
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第22回は、現地に足を運んで各メーカーのフレームを観察してきたというMotoGPマレーシア公式テスト(セパン)について。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:青木宣篤、Michelin
イケてるマシンはピットアウトした瞬間にわかる
今年も行ってまいりました、MotoGPマレーシア公式テスト。いや〜、転倒が多かった! はっきり認識しているだけでも、ホルヘ・マルティン、ラウル・フェルナンデス、小椋藍、フランチェスコ・バニャイア、マルク・マルケス(兄)、ペドロ・アコスタ……。特にフェルナンデスとマルティンの転倒は、かなりヒヤリとするものだった。
噂話だが、タイヤまわりに問題があったようだ。確かにライダーがまったく予期していない転び方ばかりで、それがヒヤリとした大きな要因だ。MotoGPライダーもシロウトではない……どころか、世界最高峰のライディングテクニックの持ち主たち。誰もが常に滑ることを予測しながら走っている。しかし今回の場合は、滑り出すタイミングがまったく予想外だったようで、本当に恐ろしい転倒ばかりになってしまった。
しかし、こういう不測の出来事も乗り越えなければならないのが、レーシングライダーというお仕事。つくづく因果な商売だと思います……。
そんなこんなで始まったマレーシア公式テスト、目を引いたのはファビオ・クアルタラロが1周目から速かったことだ。これ、レーシングライダー的にはかなり重要だ。
イケてるマシンはピットアウトした瞬間に気分がアガるし、逆にイケていないマシンだとピットアウトすら恐る恐るになってしまう。コースサイドでクアルタラロの走りを観察しても、スロットルを開けながらグイグイ曲がっていくヤマハの強みが戻ってきたように感じた。
アレックス・リンス(ヤマハ)。
ファビオ・クアルタラロ(ヤマハ)はタイトルカットのような緑の差し色と、この写真のような赤い差し色のマシンを随時乗り換えつつテストをこなした。
ただし、ヤマハはコンセッションの適用によりセパンサーキットを多く走っているし、そもそもセパンは路面コンディションも良く、タイムが出しやすいコースなのだ。だからいざシーズンが始まって、すべてのサーキットでうまく行くかと言えば、そこまでのデキではないと思う。だが、復調しているのは間違いない。その要因として挙げられるのは、攻めの開発姿勢だ。
これ↓は私が撮影した写真だが、ピボットまわりのメインフレームの厚みに注目していただきたい。ペラッペラである。隣に並べたのは、去年の最終戦直後に行われたバルセロナテストで撮影したドゥカティのマシン。まだドゥカティの方が肉厚は薄く見えるが、ヤマハも文字通り「肉薄」している。
MotoGPマシンにあっても安心安全を重視するのが日本メーカーの習わしだが、このペラッペラフレームはかなり攻めている。もちろん十分な強度は確保した上のことだとは思うが、相当に踏み込んだ設計をしていることは間違いない。
このペラッペラフレームは、ご推察の通り、旋回力を高めるためのものだ。従来のフレームでは剛性が高すぎて旋回力の妨げになっていた箇所を、攻めた設計により容赦なく剛性を下げているのだ。これは量産車も同じ流れ。華奢に見えるフレームのバイクが増えたのは、旋回力を高めるのに最適な剛性がしっかりと解析されてきた成果だろう。
ヤマハはこのペラッペラフレームを1本だけ用意してきたようだ。クアルタラロを始め、リンス、ジャック・ミラー、ミゲール・オリベイラのマシンにもペラッペラフレームを載せ替えてはテストしていた。
こうなると、やはり2チーム/4ライダーという体制に戻ったのは大きい。新しいパーツをより多くの目で評価できれば、開発のスピードも精度も高まる。去年はファクトリーだけの1チーム/2ライダーだったヤマハは、頭数を揃えることのメリットを痛感しているだろうし、同時に、4チーム/8ライダーを擁するドゥカティを改めて脅威に感じているに違いない。
復調の兆しを見せるホンダ、2年ぶりのファクトリー体制になったM.マルケス
ホンダも、復調を感じさせてくれた。走行初日は「うーん、まだ先は遠いぞ」と思ったのだが、テスト走行を重ねるたびに向上していることが確認できた。ジョアン・ミルのコメントも前向きだった。
