スーパースポーツは、国内外のメーカーが意地とプライドを掛けてニューモデルを送り込んでいる先進のカテゴリーだ。排気量もエンジン形式も様々なバリエーションが揃う中、一体どれを選ぶのが正解なのか? その答えをホンダが久しぶりに投入したミドルスーパースポーツに発見! 超万能の走りをお届けしよう。
●文:伊丹孝裕 ●写真:長谷川徹 ●取材協力:本田技研工業
排気量も気筒数も関係ない、コイツがいい!
仕事柄、しばしば「スーパースポーツが欲しいんですけど、リッタークラスとミドルクラスのどっちがいいと思います?」と聞かれる。
予算の都合もあるので一概には言えないものの、事情が許すのならリッタークラスをすすめてきた。なぜなら、パワーはとんでもないものの、それを躾ける電子制御のレベルが極めて高かったからだ。エンジンモードを筆頭に、トラクションコントロール、スライドコントロール、ウィリーコントロール、コーナリングABS……といった各種デバイスをフル装備。特にこの数年は精度のきめ細やかさが飛躍的に進化したため、乗り手のミスをかなり許容してくれるようになった。
一方、ミドルクラスはやや特殊なカテゴリーに変異してきた。特に600ccの国産4気筒モデルは、先鋭化の割に電子デバイスが簡易的で、結果的にシビアな操作を要求。若手レーシングライダーの育成マシンとしては悪くないが、ビギナーには薦めづらいモデルと言わざるを得ない。
もちろん、それはメーカーも承知している。そのため、例えばカワサキは599ccの「Ninja ZX-6R」をレース専用とし、公道向けには636ccの別バージョンを用意。海外勢に目を向けると、MVアグスタは「F3」に675cc版と798cc版をラインナップしている。それぞれ排気量の拡大によってピーキーさを解消し、扱いやすさを確保しているというわけだ。その意味で、ミドルクラスのスーパースポーツは結構いびつな排気量帯と言っていい。
そんな中、2020年9月に登場したのが、ホンダの新型「CBR600RR」だ。エンジンを中心に大きく改良され、2016年モデル以来、久しぶりに国内へ投入された。
このモデルの開発目標は明確で、資料にもはっきり「レースで勝つためのポテンシャル」と記載してある。具体的には「アジアロードレース選手権の制覇」であり、もう少し噛み砕くと「これ以上、ヤマハやカワサキに負けてたまるか」である。1980年代ならいざ知らず、今時のライダーにしてみれば、「いや、そう言われましても……」な気分だろう。レーサーレプリカ全盛時代を過ごした僕(筆者:伊丹孝裕)でさえ、「意地の張り過ぎにもほどがありませんか?」 と心配になったほどだ。
ところが、である。そのフィーリングを知った今、「スーパースポーツの中でなにがおすすめですか?」と聞かれれば、この新型の名をいの一番に挙げている。これは「ミドルクラスの中なら」とか「国産に限れば」という条件付きではなく、排気量も気筒数も国も価格も関係なく、すべてのスーパースポーツをひっくるめた上での回答だ。
もちろんレースを前提した話でもなく(それにも応えてくれるが)、ごく普通のライダーが、ごく普通に使うことを想定してのこと。そうした場面でこれほど高い一体感を得られるスーパースポーツは少なく、最良の一台と言える
というわけで、ここからはストリートを走らせた時の印象を中心に述べていこう。
820mmのシート高は、このクラスでは特別高くも低くもない。グリップはシートの座面より5cm以上高いところに位置し、前傾姿勢は安楽な部類に属する。平均的な体格であれば、スーパースポーツ特有のプレッシャーは感じないで済むはずだ。
好印象なのは、静的な状態でも動的な状態でも感じられる手の内感だ。車重は194kgを公称し、例えば兄貴分の「CBR1000RR-R ファイアーブレードSP」は201kgだ。この7kgの差が劇的で、常にズシリとした手応えを伝えてくるCBR1000RR-Rに対し、CBR600RRはヒラヒラと遊ばせることができるほど自由自在。取り回しも渋滞路のストップ&ゴーもなんのストレスもなく行うことができる。
599ccの水冷並列4気筒エンジンの基本設計は、従来型から踏襲されたものだ。ただし、ピストン、クランク、カムシャフト、シリンダーヘッドといった主要部分が新たに設計され、121ps/14000rpmの最高出力を得ている。従来モデルのフルパワー仕様は、114.6psだった。
既述の通り、レースありきの改良が施されながら、街中での扱いやすさは犠牲にしていない。低回転域のフレキシビリティはスーパースポーツの中では群を抜き、大幅に向上。ネイキッドやツアラーを引き合いに出しても相当なレベルにある。実際、6速3000rpmといった領域からでもスロットルひとつで難なく加速してみせ、操作を少々サボッても幅広いトルクバンドがカバーしてくれる。
