ホンダのウルトラオイルといえば、ホンダ車のオーナーやファンなら一度は聞いたことのある商品名だろう。また、古くからのユーザーやメンテナンスにこだわりを持つユーザーからはコストパフォーマンスの高さを評価されることが多い。そのホンダ純正ウルトラオイルがこの春にモデルチェンジを行ったのを機に、新ラインナップの紹介と2輪用のエンジンオイルについて改めて考えてみよう。
●文:上屋 洋 ●写真:山内潤也、ホンダ
全ホンダ車のスペックは「G1」で成立している!
今回のモデルチェンジで最大のトピックは、ウルトラオイルで最もベーシックな「G1」の全面改良である。ウルトラG1といえばスーパーカブなどに使う廉価オイルと思われるかもしれないが、実はホンダ車にとって非常に重要な位置付けのオイルである。新車に同梱されている取扱説明書のオイルの欄には、交換時期と共に使用銘柄の説明があるが、そこで推奨されているオイルがウルトラG1なのだ。
意外と知られていないが、ホンダの新型車開発はこのウルトラG1で行われており、カタログデータの元となる、新型車両の型式認定を受ける際のスペックは全てウルトラG1を使用したものである。同時にそれは、ホンダの新車保証をウルトラG1が担保していることを意味する。スーパーカブはもちろん、ゴールドウイングやCBR1000RR-Rに至るまで、全てのホンダ車の諸元値はウルトラG1の上に成り立っているのである。
ウルトラオイルのモデルチェンジは‘08年以来、13年振りになるが、今回、最も注目したいのはウルトラG1の粘度変更である。従来型ウルトラG1のスペックは「10W-30」だったが、新G1は「5W-30」へと変化している。つまり低温時の粘度が10Wから5Wへと下げられたということである。これによってエンジン低温時(=オイルが暖まっていない状態)のフリクションを減らし、始動性の向上や低温時の燃費向上をねらっているのだ。その効果は下の図をご覧頂くと分かりやすいだろう。ちなみに燃費では、従来型G1に対してコミュータークラスで+1%、ファンクラスで+2%の向上が図れるという(WMTCモードでの比較)。
さらに今回の新G1は、粘度を下げることで低下するオイル性能を、従来型G1の鉱物油から部分合成油へと変更することで補っている。もう少し具体的に説明すると、鉱物油に対してより高度な精製を行ったベースオイル(合成油)に添加剤を調合して、粘度の低下によるデメリットをリカバリーしているのである。これによって低温時と高温時の性能を両立させているのだ。
低温時域の低粘度化は技術的には可能だが、ウルトラオイルのように広く流通する定番商品に採用するにはそれなりの課題があり、試行錯誤を繰り返した末、鉱物油よりも高コストな部分合成油を採用しつつ価格は抑えることに成功、新G1に採用することができたとのこと。コスト度外視ならばMotoGPマシンに使えるようなオイルも作れるが、コストを鑑みつつ新たな性能をベーシックな商品に盛り込む難しさがあったということだ。
ウルトラオイルのラインナップには0W-30という究極のスペックを誇るG4も存在するが、‘50年代に発売されて以来、スタンダードな基軸商品として低温時の粘度が10W以下に設定された商品はなく、60年以上の歴史で初めてのこと。このように、ウルトラオイルの基軸となるG1を進化させたことは、伝統と実績を誇るホンダ純正オイルらしいモデルチェンジと言えるだろう。
高粘度イコール高性能……じゃない!
