
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第130回は、バレンシアの自然災害と先が読めないチャンピオン争い、そして全日本で最後までタイトル争いを続けた中須賀克行選手について。
Text: Go TAKAHASHI Photo: MICHELIN, YAMAHA
勝てるはずのないマシンで勝つマルケス、彼がファクトリー入りする前にタイトルを獲りたい2人
MotoGPのタイトル争いに関してコラムを書こうとしたら、最終戦の舞台であるスペイン・バレンシアが集中豪雨による洪水でとんでもないことになっていますね……。報道では「過去数十年で最悪の規模」とも言われており、心を傷めています。
MotoGP主催者のドルナがどういう判断をするか、これを書いている時点ではまだ明らかになっていませんが、バレンシアでレースすることは人道的に考えてもあり得ないでしょう。僕も現地の方々が心配ですし、いち早くの復旧、復興を祈るばかりです。
今週末のマレーシアGPが最終戦になるのか、あるいは別の代替案が採られるのか分からないので、チャンピオンシップの行方について占うのも難しい状況です。ドゥカティ(プラマック)のホルヘ・マルティンと、同じくドゥカティ(ファクトリー)のフランチェスコ・バニャイアのふたりが、どのような形でタイトルを決めるのか……。
ここではポイントリーダーで有利な立場のマルティンに注目してみます。彼には速さがありますよね。特に1周目の速さは素晴らしい! マルティンはバンク角の深さが目立ちますが、コーナーの立ち上がりでマシンを起こすのも早い。実はタイヤを保たせるのも上手なタイプだし、だからこそランキングトップの位置にいるのだと思います。
前戦のタイGPでスプリントレース/決勝レースとも2位に入ったマルティン。 ※記事執筆後のマレーシアGP・スプリントレースでは勝利
タイGPスプリントレースでのトップ争い。マシンを起こすシーンだ。
2年連続でチャンピオンになっているバニャイアに対して、マルティンはMoto3チャンピオンではあるものの、MotoGPでは無冠です。しかも、来年はアプリリアに移籍することが発表されているという状況。
アプリリアへの適応には時間がかかるでしょうし、正直なところ、今、圧倒的な強さを発揮しているドゥカティに対してアプリリアで勝負を挑めるかと言うと、なかなか難しいと思います。とすると、今回のチャンスは絶対にモノにしたいはず。今回取らなければ、しばらく厳しい状況になるのはマルティン自身が1番よく分かっているでしょう。
もし落とし穴があるとしたら、「今年がビッグチャンス!」と、マルティンが焦ってしまうことぐらいでしょうか。もっとも、彼は昨年もチャンピオン目前で逃した経験があるので、かなり意識してメンタルコントロールしているはず。実際、コメントを見聞きしてもすごく落ち着いてレースに臨んでいますよね。
今の勢いからすると、マルティンがいつも通りの自分の走りさえできれば、遅かれ早かれタイトルを獲得すると思います。しかし、もちろんバニャイアも黙ってはいないでしょう。実は今年は、バニャイアにとっても大きなチャンスの年だからです。
ご存じの通り、来年はマルク・マルケスがドゥカティ・ファクトリー入りします。ドゥカティのファクトリーマシン+マルケスというパッケージは、ライバルと呼ぶにはあまりにも強力な存在になって、MotoGPライダーたちの前に立ちふさがるでしょう。
正直、こんなにも復活を遂げるとは思っていませんでした。グレシーニに在籍しているマルケスが走らせているのは、型落ちの23年型マシンです。いくら今のMotoGPマシンの開発が制限されているとは言え、最新型に敵うはずがない。それなのに勝つなんて、本当にとんでもないことです。
特にスタートで出遅れながらも優勝したオーストラリアGPは、圧巻でした。何かとんでもないものを見てしまったような気さえします。そのマルケスが、来年は最新最強のマシンを手にする……。マルティンもバニャイアも、その脅威は十分に分かっているはず。ふたりとも、タイトルへの思いはいつも以上でしょうね。
