
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第109回は、淡々と走ることの凄みについて。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Aprilia, Ducati, YM Archives
8年かけて今のポジションに到達したアプリリア
今回は、MotoGP第9戦イギリスGP、そして第10戦オーストリアGPについて総括します。イギリスGPはアプリリアのアレイシ・エスパルガロ、オーストリアGPはドゥカティのフランチェスコ・バニャイアが優勝しました。
アプリリアはサマーブレイク明けから調子を取り戻してきた様子ですね。エスパルガロはもちろん、マーベリック・ビニャーレスやミゲール・オリベイラも上位に顔を出すのが当たり前になってきましたし、安定性も高まっています。
僕が現役時代にも最高峰MotoGPクラスに参戦していたアプリリアですが、当時はコスワースが開発した並列3気筒エンジンを使っていて、相当苦戦していました。余談ですが、’02年に現役を引退する際、「翌’03年にアプリリアからMotoGPへの参戦」というオファーもいただきました。
でも当時のアプリリアは相当に苦戦していましたから、正直なところ、選択肢として魅力的ではありませんでした。それ以上に僕自身がレースに対する気力を保てずにいたことが大きかったのですが、実際、アプリリアはすぐにMotoGPから撤退してしまったので、間違えてはいなかったのかな、とは思います。
あの頃のことを思い出すと、今のアプリリアの活躍ぶりは本当にスゴイ! ドゥカティのようにVWグループの巨大な後ろ盾があるわけではないし、KTMのレッドブルのように、強力なスポンサーが付いているわけでもありません。ピアッジオ・グループはアプリリアの他にモトグッツィやベスパなども有してはいるものの、……うーん、いったいどこからMotoGP参戦費用を捻出しているのやら……。
しかしアプリリアが並列3気筒エンジンでMotoGPに参戦していたのは、今からもう20年も前のことですから、さすがに時代は変わった、ということでしょう。MotoGPへの参戦復帰が’15年ですから、8年かけて今のポジションに上り詰めているわけですしね。やはり最高峰クラスと言うだけあって、トップを狙うには時間がかかります。
好調なブラッド・ビンダー選手。表彰台はすでに珍しくないが今季はまだ勝利を手にしていない。
さて、アプリリアと同じように調子を上げているのが、KTMのブラッド・ビンダーです。常にトップ争いに交わっており、今季未勝利なのが不思議なほど。スタートから飛び出すのがビンダーの特徴ですが、KTMが新たに開発したスタートシステムがうまく機能しているようです。KTMのエンジニアは「単純な仕組みなんですよ……」と笑っていましたが、マシンそのものは大きく変わっていないそうなので、よほどいいスタートシステムなんでしょうね。
さらにKTMにとっては、ジャック・ミラーの加入も大きなプラスになったようです。去年までのビンダーは、フロントタイヤにハードのみを履いていたそう。しかし今年加入したミラーがソフトを使い、上位を走る様子を見て、ビンダーもソフトを履くようになりました。これも功を奏していますね。序盤から飛び出し、そのままうまくタイヤを保たせて走り切っています。
淡々と走り続けることができるバニャイア
トップ争いをしていてもペースが乱れることがないバニャイア選手。
好調なヨーロッパメーカーの中でもズバ抜けているのが、やはりドゥカティ。そして8名いるドゥカティ・ライダーの中でも頭ひとつ抜けているのが、バニャイアです。イギリスGPはスプリントレースが14位、決勝レースが2位。オーストリアGPはスプリントレース、決勝レースともに優勝しています。
彼の持ち味は、後続にどんなに迫られようが追い立てられようが、まったく気にしないかのようにトップを淡々と走り続けられること。この「淡々と」は、ここ数回このコラムでのテーマになっていますが、本当に難しいことなんです。今の彼は、圧倒的な自信に満ちあふれていて、メンタル的にもかなりの余裕があるように見えますね。そしてもうひとつ大事なのは、レースウィークの組み立て方です。
僕は予選でのポールポジション獲得にまったく興味がありませんでした。だから、いわゆるタイムアタックもほとんどしなかった。なぜなら、「予選は、決勝に向けての準備のための時間」としか考えていなかったんです。時には、15周ぐらい走った中古タイヤを履いて予選に臨むこともありました。まわりがみんな新品タイヤでアタックする中、ポールポジション取る気ゼロ(笑)。ひどい話ですよね。