ただ、走りをじっくりと眺めていると、まだまだ課題が残っていることがよく分かる。スロットルを開けた時、マシンがしっかりと前進せず、横へ横へと逃げてしまっているのだ。これは主にメカニカルグリップ不足が原因だろう。
前向きなコメントが増えてきたジョアン・ミル(ホンダ)。
ホンダのマレーシアテストは、事前のシェイクダウンテストを合わせて計6日間行われた。走行枠も午前いっぱい、午後いっぱいと非常に長い。これだけの時間があればセッティングでの合わせ込みも可能だが、レースウィークになると圧倒的に時間が足りなくなる。これはどのメーカーにとっても同じことで、レースウィークでは100%の仕上がりなど望めないのだ。
そうなると、重要なのはマシンの素の部分の仕上がりだ。ホンダは、メカニカルグリップという素の部分にまだまだ課題があるように見受けられたので、今回のミルの8番手という表面上の結果にぬか喜びせず、精進していただきたいと切に願う。
ドゥカティは2024年型がまとまっているようだ。今回トップタイムを出したアレックス・マルケス(弟)も、4番手のフランコ・モルビデリも2024年型だ。新しいパーツをテストしなくていい分、走ることに集中できるから、タイムという点では有利なのだ。
一方、今年からファクトリーチームに移籍したマルケス兄は5番手。エンジンの仕様を決める作業があるから、これは致し方ない。去年のようにセットアップだけを合わせるのと、今年のように根っこの部分から作り込むのと、どちらも良し悪しがあり、痛し痒しでもある。いずれにしてもマルクはホンダ以来2年ぶりのファクトリー体制で、その仕事量の多さには改めて驚かされたようだ。
マルク・マルケスはラップタイムこそ目立たなかったが、テストでは走る目的が違うのだから仕方がない。
さすがの貫禄を見せつけたのは、マルケス兄のチームメイトであるバニャイアだ。ちょっと意外かもしれないが、彼のブレーキング技術はピカイチ。後輪をほどよく横に出すことを併用しながら、短い制動距離でバチッと減速している。
マルケス兄もひっちゃきになってバニャイアのマネをしていたが、何度もオーバーシュートし、ラインを外していた。ハードブレーキングが武器のマルケス兄でさえ簡単にはマネできない領域にいる、バニャイア。今シーズンもやはりチャンピオン候補の筆頭だ。
ドゥカティのファクトリーマシンは、フロントカウル内側にでっかい装置が取り付けられていた。どうやらライドハイトデバイス(RHD)の制御に使われているようだ。MotoGPでは足まわりの電子制御化が認められていないため、恐らくは油圧とサーボモーターなどが用いられているのだろう。サテライトチームのマシンには装着されていなかった。
詳細は不明だが、今まではライダーのレバー操作でガコンと沈み込むだけだったRHDが、減衰を効かせて沈み込みスピードをコントロールしている。どのような効果があるのかは、正直分からない……。しかしコーナリング中のライダーの操作が増えることは間違いない。どれだけコーナリング中に手を離せるか、という「スキル」が求められるのかもしれない。
小椋藍選手いわく、RDHは入れるタイミングが難しいのだとか。コースサイドで他のライダーと比べると、確かに小椋選手はRDHの作動が1テンポ遅れていた。こういう「ちょっとちょっとの積み重ね」が、今のMotoGPでは欠かせないのだ。
大きくリヤを沈み込ませながら加速する小椋藍(アプリリア)。マシンはテスト初日の未塗装のもの。
着実にステップを踏んでいる小椋藍。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 青木宣篤の上毛GP新聞)
MotoGPライダーのポテンシャルが剝き出しになったトップ10トライアル 今年の鈴鹿8耐で注目を集めたのは、MotoGPおよびスーパーバイク世界選手権(SBK)ライダーの参戦だ。Honda HRCはM[…]
15周を走った後の速さにフォーカスしているホンダ 予想通りと言えば予想通りの結果に終わった、今年の鈴鹿8耐。下馬評通りにHonda HRCが優勝し、4連覇を達成した。イケル・レクオーナが負傷により参戦[…]
電子制御スロットルにアナログなワイヤーを遣うベテラン勢 最近のMotoGPでちょっと話題になったのが、電子制御スロットルだ。電制スロットルは、もはやスイッチ。スロットルレバーの開け閉めを角度センサーが[…]