現在の国産4社ではホンダが10W-30、ヤマハ、スズキ、カワサキは10W-40をスタンダードな純正オイルの粘度に設定しているが、20W-50などの硬いオイルの方が高温時の性能低下が少なく、耐久性にも優れるイメージを持っているベテランライダーも多い。これは‘90年代初頭までのバイクブーム全盛期に高粘度な高性能オイルが広く使われていたことの名残りである。当時は年々高性能化するエンジンに対応するため、硬いベースオイルを使い、油膜の保持や高温時のオイル劣化などをカバーする手法が取られていたのだ。
しかし後年、ベースオイルはもとよりエンジンオイルに処方される添加剤が高度に進化し、オイル粘度に頼らずとも同等かそれ以上の性能が得られるようになってくると、高粘度なオイルは始動性の低下やフリクションロスといったネガティブな要素も目立つようになってくる。確かに高粘度のオイルに変えるとエンジン音は静かになり、ミッションのタッチも変わるだろう。しかしその反面、体感では分かりにくいフリクションロスの増加や燃費の低下といった悪影響を招いていることも理解すべきである
ホンダでは‘00年代から低フリクション・省燃費の考え方を進め、‘08年にウルトラオイルをモデルチェンジした際には20W-50をラインナップから除外、10W-30をスタンダードの位置付けとした。現在もその思想が反映された商品として、10W-30の「ウルトラG3」と、10W-30の「ウルトラG4」を高性能車向けの上位グレードオイルとしてラインナップしている。
メーカー純正オイルには3つの段階がある?
ここから先はホンダに限らず、他メーカーも含めた総合的な“車両メーカー純正オイル”の話をしてみたい。
まずは開発油と呼ばれるものがある。これは新規エンジンの各種テストを行う際に使用するオイルで、車両メーカーがスペックを決めた同一の物を、基本的に全ての車両が使用する。同じオイルを使わないとメーカーとしての性能の標準化ができないからである。また、このオイルは全世界に市販することを前提としたスペックとされている。
開発油には、そのメーカーの最もベーシックな製品が使われることが多い。製品を世界に送り出した後、その地で手に入るベーシックなオイルが使用できないとアフターサービスが成り立たないからである。逆の見方をすればベーシックなオイルでもカタログ通りの性能と信頼性が得られるよう、エンジンのスペックはアドバンテージを持って設計されているということでもある。
さらに工場充填油と呼ばれるオイルが存在する。これは文字通り工場で組立てられるエンジンに最初に入れられるオイルで、新車がユーザーに納車された際に使用されている。こうしたオイルは我々が目にする化粧ボトルではなく、運搬車やドラム缶でオイルメーカーから直接納品される。このオイルメーカーとは、車両メーカーがリクエストしたスペックどおりに純正オイルを製造しているメーカーのことで、ホンダの場合は国内大手石油元売りメーカーから調達を行っている。
そしてその後、ユーザーによって使用されるのが、オイル単体で商品化された純正オイルと呼ばれるものである。ホンダの新ウルトラG1はこの単体交換用から販売をスタートしており、開発油や工場充填油には今も従来型のG1が使われているという。もちろんオイル交換時の適応性などに問題がないことは確認済みだ。
純正とブランド品って何が違うの?
では、純正オイルと海外ブランドを始めとするオイルメーカーの商品はどのように選んだら良いのだろうか? そのヒントは取扱説明書にある。国内メーカーはほぼ全社が純正オイルを勧め、「または同等商品」といった説明をしている。これが輸入車となるとオイルメーカーの商品をいくつか指定して推奨することが多い。これは考え方の違いで、国内メーカーは「当社はこのオイルで開発からテストまで行っているので使ってください」であり、海外メーカーは「市場にあるオイルメーカーの〇〇〇をお勧めするので使ってください」と言う訳だ。極端な見方をすれば「バイクメーカーはバイクを作り、オイルメーカーはオイルを作るのが専門でしょう?」というのが海外メーカーである。
こうした考え方の違いから、日本のメーカーは長年に渡り純正オイルをラインナップし、ユーザーもそれに慣れ親しんで来た結果、開発からアフターフォローまでを考えられたオイル作りを特徴としている。言葉を変えれば純正オイルは「かかり付け医がその人(バイク)に合わせた薬を処方」しているようなもので、オイルメーカーの商品は「街の薬局で売っている誰にでも使える市販薬」とも言える。国産メーカー純正オイルのコストパフォーマンスが高いと言われるのはこのような理由にもよるのだが、どちらを使うかはユーザーの考え方や好み次第だと言っていいだろう。
新ウルトラオイル・ラインナップは6種類
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