なぜ、ライダーは中高年になっても元気で若々しいのか? そんな疑問を発端にヤマハ発動機と東北大学が行った「バイクで脳が活性化する」という共同研究をご記憶の方も多いだろう。発表自体はもう10年以上も前のことだが、この研究を担当した川島隆太教授から、とても興味深い話を伺えたので紹介したい。
●文:ヤングマシン編集部・マツ ●取材協力:日本自動車工業会 ●外部リンク:MOTO INFO
難しくて面倒な操作ほど、人間の脳は活性化する
2009年に発表された「二輪乗車と脳の活性化の関係」という研究を覚えていらっしゃる方も多いだろう。脳トレのゲームソフト監修などで知名度の高かった東北大学・加齢医学研究所の川島隆太教授が、ヤマハとの産学連携研究で行ったこの実験は、当時バイクメディアだけでなく新聞などでも取り上げられて大きな話題を集めた。
先日、その川島教授と、日本自動車工業会の二輪車委員会が開催したミーティングの場でお会いすることができた。同会のWEBサイトに再掲載された、2009年当時の実験記事が非常によく読まれたということで特別ゲストとして川島教授が招かれ、メディアに実験内容を改めて解説してくれたのだ。
当時の実験内容は自工会が運営するWEBサイト「MOTO INFO」の記事に詳しいが、ものすごく簡単にまとめれば、4輪乗車中よりも2輪乗車中の方が人間の脳(前頭前野)は活性化しており、2輪でも、ATのスクーターとMTの中型バイクを比較すると、後者のほうがより活発に脳が働いていた…というものだ(一定期間バイクに乗り続けた被験者には認知機能の改善も見られた)。
さらに走行シーン別で見ると、小さなカーブや、ブレーキを掛けて停止に至るシチュエーションで脳がより活性化することも判明。つまりは操作が複雑なバイクだったり、難しい判断や操作を迫られる状況ほど、人間の脳は活発に動いているのだという。
映像は紙芝居!? 脳はバーチャルとリアルを判別している
今回はミーティングの場において、筆者は質疑応答という形で川島教授とやり取りさせていただいたのだが、その中で興味を引かれたのが「バーチャル環境では脳は活性化しない」という教授の言葉だった。
近年、4輪界ではバーチャルシミュレーション技術が長足の進化を遂げている。F1などのレースカーでは既に欠かせないツールとなっているし、市販4輪車でも開発の多くを担えるほど精度が高まっており、実際に筆者が栃木県さくら市のホンダ・レーシング(HRC)でシミュレーターを見学した際には、バーチャルとリアルでほぼ差が生じないという高い再現性に驚かされた。
これは「脳の活性化」にも活かせるのでは? 仮に2輪でも優秀なシミュレーターが完成したら、バイクに乗らずとも脳を活性化させられるのでは? そう川島教授に質問した所「不思議なことに、脳はリアルにしか反応しない」という解答が返ってきたのだ。どれだけ緻密に作り込まれていても、脳は“これはバーチャルの世界だ”と判断し、リアルとは異質なものと認識するのだという。
その理由として川島教授が挙げたのは、映像や動画に一瞬だけ内容の異なる画像を挿入すると、記憶には残らなくても深層意識には刻み込まれるという「サブリミナル効果」だ。このサブリミナル効果は、脳が映像を連続的なものではなく、細かな画像に分割して認識しているからこそ起きる現象と考えられる。つまり脳にとって映像や動画とは「非常に細かな紙芝居のようなもの」なのだという。
つまり、どんなに緻密なシミュレーターでも、目を通じて脳が認識するものが映像である限り、脳がそれをリアルと認識することはあり得ず、したがって脳が活性化することもない…というのが川島教授の現状の結論なのだという。「私は最新シミュレーターを持つトップ企業とも共同研究を行っていますが、やっぱり脳は動いていない。将来的に技術が進み、脳が騙されるくらいの映像が完成すれば別ですが、現状の脳は“馬鹿にするなよ!”くらいの感覚で映像を見ていると思いますよ」とのこと。
もちろん、脳の活性化と車両開発の効率化は別の話だから、シミュレーターが無用というわけでは全くない。しかし我々ライダーが若々しく元気で居続けるためには、バーチャルではなく実車をブンブン乗り回すしか(現状では)方法がないというわけ。AIの進化で様々なことをコンピューターが代行してくれる世の中になっても、人間の脳、そしてバイクという原始的な乗り物には、まだまだ未解明の謎や面白さがタップリ詰まっている…と言えそうだ。
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