φ355mmとφ340mmのブレーキディスクで何が違ったのか 行ってまいりました、イタリア・ムジェロサーキット。第9戦イタリアGPの視察はもちろんだが、併催して行われるレッドブル・ルーキーズカップに参[…]
運を味方につけたザルコの勝利 天候に翻弄されまくったMotoGP第6戦フランスGP。ややこしいスタートになったのでざっくり説明しておくと、決勝スタート直前のウォームアップ走行がウエット路面になり、全員[…]
最新の関連記事(モトGP)
今のマルケスは身体能力で勝っているのではなく── 最強マシンを手にしてしまった最強の男、マルク・マルケス。今シーズンのチャンピオン獲得はほぼ間違いなく、あとは「いつ獲るのか」だけが注目されている──と[…]
本物のMotoGPパーツに触れ、スペシャリストの話を聞く 「MOTUL日本GPテクニカルパドックトーク」と名付けられるこの企画は、青木宣篤さんがナビゲーターを務め、日本GP開催期間にパドック内で、Mo[…]
欲をかきすぎると自滅する 快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン[…]
2ストGPマシン開発を決断、その僅か9ヶ月後にプロトは走り出した! ホンダは1967年に50cc、125cc、250cc、350cc、そして500ccクラスの5クラスでメーカータイトル全制覇の後、FI[…]
タイヤの内圧規定ってなんだ? 今シーズン、MotoGPクラスでたびたび話題になっているタイヤの「内圧規定」。MotoGPをTV観戦しているファンの方なら、この言葉を耳にしたことがあるでしょう。 ときに[…]
人気記事ランキング(全体)
400で初のV4でもホンダ・ファンは躊躇なく殺到! 1982年12月にリリースされたVF400Fは、このクラスでは12,500rpmの未経験な超高回転域と0-400mを13.1secという俊足ぶりもさ[…]
快適性とスタイルを両立するスクリーン&バイザー 長距離ツーリングの快適性を求めるライダーにとって、風防効果の高いスクリーンは必須アイテムだ。「ブラストバリアー 車種別キット(スモーク)」と「エアロバイ[…]
バイクはお兄さんの影響 メグミさんは昔からバイクに興味があったのだと言います。 「兄が二人いて、どちらもバイクに乗っていたんです。小さいときからその様子を見ていたので、自然に自分も乗りたいと考えるよう[…]
世界のバイクメーカーをビビらせた初のアドベンチャーモデル オールドファンならご存じのBSAはかつてイギリスで旋風を巻き起こしたバイクメーカー。ですが、1973年には一旦その幕を下ろし、2016年にイン[…]
APトライク250って高速道路で通用するの? チョイ乗り系トライクとして知られるAPトライク125は、125ccという排気量ながら「側車付き軽二輪」という区分のおかげで高速道路を走れます。しかしながら[…]
最新の投稿記事(全体)
伝統の「火の玉/玉虫」系統 Z900RSのアイコンとも言える、Z1/Z2(900 SUPER 4 / 750RS)をオマージュしたキャンディ系カラーリングの系統だ。 キャンディトーンブラウン×キャン[…]
67年前に独自の車体構成で誕生したスーパーカブ 今から67年前の1958年に誕生したスーパーカブC100は、ホンダ創業者の本田宗一郎氏と専務の藤澤武夫氏が先頭に立って、欧州への視察などを通じて新機軸の[…]
振動の低減って言われるけど、何の振動? ハンドルバーの端っこに付いていいて、黒く塗られていたりメッキ処理がされていたりする部品がある。主に鉄でできている錘(おもり)で、その名もハンドルバーウエイト。4[…]
電子制御CVTがもたらすワンランク上の加速性能 ヤマハ軽二輪スクーターのNMAX155は、ʼ25年型で大幅進化。パワーユニットの熟成、リヤのストローク5mm延長を含む前後サスペンションのセッティング最[…]
ヤマハの社内2stファンが復活させたかったあの熱きキレの鋭さ! 「ナイフのにおい」R1-Z の広告キャッチは、ヤマハでは例のない危うさを漂わせていた。 しかし、このキャッチこそR1-Zの発想というかコ[…]
- 1
- 2













































