ハイレベルなレースを展開するマルティンとバニャイア

「前時代的? な気合とド根性が現代のMotoGPをさらなる高次元へ」【ノブ青木の上毛グランプリ新聞 Vol.19】

ノブ青木の上毛グランプリ新聞

元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第19回は、ハイレベルすぎるチャンピオン争いを繰り広げる2人のライダーのメンタルを分析する。


●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:Michelin

最強の刺客・マルケスがやってくる前に

みなさん、第19戦マレーシアGP(11月1日~3日)はご覧になりましたよね? ワタシは改めて、「MotoGPライダーはすげえ、ハンパねえ!」と、心から思った。

チャンピオン争いはドゥカティ・ファクトリーのフランチェスコ・バニャイアと、同じくドゥカティながらサテライトチームのプラマックから参戦しているホルヘ・マルティンのふたりに絞られている。マレーシアGPでは、彼らのバチバチ度合いがシャレにならないハイレベル度合いだった。

マルティンにとって、今年はチャンピオン獲得のビッグチャンスだ。来年アプリリアに移籍する彼は、しばらくチャンピオン争いに食い込めなくなるだろう。厳しい話だが、今のドゥカティ帝国はそれぐらい圧倒的だ。

一方のバニャイアは、来年もドゥカティ・ファクトリーを継続するが、チームメイトは“あの”マルク・マルケスになる。2連覇しているバニャイアからしてみれば、最強の刺客・マルケスがやってくる前に、もう1回チャンピオンを取っておきたいところだ。

最新型でトップ争いをする2台に型落ちマシンのマルケスが追いすがるという、シーズン中にも何度か見られた光景。

つまり、ふたりとも今年のチャンピオン獲得に懸ける意気込みはハンパないのだ。そんなこともあって、マレーシアGPは予選からふたりの間でバッチバチの精神戦が繰り広げられた。

まず動いたのはマルティンだ。コースレコードを更新し、バニャイアを0.3~4秒も突き放す。1発の速さはマルティンの武器である。「これはさすがにバニャイアも届かないかな」と思っていた。しかし逆にバニャイアはマルティンに0.2秒差を付けて、ポールポジションを奪取してしまうのだ。しかも去年までのコースレコードより1秒以上速いって、ちょっと考えられない。

バニャイアのアタックラップは本当に素晴らしかった。全体にスゴイとしか言えない走りだったのだが、特に驚いたのはセパンサーキットの7コーナーだった。ブレーキングでリアから荷重が抜けている状態にもかかわらず、バーンと寝かせていたのだ。「えーっ!? そのスピードと、そんな荷重が抜けてるタイミングで、大丈夫なの!?」とヒヤッとしたが、バニャイアはお構いなし。気合いとド根性を感じるシーンだった。

西暦も2024年になったが、二輪レースは今も「物理の限界よりライダーの気合いとド根性」である。およそ非科学的な気合いやド根性が、マシンを限界以上の領域で走らせる。

四輪レースは、もっと科学的だ。シミュレーションによってターゲットタイムが正確に設定され、緻密な戦略によって走りが組み立てられている。しかし我らが二輪レースは、気合いとド根性。いかにもバイクらしい(笑)。

頑張って「気合いとド根性」の正体を解き明かしてみよう。レースで言う「限界」とは、概ねタイヤのグリップを指す。タイヤのグリップ力を超えて滑り出すと、一般的にそれは「限界を越えている」と言う。

だがバニャイアやマルティンにとって、タイヤの限界を越えることなど当たり前だ。ブレーキングでリヤが滑り、倒し込みでフロントがジワジワと滑り、立ち上がりでリヤが滑るといった具合で、もう常に滑っている。しかも彼らは、どのタイミングでどんな風に滑らせるかを掌握し、コントロールしているのだ。

これがまた、とんでもなく難しい。はっきり言って、理解できない領域の走りだ。予選タイムアタックの1周だけならまだしも──いや、それだって信じられないが──、彼らは異次元の走りを決勝のレースの間中、ずっと行っているのだ。こんなの、気合いとド根性としか言いようがない……。