バレンシアに思いを寄せつつ、チャンピオンシップの行方に注目しながらマレーシアGPの結果を楽しみに待ちたいところです。
ランキングトップのマルティン。
ランキング2位のバニャイア。
ランキング3位のマルケス。
最終戦の最終レースで勝ったほうがチャンピオンだった
タイトル争いといえば、全日本ロードの最高峰、JSB1000クラスも劇的な形でチャンピオンが決まりました。10月26日に鈴鹿サーキットで行われたレース1の結果、ヤマハファクトリーの中須賀克行くんと岡本裕生くんが完全に同ポイントに。翌27日のレース2で先にチェッカーを受けた方がチャンピオン、という緊迫の展開になりました。
レース1で#2岡本裕生が2位、#1中須賀克行は3位となった結果、同点首位でレース2に臨むことに。
そしてレース2は、終盤にセーフティーカーが入り、各ライダーの間隔がギュッと詰まります。そしてセーフティーカーが抜けた直後、1コーナーで中須賀くんが転倒! 3位でチェッカーを受けた岡本くんが、初のチャンピオンを獲得しました。中須賀くんとしては、チャンピオンを取るために戦っているわけですから、あのチャンスを逃すわけには行かなかったでしょうね。
今シーズンの岡本くんは、速さに自信を加えて、特にシーズン終盤にかけては非常に力強いレースをしていました。チャンピオンにふさわしい走りだったと思います。JSB1000にステップアップして3年目の、素晴らしい快挙でした。
それにしても、25歳の岡本くんに対して、中須賀くんは43歳ですよ! 年の差、18。若くて勢いのある岡本くんを相手に、よくぞここまでハイレベルな戦いを続けたものだと、感動してしまいます。32歳で引退した僕には、ちょっと考えられません(笑)。
今年54歳になった僕はつくづく思うのですが、人間、老いには決して勝てません。特にライディングに影響してくるのは、目と反射神経です。僕は40歳ぐらいで老眼を自覚しました。中須賀くんが老眼かどうかは今度聞いてみるとして(笑)、若い頃と同じはずはないんです。
それなのに、全日本のトップカテゴリーで頂点を争い続けているんですよ?「普段からどれだけ努力をしているんだろう……」と、本当に頭が下がります。恐らく岡本くんがチャンピオン獲得のために10の努力をしていたとしたら、中須賀くんは20や30の努力をする必要があったはずなんです。
それがどれだけつらいことか、僕にはよく分かります。レースはほんの数10分ですが、そこに至るまでの準備がすべて。皆さんに見えないところでどれだけ努力しているかに尽きるわけです。中須賀くんが今年もタイトル争いをして、敗れたものの、「まだまだ自分は成長できる」とコメントしているのを聞き、つくづくすごいと改めて思いました。
そして彼の本当のすごさは、チームメイトであり最大のライバルである岡本くんに、すべてを惜しみなくさらけ出していることです。これは監督の(吉川)和多留くんに聞いたのですが、中須賀くんは本当にすべてを岡本くんに教えていたとのこと。そのうえで、自分にはさらに成長の余地があるって、どれだけすごいんだか……。
後輩に全てをさらけ出しながら勝利に挑む。
先ほど「老いには勝てない」と言いましたが、逆にベテランには経験という引き出しがたくさんあります。そして若手に何もかも教えても、そのすべてを吸収できるわけではありません。若手には若手のやり方、考え方がありますからね。
そういう意味で、中須賀くんにまだまだ勝機はあるのは、確かだと思います。来年は、ドゥカティV4R+水野涼くんがさらに強さを発揮し、JSB1000を大いに刺激するでしょう。来年の体制についてはまだ何も分かりませんが、中須賀くんはやる気マンマンの様子(笑)。彼のような偉大なライダーがいる全日本にも、ぜひ注目してもらいたいですね!
そして32歳で引退した僕は、やっぱり中須賀くんのモチベーションの源を聞いてみたい……。何が彼を駆り立てているのか。どうやってあのつらい「準備の日々」を乗り切っているのか……。
最後に中須賀を振り切ってチャンピオンを獲得した岡本裕生。おめでとうございます!
