ストーナー不調、ロッシまだあと一歩……

山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.45「ロッシ加入も意外と苦戦の2008年序盤戦」

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの舞台裏を振り返ります。2008年、ついにバレンティーノ・ロッシ選手もブリヂストンタイヤを履くことになり、前年11月に初テスト。その感触は良好だったのですが……。


TEXT:Toru TAMIYA

BSに履き替えて、もしも成績が落ち込んでしまったら……

2008年シーズンはついにあのバレンティーノ・ロッシ選手がブリヂストンタイヤを履くことになり、「まさか、雲の上の存在だと思っていたあのロッシが、向こうからのリクエストでうちのタイヤを履いてくれるなんて!」という喜びの裏側で、私はちょっぴり不安も抱えていました。ロッシ選手は、2006年と2007年の2年連続でシリーズタイトルを逃していましたが、それでも当時の最強ライダーであることは誰もが認める状態。もしもブリヂストンタイヤに変更して、これまでより成績が落ちたら……。なにせ、MotoGPでヤマハのマシンがブリヂストンタイヤを履くのは初のことでしたから、未知数の部分もありました。とはいえ、ロッシ選手だけを特別扱いすれば、うちのタイヤを使う他のライダーやチームが黙っていないでしょうし、そもそもコンペティション時代のブリヂストンは「どのライダーやチームにも等しく我々のベストを尽くす」という姿勢を貫いていました。

そして2007年11月下旬、スペインのヘレスサーキットで実施されたテストでロッシ選手は初めてブリヂストンタイヤを使用。残念ながら、このテストに私は行くことができなかったのですが、現地のスタッフから毎日詳細な報告を受け、その中に「タイヤはすごくいい。自分の選択は間違っていなかった」というようなコメントがあり、正直なところとても安心しました。じつはこのとき、ロッシ選手は最終戦で痛めた手の状態が完璧ではなく、3日目には途中でテストを終了してしまったのですが、それでも初日の走りはじめですでに自身のレースベストタイムを約0.4秒も上回るタイムをマーク。初めて履くタイヤでいきなりそんなタイムですから、さすがとしか言いようがありませんでした。

このときは、2007年のシーズン後半に多くのライダーが好んで選んでいたタイヤからテストをスタート。ロッシ選手のコメントを聞きながら、いろんなタイヤのテストもしてもらい、ロッシ選手+ヤマハYZR-M1に合うタイヤの方向性も見えはじめていたのです。しかし、年が明けていざウインターテストが開始され、すべてのチームが新しい体制で本格的にシーズンインに臨むようになると、ロッシ選手+ヤマハはこれまでとは異なるタイヤメーカーへのアジャストに関して、課題も抱えるようになりました。そもそも、ヤマハのMotoGPマシンはそれまでずっとミシュランタイヤで開発が進められていました。ライダーが代わるのと同様かそれ以上に、タイヤのキャラクターが違うことがマシンづくりに与える影響は大きいのです。

ブリヂストンは、どのライダーにもある程度のレベルでマッチングするタイヤづくりを狙っていますが、特定のマシンやライダーのためにスペシャルタイヤを開発することはありませんでした。ちょっと矛盾するようにも思えますが、各ライダーの意見を聞き、マシンのセッティングや状態を確認した上で、問題点をタイヤで改善できる(あるいはするべき)と判断したら、試作タイヤを作ります。それらは、基本的には全メーカー同時にテストしてもらって評価するのです。たいていの場合、我々が新しい試作タイヤを持ち込んだ段階で、複数のライダーが高評価してくれます。

ロッシ選手といえども、ウインターテストやシーズン序盤3戦はブリヂストンタイヤへのアジャストにちょっと苦戦していましたが、ヤマハ陣営やロッシ選手はことあるごとに「我々はまだブリヂストンタイヤのポテンシャルを活かし切れておらず、申し訳ない」というようなことを口にしていて、大きくスペックを変更したタイヤの供給を求めることはありませんでした。他のライダーが使うのとだいたい同じようなスペックを履き、そこにマシンをアジャストする作業に徹していたのです。最初からマシンに合わせたタイヤづくりをしたら、マシンが特異な方向に行ってしまう可能性があると思ったのかもしれません。まずは他のチームと同じタイヤで十分に競えるレベルにするという判断は、正解だったと思います。

具体的には、この段階で課題となっていたのはリヤ荷重不足。その後もしばらくその傾向にあったとは思いますが、ブリヂストンタイヤを活かすためにマシンセッティングでリヤの荷重を増やせる方向性を探っていました。ちなみに、ブリヂストンタイヤに対するファーストインプレッションや、その後に試行錯誤する中ですぐに知ることになったのですが、ロッシ選手はインプレッションやマシン開発能力に関しても、ずば抜けたモノを持っていました。この話は、今後また詳しく紹介しましょう!