マレーシアGPの決勝でワタシが本当にスゴイと思ったのは、バニャイアとマルティンのふたりが他のライダーをぶっちぎってしまったことだ。3番手を走っていたマルクは、トップのバニャイアから1.5秒、2番手のマルティンからも0.5秒離され、その差が広がっていった7周目に転倒してしまった。

この後、次第に差が広がっていってマルケスは脱落。

その後、3番手になったのはドゥカティ・ファクトリーのエネア・バスティアニーニだったが、ふたりとの差はどんどん離れていく。チェッカーを受けた時には、2位マルティンの6秒以上後方、優勝したバニャイアからは約9秒も引き離されていたのだ。

これは本当に凄まじい。なぜかって、バニャイアとマルティンは序盤にバッチバチのバトルを繰り広げていたからだ。皆さんもご覧になったことがあると思うが、通常、バトルになるとラップタイムは落ちる。普段とは違うラインを通るし、後ろを気にしながら駆け引きのライディングになるので、それも当然だ。

しかしバニャイアとマルティンは凄まじいバトルを見せながら、どんどん後続を引き離していったのだ。「そんなことがあり得るのか!?」ワタシは心底驚いた。そしてバニャイアとマルティンのふたりが、気合いとド根性で完全に別次元にいることがよく分かった。

チャンピオンシップを優先して戦っているマルティン

正直言って、ふたりともなぜ速いのかが分かりにくいタイプだ。バニャイアは乗車位置が優れているし、タイヤマネージメントもうまい。マルティンはベタ寝かせでコーナリングスピードが速い。だが、例えばペドロ・アコスタのブレーキングのように、ものすごく際立った何かがあるわけじゃない。

それでも、今年のチャンピオンシップを争っているのは、バニャイアとマルティンだ。それにふさわしい気合いとド根性を見せてくれている(笑)。何よりも感動してしまうのが、気合いとド根性が空回りせず、キッチリと走りに表れ、MotoGPのレベルをガーンと引き上げていることだ。

マレーシアGP決勝で優勝したバニャイアのレースタイムは、去年優勝したバスティアニーニより5秒近くも速かった。開発の手を緩めないドゥカティもスゴイと思うが、やっぱりライダーの頑張りが利いているのだとワタシは思う。

最終戦が行われる予定だったバレンシアが大水害に見舞われ、大変なことになっている。ワタシが現役時代に何度も通った道路が寸断されている様子を見て、心が痛む。

現時点でドルナは、カタルニアサーキットでの最終戦開催をアナウンスしている。これに関しては、さまざまな意見や考え方があると思う。ワタシとしては、ここまで19戦にわたって本当に素晴らしいチャンピオン争いを繰り広げてきたバニャイアとマルティンが、しっかりと最終戦で決着できることを素直に喜びたい。

1か月前なら、バニャイアの3連覇がイメージできた。しかしここまでくると、もうさすがにマルティンの初戴冠が見えている。雨が得意ではないマルティンが、レインコンディションの第18戦タイGPで2位になった。優勝したバニャイアの約3秒遅れだ。マレーシアGPでも、バニャイアを深追いせずに2位に甘んじた。

タイGPでも無理をしなかったマルティン。

この2回の2位は、マルティンの成長ぶりを窺わせるし、まさにチャンピオンの器を感じさせるものだ。バニャイアに負けたのではなく、チャンピオンシップを優先した結果としての2位だからだ。

マルティンは、自信があるのだと思う。ここまで十分にポイントを稼いで、有利な立場にいる。そして、「本気で勝とうと思えば、いつでも勝てる」という思いがある。だから精神的に余裕があって、まわりがよく見えている。前だけではなく、右も左も後ろも見えている状態だ。

気合い。ド根性。そして、自信。二輪レースは、とことんメンタルが大事なスポーツ。そこが本当に面白い。

マレーシアGPの表彰台。静かに落ち着いたフォトセッション。あとは最終戦でベストを尽くすだけだ。

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