世界耐久選手権に挑み続ける闘将

「獲るべきは、世界一」’20EWCルマン24時間優勝・TSR藤井正和総監督インタビュー〈後編〉


●文:ヤングマシン編集部(高橋剛) ●写真: 編集部/TSR/EWC Official/Honda/Suzuki

「やっぱり”世界一”ってのは違うね」 F.C.C. TSRホンダフランス総監督・藤井正和氏は笑った。一度味わってしまった美酒の味は、もう決して忘れることはできない。再び、あの場所に立つ。そのためにすべてを投じる。それが藤井氏の生きざまだ。〈インタビュー後編〉

ルマン24時間で2勝目を挙げたTSR「耐久レースは人生」

前編より続く〉

「CBR1000RR-Rには、ホンダの本気を感じたんです。エンジンも車体まわりも、レース屋として僕が『ああした方がいい、こうした方がいい』と思っていたことが、ほぼすべて盛り込まれていた。

もちろんメーカーは神ですから(笑)、僕が言ったから何かが変わった、なんてことはなかったでしょう。でも、勝つために理に適った造りになっていたのは確かなんです」

新型コロナ禍が幸いし、開発にかける時間があった。藤井氏は新型CBR1000RR‐Rをバラせるだけバラし、あらゆる数値を計測し、これまでのEWC参戦で得た知見を惜しみなく注ぎ込み、闘うマシンに仕上げていった。

悲壮な覚悟もあった。自粛ムードが広がる日本と、自己責任が重んじられるヨーロッパでは、新型コロナ禍に対してかなりの温度差がある。ルマンは開催され、鈴鹿は中止となったことで、感じるものもあった。

「言ってみれば、孤軍ですよ、完全に。日本のチームとして海外に打って出てるのに、日本が味方してくれているという手応えはまったくなかった」

だが、TSRはレースをすることで成り立っている集団だ。レースが生きる術なら、やるしかなかった。レースが開催されるなら、行く。TSRのWEBサイトを開くと、「誰もやらない、俺たちがやる」というコピーが踊る。それをそのまま現実にしたのである。

無観客のルマンに、一抹の寂しさを感じた。スタンドが揺らぐほどの怒号はなく、夜通し火を焚いて飲んだくれるレースファンの姿もなかった。

それでも、藤井氏はルマンが好きだった。無観客で落胆するより、レースができる喜びの方が大きかった。年に一度だけ出会える人たちとの再会も嬉しかった。

そして、実績のない新型マシンで苛酷な24時間耐久レースを戦うという賭けに、藤井氏は勝った。いくつかのマイナートラブルが発生したり降雨に見舞われたりと、決してひと筋縄ではいかなかったが、その都度経験と実績に基づいた対応力を発揮。チームとして2度目の優勝を果たし、日の丸を掲げ、トロフィーに再び「JPN」の国名を刻み込んだのである。新型CBR1000RR‐Rにとっては、世界選手権での初勝利となった。

「完勝のように見えたかもしれませんが、ギリギリのところでした。なにしろ24時間走らせたことのないマシンでのレースですからね…。

でも、我々はルマンにすべてを懸けていました。『できるだろう』『やれるだろう』という見込みのもとで、自分たちの最大限のパフォーマンスを発揮したんです。さすがにこれだけ頑張ると、神様は微笑んでくれるんですね(笑)」

本当にレースができるのか──。先行きが不透明な新型コロナ禍にあって、ルマン24時間は史上初の無観客開催を選んだ。24時間走り続ける以上、雨が降ることもあれば夜も来る。まばゆいばかりの栄光は、その先にしかない。そして伝統のルマン24時間レースのトロフィーには、TSRのチーム国籍である「JPN」が刻まれたのだ。

しかし、そこまでだった。シーズンは第4戦エストリル12時間を残していたが、ルマンを戦い抜いたTSRにもはや余力はなかった。

「体力も地力も尽き果てていました。もうエストリルのことは考えられなかった。サポートしてくださったり応援してくれる方たちには申し訳ないけど、行き当たりばったりの消化試合になってしまいましたね。総合的な力不足。申し訳ないし、情けないなと思っています」

そう言いながらも、結果は2位。ルマン/エストリルという新型コロナ禍以降のレースを優勝/2位で飾り、総合ランキングでは3位。それでも’17-’18シーズンにはチャンピオンを獲得している藤井氏にしてみれば「不甲斐ない」ということのようだ。

’19-’20世界耐久選手権(EWC) F.C.C. TSRホンダフランス 戦績

【#1 ボルドール24時間:リタイヤ】オイル漏れに雨量増加も重なり、約12時間もの長時間にわたり赤旗中断されるという異例のレース展開に。トップを走りながらも、エンジントラブルでリタイヤを喫した。(‘19/9/21~22)

【#2 セパン8時間:13位】セパンでは初開催のEWCだったが、決勝は激しい雨に見舞われてたびたび中断された。TSRはヤマハとトップ争いを演じたが、2度の転倒でポジションダウンしてしまった。(‘19/12/14)

【#3 ルマン24時間:優勝】新型CBR1000RR-Rでの参戦。108周目にトップに立つと、ピット作業も危なげなくこなし、残りの708周はトップの座を譲らない完勝を遂げた。TSRはルマン2勝目。(‘20年8月29~30日)

【#4 エストリル12時間:2位】タイトル獲得の可能性もあったレースだが、トップから24.5秒差の2位でチェッカー。シリーズポイントでは首位のスズキとわずか24点差で年間ランキングは3位となった。(‘20/9/26)

日本には日本の素晴らしさがある。だが、世界一をめざす戦いに日本流は通用しない

「僕はね、日本が大好きなんですよ。これだけ安全で平和で、みんな仲良く暮らしている国は、他にない。

でも、それじゃ世界を相手に戦えないんです。世界は違う。強引に鼻先をねじ込んで、『オレがオレが』ととにかく前に出る。壁を破るという気迫がないと、世界一にはなれない。

日本にはいい面がたくさんありますが、弱くなった部分もある。でも、まだまだやれると思う。もう一度できるはずなんですよ」

次季は、高橋裕紀選手を起用して2度目の世界タイトル獲得に挑む。

「裕紀を悪役にしたいんです(笑) 実力は十分にある。強引で、バイクをねじ伏せるようなライダーにしたい。そしてチャンピオンにして、日本からヒーローを生み出したいね」

レースへの情熱があふれる。「61歳だけどまだまだハナタレ」と軽やかに笑いながら、藤井氏は人生のトラクションをかけ続ける。

’21EWCトピックス:全日本ST1000初代王者・高橋裕紀がTSRで”世界の頂き”を狙う

’20シーズンの全日本ST1000で、自身4度目となる年間タイトルを獲得した高橋裕紀選手。モト2で優勝経験もある彼が、来季はTSRとジョイントしてEWCを戦うこととなった。「ライダー人生の中で、何としても世界一になりたいと願っていたところに、現実的な目標としてEWCに挑戦するチャンスをいただきました。自分の努力次第で十分に可能性はある。有言実行できるように精一杯頑張ります」と髙橋選手。藤井正和監督も「資質は十分すぎるほど。来年は裕紀とともにチャンピオンを獲って日本に帰ってきます」と力強くコメントした。

全日本ロードとアジア選手権でタイトルを獲得している髙橋選手。世界一の座に向けての挑戦が始まる。


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