ケーシー・ストーナー選手は速かったが……

さて2008年のブリヂストンは、ロッシ選手も加わって11名の選手にタイヤを供給。この年、MotoGPクラスにフル参戦したライダーは18名で、ダンロップはこのクラスから撤退したので、ミシュラン勢は7名でした。開幕戦の舞台はこの年もカタール。ただし、日中の暑さを避けるため、GP史上初のナイトレースとして実施されました。この開幕戦カタールGPでは、前年に自身とブリヂストンにとって初となるシリーズタイトル獲得を果たしたドゥカティワークスチームのケーシー・ストーナー選手が、ニューシーズンに入ってもその勢いを保って優勝。ブリヂストンタイヤにとっても幸先のよいスタート……と言いたいところだったのですが、じつは対ミシュランという点ではそうでもありませんでした。

優勝こそうちがもぎ取りましたが、これはストーナー選手が優れていただけ。ミシュラン勢は全員が決勝を完走してトップ10入り。つまり10位以内にブリヂストン勢は3人しかいませんでした。翌年から少し改善されるのですが、2008年のカタールGPは3月上旬に設定されていて、夜になるとかなり気温が下がり、2008年は気温が18度で路面温度が19度しかありませんでした。ストーナー選手を除けば、この状態でうまくタイヤを機能させることができていなかったのです。

開幕戦カタールGPで優勝した#1ケーシー・ストーナー選手。

さらに第2戦スペインGPでは、ストーナー選手が2度のコースアウトを喫して11位と低迷。ロッシ選手が2位に入賞してブリヂストンタイヤでの初表彰台に上がりましたが、優勝はホンダワークスチームのダニ・ペドロサ選手に奪われ、3位はヤマハワークスチームのホルヘ・ロレンソ選手、4位はホンダワークスチームのニッキー・ヘイデン選手と、やはり上位勢はミシュランユーザー中心でした。第3戦ポルトガルGPではもっと状況が悪くなり、ロレンソ選手が優勝、ペドロサ選手が2位で、ブリヂストン最高位はロッシ選手の3位。ストーナー選手は6位に終わりました。2年目のジンクスとでも言うべきか、このころのストーナー選手はどうにも歯車が嚙み合わずにいました。冷静に状況を判断して着実にステップアップを図れるロッシ選手に対して、ストーナー選手は本人の気持ちが走りに影響を与えやすいタイプ。そのぶん、ダメだったときの要因もわかりづらい傾向にあります。彼が持つ天性のモノに速さが左右されるので、悪い波に飲み込まれてしまったときに解決策を見つけづらいのです。

第3戦ポルトガルGPでは、ロッシ選手と同チームのロレンソ選手が優勝。ペドロサ選手が2位に入り、ミシュランが1-2となった。さらに4位もエドワーズ選手で、このレースではミシュラン勢が優位に。

現在はそんなことありませんが、その後にしばらく「ドゥカティはケーシーしか乗れない」なんて揶揄された時代がありました。ロッシ選手でさえ、ドゥカティではかなり苦労しましたから。あの当時のドゥカティマシンには、やっぱり気難しさがあったのだと思います。だからこそ、ケーシーの調子が悪いと一気に成績が落ち込んだのではないか……と。まあいずれにせよ我々としては、頼みの綱であるストーナー選手が低迷し、期待を寄せるロッシ選手はブリヂストンとのマッチングが完璧になるまであと一歩。序盤3戦は上位勢をミシュラン勢に占められることが多く、ミシュランが巻き返しを図ってきたことを感じつつ、「今シーズンは負ける可能性のほうが大きいかも……」とさえ思うようになっていたのです。前年の後半には、ブリヂストンのほうがミシュランより優れていると思われるようになり、これがタイヤワンメイク化という議論の発端になったわけですが、年が明けてみたらむしろ真逆の状態になることを心配しなければならない状況になっていたのです。

第3戦ポルトガルGPの6位争い。ドゥカティの#1ケーシー・ストーナー選手(BS)に続くのはスズキの#7クリス・バーミューレン選手(BS)、ヤマハの#53ジェームズ・トースランド選手(MI)だ。後方にはスズキに移籍した#65ロリス・カピロッシ選手(BS)も。2008年のブリヂストンは11名の選手にタイヤを供給した。


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