「引くか、引かないか」の基準が違い過ぎるマルケス

「“マルケスが寄った”と言い放つアコスタがモヤモヤを晴らした」【ノブ青木の上毛グランプリ新聞 Vol.12】

元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第12回は、マルケス兄とペッコのクラッシュを当事者の目から断じたアコスタの話題。


●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:Michelin, Red Bull

チャンピオンライダーたちの交錯

第2戦ポルトガルGP決勝は、23周目に差しかかっていた。トップはホルヘ・マルティン、2番手マーベリック・ビニャーレス、3番手エネア・バスティアニーニ、4番手ペドロ・アコスタ。そして5位争いを繰り広げていたのが、フランチェスコ・バニャイアとマルク・マルクだった。いずれもチャンピオンライダーだ。

レースは残り3周。バニャイアの真後ろにつけたマルケスが、5コーナーで仕掛ける。バニャイアのインに飛び込み、前に出た。しかしバニャイアも引かない。ややはらんだマルケスのさらにインを突くクロスラインで、頭をねじこみながら立ち上がろうとする。そして、2台は接触……。転倒し、バニャイアはリタイヤ、マルケスは16位で両者ともノーポイントに終わった。

レーススチュワードが審議した結果、両ライダーともにおとがめなし。どちらかに非があるとは言えない「レーシングインシデント」と判定された。こういった接触は確かに起こるものだし、今回の件は確かにどちらがどうとは言いにくい。しかしワタシは何となくモヤモヤしていた。

クロスラインを取ったバニャイアは、ちょっと焦り気味にスロットルを開けていた。彼らしからぬミスと言える。だが、わずかにはらんだバニャイアに対して、マルケスは完全に体を張って「行かせねえぜ!」という構えだった。スロットルワークに焦りがあったバニャイアのミスなのか、それとも久々に顔を覗かせた「意地悪マルク」の問題なのか、モヤモヤしていたのだ。

勝利したのは左のホルヘ・マルティンだったが、周囲を驚かせるレースを見せたのはMotoGPたったの2戦目となるアコスタ(右)だった。

ひとつの答えを教えてくれたのが、MotoGP2戦目ながら堂々と表彰台に立った恐るべきルーキーにして恐ろしい子、アコスタだった。最近のMotoGPは、表彰台に上がる前、裏側でライダーたちにレース振り返り動画を見せて、その会話を拾っている。バニャイアとマルケスのクラッシュシーンが映り、「ペッコ(バニャイア)が寄ったんだろ?」と言ったマルティンに対して、アコスタがズバッと「いや、マルケスが寄ってきたんだよ」と言い放ったのだ。

そのひと言を聞いた瞬間に、ワタシのモヤモヤは晴れた。あれはたぶん、抜かれまいとしたマルケスが寄って、ペッコにぶつかったのだ。……もちろんこれは推測にすぎないし、レーススチュワードが「おとがめなし」と判定しているのだから、今さら「マルケスがどうこう」と言うつもりもない。

しかし、一緒にレースをしている者同士だからこそ分かる微妙なフィーリングがあるのも確かだ。アコスタは開幕戦でのバトルを含め、コース内でマルケスと走っている。その時のフィーリングからすると、バニャイアとマルケスのクラッシュは「マルケスが寄った」と思えるのだろう。そしてそれは、大きな間違いではない。

「普通、引くよね」が通用しない

ギリギリ、キワキワのバトルを繰り広げながら、ライダーたちはお互いを超観察し合っている。そして、「こういう時、コイツはこういう動きをするのか」というデータが蓄積されていく。彼らが展開しているのは、命懸けのバトルだ。相手のことは深く理解しておかなければ、ギリギリの走りなんかできるワケがない。

そしてお互いの間で、暗黙の了解というか、コンセンサスのようなものが醸成されるのだ。「ここまで行ったら引くよね」とか、「ここまでは来ないよね」のような感覚だ。その距離感がライダーによって異なるので、慎重な観察と見極めが重要になるのだ。

バニャイアが頭を突っ込んだあの場面で、マルケスはバニャイアのフロントタイヤが見えていただろう。普通なら反射的に「うおっと!」と、つい避けてしまう──マシンを起こす形で、1歩引いてしまう──シーンだ。バニャイアもその予測のもとに、頭を突っ込んでいる。「普通、引くよね」と。

ところがマルケスに、引く気配はまったく見られない。1歩も引かず、今自分が通れるラインを走り続け、結果的にバニャイアと接触してしまうのだ。アコスタが言う「寄った」よりも、「引かなかった」というのが正確かもしれない。しかし一緒にバトルしているライダーの感覚的には、「寄った」ように感じるだろう。普通なら引くはずのところで、まったく引かないのだから。

誰が相手でもグイっとねじ込むのがマルケス流だ。

これはあまり望ましいことではない。マルケスのまわりでクラッシュが多いのは確かで、彼が絡むと通常のバトルとは違うちょっとイヤなドキドキ感がある。「大丈夫か、大丈夫じゃないか」「引くか、引かないか」「行くか、行かないか」という判断基準が人と違い過ぎるマルケスは、それゆえに圧倒的な戦績を残しているのだけれど、やはりリスクが高いのだ。

「勝ちたい」という意思の強さは、チャンピオンになるために絶対に必要な資質だ。最低条件とも言える。そして、人と違う武器を持つことも重要だと思う。しかしマルケスの場合、ともにバトルするうえでもっとも重要な安全基準が、他のライダーとあまりにも違い過ぎる。アコスタの「マルケスが寄った」発言は、非常に信憑性が高い。そのうえで改めてあのバトルを見直すと、「確かにね……」と思えてしまうのだ。

マルケスは2戦目にして、徐々に本能を解き放ち始めた。ドゥカティに慣れるために利かせていたリミッターを解除しつつある。だから転倒も目立ち始めたし、だから今回のクラッシュも発生してしまったのだと思う。

そして本能全開になったマルケスなら、得意とする第3戦アメリカズGPで優勝してもおかしくない。……が、とにかく彼自身も、そしてまわりも無事にレースを終えてほしい、と切に願う。ありあまる能力も、ちょっと考えものだ……。そして、マルケスに近付くことのリスクをすでに的確に察知しているアコスタは、やっぱり恐ろしい子である……。

スルリと抜け出すアコスタ。ポルトガルGPを象徴するシーンとなった。

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