でも、これがすごく大事だったと僕は思います。GPは、1年間で20近くものたくさんのサーキットを転戦しますが、走れる時間はめちゃくちゃ限られています。そのわずかな時間を有効に使って何をすればいいか。決勝に照準を合わせることしかない、というのが僕の考え方でした。
決勝は30周近くの長丁場です。そしてGPはレース中のタイヤ交換がありませんから、スタートした時に履いているタイヤで最後まで走り切らなければならない。そしてタイヤは、だいたい5周もすればグリップレベルが下がっていきます。下がっていく一方で、途中から上がることはありません(笑)。グリップが下がったタイヤでどう走り切るかが、決勝レースというものなんです。
だから、予選でグリップが高いタイヤを履いて1周だけのアタックしても、決勝に対してはほとんど意味がありません。もちろん少しでも前のポジションからスタートすれば有利という面はありますが、それより何より、グリップが落ちるレース後半にいいペースを刻めた方が、よっぽど優勝に近付けます。だって、みんな平等にグリップは落ちて、必ず苦しい思いをするわけですからね。その中で速いペースで走れれば、そりゃあもう、強いに決まっています(笑)。
グリップレベルが下がった中でいかにペースを保つか
’93年最終戦FIMGP(ハラマ)で、僕がチャンピオンを獲得するには、優勝するしかありませんでした。しかも仮に勝っても、当時ホンダのロリス(カピロッシ)が3位以内に入ればチャンピオンにはなれない、という厳しい状況でした。
1993年、ひとりだけ走行ラインが違うと言われる異次元のコーナリングを見せた原田哲也さん。
僕は中盤までロリスと3位争いのバトルを展開していましたが、僕の決勝中のベストラップは予選タイムより速かったんです。ロリスに競り勝って3位になると、そのままいいペースでトップに立ち、優勝。ロリスが5位となったことで、チャンピオンを獲得できました。
あの時のロリスがどういうセッティングだったのかは分かりません。でも、僕の方がレース後半にいいペースで走れたのは確かだし、そこが勝敗を分けたのも間違いありません。それぐらい重要なポイントだということです。
レース後半に強いタイヤ選び。レース後半に強いセットアップ。そしてレース後半、タイヤのグリップレベルが下がった時に自分の走りをどうアジャストするか……。それが勝利への近道なんです。だから僕は、レースウィークのすべての時間を「レース後半」のために使ってました。
ここはレースを戦ううえで、本当に重要だと思います。タイヤのグリップレベルが下がれば、確実に滑るようになります。まずは、滑った時に、それでも前に進むセットアップが必要です。ここはエンジニアとの共同作業ですが、ライダーの経験値もすごく利いてきます。
というのは、「これぐらい周回するとこういう滑り方をするから、こうしてほしい」とリクエストする時に、経験が少ないライダーは、どこからスタートすればいいか分からないので、正解のセッティングに辿り着くための振れ幅が大きくなってしまうんですよね。
一方、経験豊富なライダーは、「だいたいこのあたりから始めて、コッチに進めばいい」と自分なりに分かっていますので、それだけでも時間が短縮できます。エンジニアの経験も豊富なら、ライダーのコメントを聞いてすぐに方向性を定められるでしょう。
そして、ライディングのアジャスト。レース中、タイヤのグリップレベルが下がって滑り始めても、ちゃんと加速できる走らせ方が求められます。例えば、「リヤよりもフロントタイヤが先に減ったから、フロント荷重を増やそう」とポジショニングを変えるとか、「リヤタイヤがかなり減ったから、今までよりコンパクトに立ち上がってなるべく早く車体を起こそう」といった具合に、状況に応じて自分の走らせ方を変えなければなりません。
バニャイアがこのまま行くなら……
何だかんだ言いつつ、最後は精神力も求められます。何しろタイヤは思い通りにグリップしてくれないのですから、フラストレーションも溜まります。そこで心乱されずに、平静と集中力を保ちながら、安定したペースを刻む。かなり強靱なメンタルがないと成し得ないでしょう。
こういうことの積み重ねが、「淡々と」の正体なんです。言葉にすると、つまらなそうですよね。実際、オーストリアGPではバニャイアが淡々と独走し、2位のビンダーに5秒以上の大差を付けて優勝しましたが、あまりにも危なげない展開で、印象に残りにくいレースと言えるかもしれません。でも僕はあのレースにこそ、今のバニャイアの強さを感じます。
