数えきれないほどの開発経験を持つプロですら引きつけられる。それほど’20ホンダCBR1000RR-Rのエンジン設計は突き抜けているのだという。史上最強の自然吸気インラインフォーとして歴史を刻んだRR-Rは、性能を追求し続けてきた直4の最後の金字塔となるかもしれない。数多くのエンジン設計に携わってきたベテラン設計者・エンジニ屋氏がこのエンジンをマニアックに掘り下げる。初回はシリンダーボア拡大にまつわる事情を解説する。
「とにかく小型化」という明確かつ強烈な意図
久しぶりにワクワクするエンジンを見せてもらいました。今後、他のメーカーがこれを超えるエンジンを作ることは至難の業だと思います。私自身もつい熱くなり、解説に異常な力が入ってしまいましたし、1000cc級並列4気筒の覇権を、BMWの1000RRからホンダが奪い返してくれたと思うと、同じ日本人として嬉しく誇らしく思います。ここではエンジンの写真や情報を基に、CBR1000RR-Rのエンジン技術についての解説や感想を記します。
まずエンジンを全体的に眺めて「オーソドックスなレイアウトではない」という印象を受けました。明らかに意図や意志があってこの形にしたのだなと感じられます。その意図とは「コンパクト化」に尽きるようです。
その大前提として、RR-Rのエンジンはシリンダーボアを従来の76mmから81mmへと5mmも拡大しています。こうすると、エンジンでいちばん長い部品であるクランクシャフトは、単純計算で(81-76)×3=15mmは長くなります。同様にシリンダーの幅も(81-76)×4=20mm広がって、シリンダーヘッドの幅もほぼ同じだけ広がってしまいます。ヘッド幅はフレームの幅に、クランクシャフトの幅はバンク角に直接影響しますから、いずれも車体レイアウトにいいことはありません。
それでもボアを大幅に拡大したのは、最高出力を上げるためです。4サイクルエンジンを高出力化するには、吸排気のバルブサイズを大きくする必要があります。特に吸気の性能はバルブサイズに大きく影響されますから、RR-Rも吸気バルブを30.5mmから32.5mmに2mmも大きくしています。バルブサイズを大きく取るにはボアを拡げないと燃焼室内に収まりません。そのためにボアを拡大したわけです。
エンジンに詳しい方は、この説明に違和感を覚えたかもしれませんね。普通なら「出力を上げるためにショートストローク化」という説明がしっくりくるはずです。でも、私はそれを嘘だと思っています。嘘は言い過ぎですが、本当のことを言っていないと感じるのです。これは別枠で解説しましょう。
ショートストローク化は高出力の手段ではない
ショートストロークとは、ボアの方がストロークよりも大きい状態のことで、同じ排気量でボアを大きくすると必然的にストロークは短くなります。レギュレーションで排気量が変えられないレーシングエンジンが、最高出力を高めるために行ってきた方法なので、私たちは「レースエンジン=ショートストローク高出力」と思い込まされてきたのです。
レースエンジンを高出力化するには決められた排気量をキープしたまま、充填率や回転数を上げることで単位時間に吸い込む空気の量を増やす必要があります。そのためにはバルブサイズを大きくして吸排気性能を高め、高回転化するという常套手段を取ろうとします(過給機が使えない場合)。しかし、もともと高性能なエンジンならすでに目一杯バルブサイズが拡大されていて、もうそれ以上大きくできないのが普通ですから、ストロークを縮めてボアを大きくするのです。
なので「ショートストローク=高出力」は間違いではないものの、思考が短絡しているわけですから、くれぐれもバルブサイズを上げずにショートストローク化するなどという間違いを起こしてはいけません。
話を戻して、高回転化にはバルブのサイズアップが必要ですが、これはバルブの重量アップにつながります。吸排気性能が上がっても重量が増えては高回転化できません。ひと昔前ならバルブをチタン化しますが、ここ10年はバルブリフターをタペットからフィンガーフォロワーに変えるのが旬になっています。ホンダもタペット式より75%軽いと言っているように、フィンガーフォロワー化による軽量効果は抜群で、大きなバルブを採用するレースエンジンでは昔からなくてはならない技術です。増加する重量をフィンガーフォロワーで相殺しつつバルブサイズを拡大し、それを収めるためにボアをモトGPマシンのレギュレーションと同じ81mmまで広げたRR-R のエンジンは、まさに本気モードなのがご理解いただけると思います。
しかし、ボア拡大に伴うエンジン幅の広がりようにはホンダの設計者も悩まされたはずです。そして色々と考え、工夫した結果がこのエンジンを形作っているのだと思います。その方法について、これから解説していきましょう。
(エンジニ屋氏の解説、続く)
●解説:エンジニ屋 ●写真:真弓悟史、ホンダ ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
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