った昨季、そして最新マシンを手に入れた今季
思い出してほしいのは、昨’24シーズン、マルケス兄はもうひとつだった’23年型に乗り、デキのいい’24年型と戦っていた、ということだ。それでもしっかり3勝を挙げ、決勝で10回も表彰台に立ったのだから、やはり人間力がハンパない。
今回のタイGPも、ペースコントロールをせず全力疾走していたら、完全にぶっちぎりの独走だったはず。恐ろしいことだ。つまり、タイGPが最後まで飽きないレースになったのは、マルケス兄がペースを抑えてくれたおかげ。興行としてはともかく、レースとしてはどうなんだ、と思うところもあります……。
タイヤの最低内圧が監視されるようになったのは、’23年から。「内圧が低すぎると、タイヤがリムから外れる危険性がある」というミシュランの主張から策定されたルールだが、それ自体の是非はともかく、走行中のライダーがケアしなければならないことが増えたのは間違いない。
走行中のタイヤは、負荷がかかることで温度が上がり、それに伴って内圧も上がる……と思われがちだが、話はそう簡単ではない。タイGPのマルケス兄のように先頭を単独走行していると、タイヤにフレッシュエアがよく当たるので、タイヤ温度も内圧も低下してしまうのだ。
そして決勝レースでは、規定内圧より低い状態で全周回数の50%以上を走行してしまうと、タイム加算ペナルティが課せられる。昨年、マルケス兄はオランダGPでこのペナルティを食らい、決勝レースタイムに16秒が加算。4位から10位に順位を落としてしまった。
そんな経験もあり、今回のマルケス兄はあえてマルケス弟の後ろに回り、タイヤの内圧が下がりすぎないようにした。レース後、「アレックスの後ろ走るのは、めちゃくちゃ熱かった」とコメントしていたほどなので、タイヤ内圧もしっかり上がっていただろう。
マルケス弟の後ろにビタビタに付けながら走るマルケス兄。
だが、他ライダーの直後に付けると乱流の中を走ることになるので、今のエアロマシンにとってはリスクがある。また、タイヤの温度や内圧が上がりすぎると、それはそれで適正なグリップを失い、転倒の恐れが高まる。では……とタイヤをクールダウンさせると、内圧不足のペナルティを食らうのだ。いやはや、今のMotoGPライダーは本当に大変だ……。
そういったモロモロをクリアしながら完勝を果たしたマルケス。さすがに初戦を終えたばかりで気が早いものの、かなりの高確率で今シーズンのチャンピオンになってしまいそうに思う。
バニャイアは、持ち前の繊細さが災いし、「リヤタイヤがグリップしない」という問題がどうしても気になってしまったようだ。今後、コンディションによってはバニャイアがマルケスの前を走ることもあるだろう。しかしシーズン全体を通して見れば、細かいことに囚われずハイペースで走ってしまうマルケスが有利そうだ。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 青木宣篤の上毛GP新聞)
MotoGPライダーのポテンシャルが剝き出しになったトップ10トライアル 今年の鈴鹿8耐で注目を集めたのは、MotoGPおよびスーパーバイク世界選手権(SBK)ライダーの参戦だ。Honda HRCはM[…]
15周を走った後の速さにフォーカスしているホンダ 予想通りと言えば予想通りの結果に終わった、今年の鈴鹿8耐。下馬評通りにHonda HRCが優勝し、4連覇を達成した。イケル・レクオーナが負傷により参戦[…]
電子制御スロットルにアナログなワイヤーを遣うベテラン勢 最近のMotoGPでちょっと話題になったのが、電子制御スロットルだ。電制スロットルは、もはやスイッチ。スロットルレバーの開け閉めを角度センサーが[…]
φ355mmとφ340mmのブレーキディスクで何が違ったのか 行ってまいりました、イタリア・ムジェロサーキット。第9戦イタリアGPの視察はもちろんだが、併催して行われるレッドブル・ルーキーズカップに参[…]
