
2023年は、MotoGPなどのレースやモーターショーでのニューモデル発表などの場で「カワサキ以外の日本車は元気がない」という声を聞く機会が増えた。でも、それには理由がある。趣味性の強い派手なモーターサイクルではなく、世界中で庶民の足として生活を支える二輪車、それも全体で5000万台のうち9割を占めるという125cc以下のコミューター市場に目を向けると、違った景色が見えてくる──。
●文:Nom(埜邑博道)
CO2削減とEV化。日系メーカーには難問が立ちはだかっている
ヤングマシン本誌で連載している「SDGs 持続可能なバイクライフへ──トップたちの提言」で、今年も各界のトップのみなさんのお話を聞かせていただきました。
その中で思ったのは、国内外のバイクメーカーのCO2削減によるカーボンニュートラル(以下CN)への取組みには大きな違いがあるということでした。
もちろん、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする。そのため、できるかぎり早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトし、21世紀後半には、温室効果ガス排出量と(森林などによる)吸収量のバランスをとる」というパリ協定の目標に向け取り組むことは、国内外問わず全バイクメーカーの基本的な考えではあります。
ただ、そのメーカーがどういう規模(販売台数など)でビジネスをしていて、主要なビジネス拠点はどの地域かによって、直近でCNに向けて取り組んでいる内容が大きく異なっているのだということに気づきました。
ご存じのように、趣味の乗り物である大型バイクが主力商品である欧米メーカーは、日本を含む先進国がその主戦場。対して、小排気量車をほとんど生産していないカワサキを除く日系3社のホンダ、ヤマハ、スズキはインドとアセアンが主要マーケットで、各メーカーの年間販売台数も欧米メーカーとは比べものにならないくらいの膨大な数です。
例えば、世界一のバイクメーカーであるホンダの場合、2022年の年間販売台数約1875万台の9割がインド/アセアンで販売する110~125㏄のコミューター。同じくヤマハも2022年の年間販売台数約477万台のうち、インド/アセアン向けのコミューターが80%を超えています。ホンダ、ヤマハより数は少ないものの、2022年に全世界で約146万台を販売したスズキも、そのうちの約80%である75万台をインドで販売しています。
そして、その3社がインド/アセアンで販売しているバイクは内燃機関を採用するモデル(=ICE、以下同)ですから、将来的にCNを達成するためには現在、インド/アセアンで販売している膨大な数のICEモデルの燃費を改善して、CO2を削減することが急務になっているのです。
ちなみに、ホンダのもっとも販売台数が多いモデルは、インド向けのACTIVA(110cc)とインドネシア向けのBeAT(110cc)で、年間販売台数はそれぞれ140万台。ですから、これらのモデルのCO2を削減することはEVコミューターのニューモデルを1台リリースするよりもはるかにCNに貢献できるわけです。
燃費向上に加え、インド/アセアンの新興EVメーカー対策も
このICEモデルの燃費改善に加えて、インド/アセアンではいま、スタートアップのメーカーが製造する電動モデル(以下EV)が急速に伸びてきているという背景があります。中でも、中国に次ぐ世界2位の二輪販売台数を誇るインドでは、この1年で急速にEVコミューターの需要が増えてきていて、新興メーカーのオラ・エレクトリック・モビリティーがインドでの販売台数でホンダを抜くと宣言して、200万台のEVを製造できる工場を建設。さらに、インドNo.1メーカーであるヒーローも、ヒーローエレクトリックという別会社を作り、本格的にEVに参入しています。
また、年間約2000万台という世界一の販売台数を記録する中国では、EB(エレクトリック・バイシクル)と呼ばれる電動自転車が急激な伸びを見せていて、EV比率は二輪車の全販売台数の50%を超えてきているといいます。
この中国市場への対策として、ホンダは今年の3月にEB3兄弟を中国市場にリリースしましたが、加えて12月25日に中国における大型二輪事業の強化に向けて「ホンダモーターサイクル上海」という新会社を設立。電動化の加速や趣味性の高い大型モデルの人気が高まっている中国により迅速に商品を提供できる体制を整えました。
さらに、EVシフトはインド/アセアン各国でも現れ始めていて、実際にインドネシア政府がEV化に前のめりの姿勢を見せ、ベトナムでもEV化の機運が盛り上がってきていると言います。
インドのヒーローがEICMA 2023で発表したLYNXという電動オフロードバイク。こうした本格的なモデルも出始めている。
インド/アセアンでこのようにEVシフトが始まっている以上、現在、ICEのコミューターで圧倒的なシェアを獲得している日系メーカーも対抗せざるを得ず、そのためICEのCO2削減に加えて各社ともにEVの投入を表明しているのです。
先日、ホンダが2030年までに世界で販売するEVの台数を昨年公表した350万台に50万台上積みした400万台にすると発表したのも、そういうインド/アセアンの新興EVメーカーへのけん制に他なりません。
燃費の改善とEV化への積極的な取組み、さらには先進国向けの趣味商品の開発と、いま日系メーカーはさまざまな課題を抱えながらビジネスを行っているのです。
対して欧米メーカーは、そもそもインド/アセアンの主力機種である小排気量車をほとんど製造していませんし、年間の総販売台数もBMWが20万台強、ハーレーダビッドソンが19万3000台、ドゥカティも4万台を少し超える程度ですから、既存車種のCO2削減にそれほどやっきになることもありません。そもそも主要マーケットではないインド/アセアン向けにコミューターEVの用意を表明する必要もありませんから、これまで通りに主力商品であるICEの大型モデルに積極的な投資が行えるというわけです。
二輪車メーカーとして、どのエリア、どの排気量帯のモデルがビジネスの主体かということで、いますぐ取組まなければいけない事案が大きく異なっているということがここにきて如実に表れ始めているということなのです。
ただ、日系メーカーも日本を含む先進国市場でのビジネスにもそれぞれが積極的に取組んでいて、ホンダが先ごろ発表した「Eクラッチ」もICEモデル向けの意欲的な先進技術ですし、スズキも今年のEICMAで発表した新カテゴリーのニューモデルであるGSX-S1000GXの試乗会を早々に行って、その存在をアピールしています。
ユーザーには伝わりづらい“全方位戦略”だが、エンジン車にも未来が見えた
いまSNSなどで、新型モデル(BMWのR1300GSなどはエンジンも新作!)を次々に発表する欧米メーカーに対し、日系メーカーは話題性のあるニューモデルを発表しない、元気がないように感じるという書き込みが散見されますが、膨大な数量のICEコミューターのCO2削減に莫大な開発費用を投じつつ、さらにはEV化への取組みも行わなければいけないという全方位対応という台所事情が我々、日本のユーザーにはなかなか伝わりづらい(特に小排気量コミューターの燃費改善などは直接関係ない)事柄ゆえに、いまひとつ元気がないなぁと感じさせているのかもしれません。
ただ、取材を通じて感じたのは、そんな難しい状況にありながらも日系各メーカーとも将来のCNに向けて明確な答えを持ち始めているということです。
それは、コミューターはEVにとって代わっても、趣味領域のバイクは航続距離などの問題を解決するためにEVではなく水素やeフューエル、バイオエタノールなどの燃料を使用することでICEを引き続き生産・販売していこうという意気込みと、そのための積極的な技術開発をする(水素を燃料とするための日系メーカー4社連携の技術研究組合のHyse[ハイス]もそのひとつです)という強固な意志です。
長きにわたって世界中のユーザーにバイクを届けてきた日系メーカーはいま、CN化というかつてない難局を乗り越え、世界中のバイクユーザーに商品を提供すべく日々努力を重ねていると感じました。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
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