圧倒的な自信があり、これだけの組み立てができてしまうバニャイアですから、土曜日のスプリントレースも決勝レースに向けての準備に過ぎなかったはず。そこでもビンダーに2秒以上の差を付けて勝ってしまっているのですから、もはや完全勝利。ミラーが「これはちょっと、もうバニャイアだな……」と敗北宣言のような弱気なコメントをしたのも頷けます。
第10戦終了時点で、バニャイアは251点を稼いでポイントリーダーです。2位のホルヘ・マルティンには62点差を付けていますが、まだシーズンは半分進んだだけ。残り10戦ありますから、どうなるかは分かりません。ただ、バニャイアが今のまま淡々と強さを見せつけられれば、2年連続タイトルも見えてきそうです。
※本記事の文責は当該執筆者(もしくはメディア)に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
1発のタイムは狙っていない、それでもマルクはチャンピオン争いの中心になりそうな気配 今年のMotoGPは、多くの移籍によりライダー/チームのラインナップが大きくシャッフルされており、本当に楽しみです。[…]
チーム・ロバーツの誘いを断った唯一のライダー 年末年始に5泊6日でお邪魔した、アメリカ・アリゾナ州のケニー・ロバーツさんの家。家族ぐるみで仲良くさせてもらっていますが、実は僕、現役時代にケニーさんが監[…]
「おいテツヤ、肉を焼いてるから早く来い!」 年末年始は、家族でケニー・ロバーツさんの家に遊びに行きました。ケニーさんは12月31日が誕生日なので、バースデーパーティーと新年会を兼ねて、仲間たちで集まる[…]
開幕までに最低でもあと1秒、トップに近付くならさらに0.5秒 Moto2のチャンピオンになり、来年はMotoGPに昇格する小椋藍くんですが、シーズンが終わってからめちゃくちゃ多忙なようです。何しろ世界[…]
ポイントを取りこぼしたバニャイアと、シーズンを通して安定していたマルティン MotoGPの2024シーズンが終わりました。1番のサプライズは、ドゥカティ・ファクトリーのフランチェスコ・バニャイアが決勝[…]
人気記事ランキング(全体)
いざという時に役に立つ小ネタ「結束バンドの外し方」 こんにちは! DIY道楽テツです。今回はすっごい「小ネタ」ですが、知っていれば間違いなくアナタの人生で救いをもたらす(大げさ?)な豆知識でございます[…]
V3の全開サウンドを鈴鹿で聞きたいっ! ここ数年で最も興奮した。少なくともヤングマシン編集部はそうだった。ホンダが昨秋のミラノショーで発表した「電動過給機付きV型3気筒エンジン」である。 V3だけでも[…]
1978 ホンダCBX 誕生の背景 多気筒化によるエンジンの高出力化は、1960年代の世界GPでホンダが実証していた。多気筒化によりエンジンストロークをショートストトークにでき、さらに1気筒当たりの動[…]
ファイナルエディションは初代風カラーでSP=白×赤、STD=黒を展開 「新しい時代にふさわしいホンダのロードスポーツ」を具現化し、本当に自分たちが乗りたいバイクをつくる――。そんな思いから発足した「プ[…]
ガソリン価格が過去最高値に迫るのに補助金は…… ガソリン代の高騰が止まりません。 全国平均ガソリン価格が1Lあたり170円以上になった場合に、1Lあたり5円を上限にして燃料元売り業者に補助金が支給され[…]
最新の投稿記事(全体)
見事に王座を獲得したエディ・ローソン【カワサキZ1000R】 エディ・ローソンは1958年に誕生、カリフォルニア州の出身だ。 1983年からヤマハで世界GPに参戦、以後1992年に引退するまで4度の年[…]
2018年モデル:Z1/Z2モチーフ 発売は2017年12月1日。モチーフとなったZ1・Z2は、ショートピッチの燃料タンク形状とオレンジの塗色から「火の玉オレンジ」と呼ばれたカラーリング。これが伝説の[…]
オートレース宇部 Racing Teamの2025参戦体制 2月19日(水)、東京都のお台場にあるBMW Tokyo Bayにて、James Racing株式会社(本社:山口県宇部市/代表取締役社長:[…]
Schwabing(シュヴァービング)ジャケット クラシックなフォルムと先進的なデザインを合わせた、Heritageスタイルのジャケットです。袖にはインパクトのある伝統的なツインストライプ。肩と肘には[…]
新レプリカヘルメット「アライRX-7X NAKASUGA 4」が発売! 今シーズンもヤマハファクトリーから全日本ロードレース最高峰・JSBクラスより参戦し、通算12回の年間チャンピオンを獲得している絶[…]
- 1
- 2