運を味方につけたザルコの勝利 天候に翻弄されまくったMotoGP第6戦フランスGP。ややこしいスタートになったのでざっくり説明しておくと、決勝スタート直前のウォームアップ走行がウエット路面になり、全員[…]
最新の関連記事(モトGP)
今のマルケスは身体能力で勝っているのではなく── 最強マシンを手にしてしまった最強の男、マルク・マルケス。今シーズンのチャンピオン獲得はほぼ間違いなく、あとは「いつ獲るのか」だけが注目されている──と[…]
本物のMotoGPパーツに触れ、スペシャリストの話を聞く 「MOTUL日本GPテクニカルパドックトーク」と名付けられるこの企画は、青木宣篤さんがナビゲーターを務め、日本GP開催期間にパドック内で、Mo[…]
欲をかきすぎると自滅する 快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン[…]
2ストGPマシン開発を決断、その僅か9ヶ月後にプロトは走り出した! ホンダは1967年に50cc、125cc、250cc、350cc、そして500ccクラスの5クラスでメーカータイトル全制覇の後、FI[…]
タイヤの内圧規定ってなんだ? 今シーズン、MotoGPクラスでたびたび話題になっているタイヤの「内圧規定」。MotoGPをTV観戦しているファンの方なら、この言葉を耳にしたことがあるでしょう。 ときに[…]
人気記事ランキング(全体)
RZ250を上回る新テクノロジー満載! 1979年にホンダがリリースした、まさかの2ストローク50ccスポーツのMB50(広告なでの名称はMB-5)。 250ccやビッグバイクのスケールダウン・デザイ[…]
エンジニアもバイクに乗る、それがボッシュの面白さ ボッシュが二輪車向けABSを世に出してから今年で30周年を迎えた。ボッシュといえばドイツのメーカーだが、バイク部門の開発拠点が日本の横浜にあることはご[…]
コンパクトで取り付けが簡単なスマートモニター タナックス(TANAX)の「スマートライドモニター AIO‑5 Play (SRS‑015)」は、本体サイズ78.8(H)×136.2(W)×26.8(D[…]
KATANAというバイク 一昨年のこと、キリンと同じ年齢になったことをキッカケにKATANA乗りになったYです。 ノーマルでも十分乗り易いKATANAですが、各部をカスタムすることで、よりカタナ(GS[…]
X-ADVの兄弟車として欧州で販売される「フォルツァ750」 ホンダは欧州でフォルツァ750(FORZA 750)の2026年モデルを発表した。主要諸元に変更はなくカラーバリエーションの一部変更でイリ[…]
最新の投稿記事(全体)
火の玉「SE」と「ブラックボールエディション」、ビキニカウルの「カフェ」が登場 ジャパンモビリティショー2025でカワサキが新型「Z900RS」シリーズを世界初公開した。主軸となる変更はエンジンまわり[…]
外観をスタイリッシュにリニューアルしたトリシティ125 前回のトリシティ300に続き、今回試乗を行うのも前2輪を持つLMWシリーズのトリシティ125。ちなみにLMWとは、リーニング・マルチ・ホイールの[…]
父とB+COM SB6XRで会話しながらプチツーリング すっかり秋模様。なんなら執筆している今日は、最高気温が15度。朝から冷え切っていて、冬気分です。 自宅近くを走っているスクーターの方を見て、「わ[…]
KATANAというバイク 一昨年のこと、キリンと同じ年齢になったことをキッカケにKATANA乗りになったYです。 ノーマルでも十分乗り易いKATANAですが、各部をカスタムすることで、よりカタナ(GS[…]
エンジニアもバイクに乗る、それがボッシュの面白さ ボッシュが二輪車向けABSを世に出してから今年で30周年を迎えた。ボッシュといえばドイツのメーカーだが、バイク部門の開発拠点が日本の横浜にあることはご[…]
- 1
- 2






