このイージーさが街中はもちろん、ロングツーリングで効く。どんな回転域、どんな速度域でも振動はほとんどなく、快適性に貢献。排気音はそれなりに高周波ながら耳障りになるようなものではない。
なによりハンドリングがいい。それは旋回力の良し悪しやフルバンク時の安定性といった高次元の話ではなく、リーン初期の応答性で誰もが体感できる。直立状態から30度くらい傾けたあたり、つまり街中やワインディングで誰もが使う領域において優れたレスポンスを発揮し、そこからさらに寝かせても、あるいは起こしても車体は素直に追従してくれる。狙ったラインを外すことはほぼなく、たとえ旋回途中でコーナーがきつくなっても修正は容易だ。ハンドリングが単に軽いとタイヤの接地感が分かりづらく、挙動も神経質に感じられるものだが、その一歩手前で寸止め。常に自分のコントロール下にあるイメージだ。
ロングツーリングといっても荷物の積載性に過度な期待はできないが、荷掛けフックを装備し、パッセンジャー側のシートは比較的フラットな座面を持っていること、またETC車載器を収納できるスペースがあるため、及第点を与えていいだろう。
時速100kmで巡航した時の回転数は、5300rpm強といったところだ。レッドゾーンが15000rpmから始まることを思えば、かなり余力のあるギヤレシオと言える。当然、不快なバイブレーションはなく、上体を縮めるとカウルの中で走行風を大幅にカットすることもできる。
デザインや電子制御は最新トレンドを注入
今回のモデルチェンジにおいて、ひと目で分かる変化が、カウルデザインの刷新だ。防風効果を高めるために角度が立てられたウインドスクリーン、LEDヘッドライトの採用によって軽量化とマスの集中化を狙ったフロントマスク、各部に設けられた排風と放熱を促すためのスリット……と多岐に渡るが、最も目立つ部分が左右に大きく張り出したウイングレットだ。
これは加減速時の安定性向上の他、ロールモーメント(車体を倒す時の力)の低減を目的にしたものである。新型と従来型を同条件で比較しないと、その効果に言及することはできないが、レーシングマシンのトレンドとしてやはり外せない。スポーツマインドを高めてくれるという意味でも、装着を歓迎したい空力デバイスだ。
さてもうひとつ、目に見えない部分で劇的に変化しているのが電子制御だ。スロットルバイワイヤとIMUを搭載し、ライディングモード(MODE1/MODE2/MODE3/USER1/USER2)によって、パワーセレクター(5段階のエンジン出力特性)、Hondaセレクタブルコントロール(9段階+OFFのトラクションコントロール)、ウイリー制御(3段階+OFFのウイリー挙動緩和)、セレクタブルエンジンブレーキ(3段階のエンジンブレーキ制御)を一括管理。この他、バンク角とリヤタイヤのリフトを検知するコーナリングABSも採用するなど、リッタースーパースポーツに肩を並べるシステムが盛り込まれた。
これらの選択や切換はハンドル左側のスイッチボックスに集約され、決定された各種情報はフルカラーTFTディスプレイに整理されて表示。走行中の操作も容易に行えるよう、エルゴノミクスに配慮されている。
デフォルト設定されているライディングモードの内、MODE3が最も穏やかなキャラクターとなる。出力特性はスムーズさが優先され、1~3速の低速ギヤではパワーを抑制。トラクションコントロールの介入度は9段階中8、ウイリー制御は最大の3、エンジンブレーキは最も強い3という仕様になる。明らかにビギナーを想定したものに思えるが、ストリートでは必要充分以上のパフォーマンスを披露し、不満も不足も感じない。日常的にはこれ一択でもいいほど、作り込まれている。
さて、というわけで結論を。
この新型CBR600RRは生粋のスーパースポーツとして送り出され、高い限界性能を持っていることは間違いない。しかしながら、ごく普通のロードバイクの役割をこなし、時にツアラーにもなり得るオールラウンダーでもある。エンジンスペックと電子デバイスが高いレベルでバランスし、優れたハンドリングとドライバビリティも実現している秀作だ。スポーツライディングを長く楽しみたいと願うなら、一度試乗してみてほしい。
HONDA CBR600RR[2020 model]
【HONDA CBR600RR[2020 model]】主要諸元■全長2030 全幅685 全高1140 軸距1375 シート高820(各mm) 車重194kg(装備)■水冷4ストローク並列4気筒DOHC4バルブ 599cc 121ps/14000rpm 6.5kg-m/11500rpm 変速機6段リターン 燃料タンク容量18L■タイヤサイズF=120/70ZR17 R=180/55ZR17 ●価格:160万6000円 ●色:赤 ●発売中
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