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
上田昇さんとダニと3人で、イタリア語でいろいろ聞いた 先日、ダイネーゼ大阪のオープニングセレモニーに行ってきました。ゲストライダーは、なんとダニ・ペドロサ。豪華ですよね! 今回は、ダニとの裏話をご紹介[…]
15番手からスタートして8位でフィニッシュした小椋藍 モナコでロリス(カピロッシ)と食事をしていたら、小椋藍くんの話題になりました。「彼は本当にすごいライダーだね!」と、ロリスは大絶賛。「ダイジロウ・[…]
マルケスがファクトリーマシンを手に入れたら…… MotoGP開幕戦・タイGPで優勝したマルク・マルケスは、圧巻の強さでしたね。7周目に、タイヤの内圧が下がりすぎないよう弟のアレックス・マルケスを先に行[…]
『状況によって』と予想はしたが── 前回のコラムで「状況によってはトップ5に入る」と予想していた、小椋藍くん。MotoGP開幕戦・タイGPで、本当にやってくれました! 土曜日のスプリントレースが4位、[…]
伸び伸びとテストできるサテライト、開発が大変なファクトリー 前回は、「自分に合ったマシンを作ってもらえるかどうか」という話からずいぶん脱線してしまいました(笑)。「自分に合ったマシンを作ってもらえるか[…]
最新の関連記事(モトGP)
XSR900GPとの組み合わせでよみがえる”フォーサイト” ベテラン、若手を問わずモリワキのブースで注目したのは、1980年代のモリワキを代表するマフラー、「FORESIGHT(フォーサイト)」の復活[…]
上田昇さんとダニと3人で、イタリア語でいろいろ聞いた 先日、ダイネーゼ大阪のオープニングセレモニーに行ってきました。ゲストライダーは、なんとダニ・ペドロサ。豪華ですよね! 今回は、ダニとの裏話をご紹介[…]
マシンの能力を超えた次元で走らせるマルケス、ゆえに…… 第2戦アルゼンチンGPでは、マルク・マルケス(兄)が意外にも全力だった。アレックス・マルケス(弟)が想像以上に速かったからだ。第1戦タイGPは、[…]
なんと“MotoGP全サーキット”を100均ハンガーで再現! 筆者はまったく門外漢なのですが、なんでも鉄道ファンには「乗り鉄」「撮り鉄」「模型鉄」など、趣味や嗜好によって、たくさんの棲み分けがあるんだ[…]
15番手からスタートして8位でフィニッシュした小椋藍 モナコでロリス(カピロッシ)と食事をしていたら、小椋藍くんの話題になりました。「彼は本当にすごいライダーだね!」と、ロリスは大絶賛。「ダイジロウ・[…]
人気記事ランキング(全体)
ヤマハ RZV500R「2ストV4エンジン搭載で衝撃のデビューを果たしたYZR500レプリカモデル」 ライトウエイトピュアスポーツからレーサーレプリカへの橋渡しであり、起点とも言えたヤマハ RZ250[…]
126~250ccスクーターは16歳から取得可能な“AT限定普通二輪免許”で運転できる 250ccクラス(軽二輪)のスクーターを運転できるのは「AT限定普通二輪免許」もしくは「普通二輪免許」以上だ。 […]
4ストローク2気筒の『オフ・ザ・ロード』 国産4ストローク2気筒型オフロード車を語る上で外せないバイクが1970年登場のホンダSL350です。SL350は1970年代のホンダ車の中でもレアな存在ですが[…]
GPz900Rを受け継ぐ実用系最速マシン【カワサキGPZ1000RX】 1983年にTT-F1の排気量上限が750ccに引き下げられた結果、リッターバイクはレースの呪縛を解かれて独自に発展し始める。 […]
軽量化とパワーアップの両面を果たしたフルモデルチェンジ フルモデルチェンジが実施された2018年モデルの発売は、2018年2月1日。2017年モデルまでのニンジャ400は、海外向けのERシリーズをベー[…]
最新の投稿記事(全体)
スズキ株式会社は、2025年4月1日より、39年ぶりにコーポレートアイデンティティ(CI)とユニフォームを一新すると発表した。 ユニフォームのデザインは、1986年から使用しているブルゾン、パンツ、帽[…]
オークションで購入したシート、2~3cmの裂けたようなキズが… 筆者が某大手オークションサイトで購入した、純正コブラシート。「これでイメージチェンジするぞ! 」と思っていたのだが、購入前に気になってい[…]
セローを愛するユーザーたちへ 本イベントは、「とっておきの初心者用ゲームで、ライテク上達ポイントを手に入れて、10年後も20年後も、末永~く凛とした姿で走り続けよう!!」というメッセージを掲げ、セロー[…]
スーパーカブのオーナーズミーティング『カフェカブパーティー』の2025年の開催計画が発表された。カブファンの交流の場を提供し、健全なカスタム文化の醸成を目指す当イベント、まずは九州/北海道/関西の3大[…]
大型二輪免許は18歳から取得可能! バイクの免許は原付(~50cc)、小型限定普通二輪(~125cc)、普通二輪(~400cc)、大型二輪(排気量無制限)があり、原付以外には“AT限定”免許も存在する[…]
- 1
- 2