
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第66回は、タイトル決定が近いモトGPと、14度目の命日を迎えたノリックについて。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: YM Archives
チャンピオン争いは5勝を挙げているクアルタラロが有利
2年連続して新型コロナウイルスの影響を大きく受けてしまったMotoGPですが、2021シーズンもいよいよ終盤に差しかかってきました。第15戦アメリカズGPは、マルク・マルケスがぶっちぎりの優勝です。得意とする左回りのコースとはいえ、まだ完全復活とはいかないコンディションでの独走優勝で、さすがの貫禄を見せつけましたね。
2位には、落ち着いたレース展開でファビオ・クアルタラロが入りました。当然ですが、彼はもう完璧にチャンピオン獲得を意識していますね。去年の失敗から多くを学んだ彼は、無理にマルケスにチャレンジせず、2位表彰台を選びました。一方、ランキング2番手につけているフランチェスコ・バニャイアは、3位。これでまたポイント差をじわりと広げ、小さな1歩ではありますが確実に王座に近付きました。
この「小さな1歩」が、タイトル争いでは利いてきます。今シーズン、今のところクアルタラロは5勝を挙げており、しっかりとポイントを稼いで有利な状況です。速さを持っていることは十分に見せつけたので、あとは王座に向かってコツコツと積み上げていくだけ。次戦で優勝すれば文句なくチャンピオンですし、2~4位でもバニャイアの前でゴールすれば悲願のタイトル獲得となります。
クアルタラロのタイトル獲得が懸かる次戦エミリア・ロマーニャGPは緊張の1戦となりますが、圧倒的にクアルタラロが有利でしょう。バニャイアが逆転タイトルを獲るには、とにかく攻めて残りのレースをすべて勝つ勢いが必要です。できるだけ多くポイントを獲得しなくちゃいけませんからね。となると、すべてのライダーを相手に戦わなくてはならない。マルケスのように、チャンピオン争いとは無縁だけど速くて強いライダーも、打ち克つべきライバルなんです。これはかなり手強い。
一方のクアルタラロは、バニャイアだけを見ていればいいんです。とにかくバニャイアの近くでチェッカーを受ければ、あとは自然とタイトルを手にすることができます。それが次戦でなくても一向に構わない。バニャイアだけを意識しながら普段通りの自分のレースができれば、残り3戦のうちに王座はクアルタラロのものです。精神的にもかなりの余裕を持っていることでしょう。ただ、最後の最後まで本当に何が起こるか分からないのがレースの怖さ。いちレースファンとしては、最後まで目が離せないドキドキの展開であることは間違いありません。
ランキングでいえば、ジョアン・ミルがしっかりと3番手につけていますね。今シーズンの彼は未勝利で、あまり目立ったところはありませんが、コンスタントに走ってポイントを積み重ねています。シーズンによってどうしてもマシンの好不調、そしてライダー自身の好不調はあるものですが、こうして安定して成績を残してくれるライダーの存在は貴重です。マシン開発の方向性もブレませんから、スズキとしても重宝しているでしょうね。
このコラムでも何度か書いていますが、チャンピオンになれるのは、決勝レースで100%の力を出せるライダーです。例え予選までのポジションがもうひとつでも、その間に自分自身のメンタルやマシンのセットアップを整えて、チェッカーフラッグだけを見据えること。これができるライダーがやっぱり強い。今シーズンのミルは残念ながらタイトル争いからは脱落してしまいましたが、2シーズン連続で上位につけていることは高く評価できると思います。
人を惹きつける派手なレースを見せたノリックこと阿部典史
一方で、タイトル争いとは離れたところでレースをしていても、何だか魅力的なライダーっていますよね。10月7日が命日だったノリック──阿部典史さんもそんなライダーのひとりだったと思います。ノリックとは、彼が’95年に世界GPにフル参戦を始めた時からの付き合いでした。5歳年下で、「原田さん、原田さん」と何かと人なつっこく話しかけてくるので(笑)、自然と仲良くなりましたね。1度自分が信じて「コレ」と言い出したら絶対に引かない子供みたいなところがあって、かわいいヤツでした。
ノリックは、すごい才能の持ち主でした。それは疑う余地がありません。でも、コンスタントさには欠けていた。いったん調子を落とすと、そこから上がってくるのが難しかったようです。天然なところがあるので、何が問題なのか分からなかったのでしょう(笑)。ところがいったんバチッとハマると、めちゃくちゃ魅力的なレースを見せてくれるんです。何かと派手で、人を惹きつけるレースをするんですよね。彼は500ccクラスで3勝を挙げていますが、どのレースもすごく印象的で強く記憶に残っています。
すぐに「コレが世界一」と言い張るのがノリックでした。1度、「原田さん、ムジェロサーキットの近くに世界一おいしいピザ屋さんがあるから、一緒に行きましょう」と言われた時には、イヤな予感がしました(笑)。確かにサーキットのそばにピザ屋さんがあるのは知っていたんですが、ライダーのステッカーがペタペタと貼ってあって、10代の子が好んでいくようなお店だったんです。そしてノリックに連れて行かれた僕と奥さんは、ピザを食べて「う、う~ん、普通……」と、顔を見合わせて苦笑いしたものです。
かと思えば、また別のお店を見つけて、また「世界一おいしい」と言い張る。根拠はないんですよね(笑)。でも、そういうところがかわいかった。’07年、モナコにいる時に交通事故による訃報を聞いて、本当にビックリしました。すぐに日本に帰ってお通夜とお葬式に出席しましたが、信じられなかった。人間、いつ何が起こるか分かりません。だから僕は今、残り少なくなった人生を精一杯楽しもうと思っています。
1996年には前年度のランキング9位からゼッケン9を付けて走ったノリック。第3戦日本GPで初優勝を遂げた。当時学生だったという鈴鹿出身の真弓悟史カメラマンは、「ヘアピンでカメラを構えていて、ノリックが走ってくると、歓声が地鳴りのように追いかけてくるから見えなくてもわかるんです。後にも先にもあんな体験をさせてくれたライダーはノリックだけでした」と語ってくれたことがある。この年のランキング5位はノリック自身にとって最高位リザルトになった。 [写真タップで拡大]
ところでアメリカズGPのモト2クラスには、ロレンツォ・ダラ・ポルタの代役として長島哲太くんが参戦しましたね。昨シーズンでモト2を離れた哲太くんにとっては、久々のレースになりましたが、16位という結果はかなり頑張ったと思います。特に今はシーズン終盤で、ライバルたちもかなり仕上がっている状態。そんな中、オープニングラップで順位を落としながらもジワジワと這い上がっての16位は、素晴らしい結果です。第17戦、そして最終戦となる第18戦への参戦予定もあるようなので、楽しみにしたいと思います。
そして楽しみといえば、2022モトGPの暫定カレンダーも発表されましたね。ツインリンクもてぎでの日本GPは9月25日に決勝開催予定となっています。本音を言えば、今シーズンどうにか日本GPを開催してもらって、バレンティーノ・ロッシ最後の雄姿を日本のファンの皆さんと楽しみたかったのですが、残念ながら叶いませんでした。コロナ禍次第では’22年の開催もどうなるかまだまだ油断できませんが、ひとまず楽しみに待ちたいと思います。
左写真は1996年にノリックが初優勝した時のもの。2位はホンダのアレックス・クリビーレ選手(左)、3位はスズキのスコット・ラッセル選手だった。右写真は18歳で世界GPデビューした1994年のノリックだ。WGP500ccクラスにおける戦績は通算3勝、2位が4回、3位が10回。 [写真タップで拡大]
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