ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、かつてのタイヤ開発やレース業界について回想。MotoGPクラス参戦3年目となった2004年に向けて、ブリヂストンはさらに上位を狙って開発が進められる体制を築くことに成功します。
ワークスチームとの契約を獲得したい!
ブリヂストンが、当初の予定を1年前倒ししてMotoGP(ロードレース世界選手権)の最高峰クラスに参戦をスタートした2002年も、体制づくりは前年の遅い時期までドタバタしていましたが、プラマック・ホンダの玉田誠選手と新たに契約した2003年の体制決定も、2002年の最終戦まで長引いてしまいました。その反省と改善ということから、MotoGP参戦3年目となる2004年に向けた動きは、前年のシーズンが4月に開幕したのと同時に開始しました。
あの当時、MotoGP最強と考えられていたのはホンダワークスチーム。ですから個人的には、ホンダワークスと契約することが、シリーズタイトル獲得という目標を達成するための確実な手段だと思っていました。そしてそのためには、ステップを踏まなければなりません。
最初の2年間で、アーヴ・カネモトさんのカネモトレーシング、ケニー・ロバーツさん率いるプロトン・チームKR、2002年に設立されたばかりのプラマック・ホンダにタイヤを供給してきた経験から、やはりチームの土台がしっかりしていることが、タイヤの開発にもレースのリザルト結果に対しても必要だと感じていました。また、2003年のプラマック・ホンダに対するタイヤ供給に関して、HRC(ホンダレーシング)からいろんな面でサポートを受けて随分と勉強させてもらったことも、我々の戦略や考え方に影響を与えました。
メーカーにはエンジンや車体、サスペンション、電装関係、データ解析、シミュレーション関係というように、それぞれの専門家が大勢いて、学ぶことが多かったです。我々の研究部門と共同研究なども行いました。この経験を通して、改めてメーカーの力を認識したので、トップサテライトチームより、セカンドあるいはサードでもワークスチーム。とにかく、メーカー直属のワークスチームと一緒に開発を進めたいという思いがありました。
そのころというのは、ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキの国内メーカーがすべて、MotoGPにワークス参戦していた時代。市販車の分野では、いずれのメーカーとも純正装着タイヤの開発や納入などでつながりがありました。このうちホンダは、レースのほうはHRCという別会社になっていましたが、他の3メーカーは市販車とMotoGPの開発が社内の同じような部門に属していました。これは現在もそれほど変わっていないと思います。そんな事情があり、会社同士の付き合いということでは、話をしやすい環境。メーカーと我々の部門長のコミュニケーションが良かったので、スズキ、カワサキとは早い段階から交渉が始まっていました。そして結果的に、スズキとカワサキのワークスチームと契約することになったのです。
ミシュラン契約チームの下位にいるよりも、ブリヂストンのナンバー1に
その当時、絶対王者で我々のライバルとなるミシュランは多数の契約チームを抱えており、有力チーム(速いチーム)から順に序列ができていて、トップチームと同じスペックのタイヤが下位チームには供給されないとか、対応に差がある状態だったようです。そのため、ミシュランにとってプライオリティが低いチームの中には、不満を持つチームもあったようでした。そこで、ミシュラン契約チームのナンバー4みたいな立ち位置でいるくらいなら、ブリヂストンのナンバー1になったほうが、成績を残せる可能性は高いのではないかという判断があったと推測しています。
そのような背景に加えて、スズキとカワサキが我々の可能性を認めてくれたのには、市販車タイヤの分野でブリヂストンのポテンシャルを理解してくれていたことも影響していると思います。当時は、国産メーカーの市販スーパースポーツモデルに次々とブリヂストンタイヤが採用されるようになった時期で、その開発においても高い評価を得ていました。
MotoGPのレースにおいては、プラマック・ホンダの玉田選手が走りとリザルトでタイヤ性能を実証してくれていて、これも契約を結ぶ後押しになりました。また、スズキとカワサキとブリヂストンはいずれも日本企業で、信頼関係を築きやすいということもありました。ちなみにヤマハに関しては、当時は市販車のYZF-R1に我々のタイヤが承認されなかったこともあり、あまり技術的に評価されていなかったのと、ミシュランから変更する必要がなかったと思われ、打診すらありませんでした。
青木宣篤選手のいるプロトン・チームKRを断る結果になってしまい……
かくして2004年の布陣は、3チーム5台体制に決定。前年から継続となる玉田選手は、前年同様にプラマックレーシングが母体ながら新たなスポンサーを得たキャメル・ホンダからの参戦。加えて、チームスズキMotoGPからケニー・ロバーツJr選手とジョン・ホプキンス選手、カワサキ・レーシングチームから中野真矢選手とアレックス・ホフマン選手というメンバーです。中野選手に関しては、私もぜひ一緒に戦いたいと思い、カワサキからライダー候補と聞いた後で彼と直接話をして、我々の取り組みを説明。「一緒にやろう!」と言いました。
じつはこの年も、ブリヂストンがMotoGPクラスに参入した2002年から2シーズンを一緒に戦ったプロトン・チームKRのケニーさんから、タイヤを供給してほしいという要望を受けていました。社内でもかなり議論したのですが、いきなり7台体制となるのはキャパシティオーバーという判断から、お断りさせていただきました。
我々としては、サポートチームに対して優先順位をつけず、全チームに対してベストと思われることをやっていくというのが目標。これを実現するためには、生産体制もマンパワーも、もちろん予算も必要ですが、7台分に急拡大できるほどの社内状況にはなかったのです。
2004年も、ブリヂストンのMotoGPタイヤ開発を担当してくれた青木宣篤選手がプロトン・チームKRで走ることが決まっていました。青木選手には、ブリヂストンが最高峰クラス参戦に向けて開発テストに臨んだ2001年に、私からお願いして現役レーサーとしての活動を1年休止してまでプロジェクトに参加してもらった恩があるので、お断りするのは本当に辛く、申し訳なく思っていました。契約更新しないという話になって、ケニーさんには喰い下がられました。まあでも、このときは軟禁(※当コラム第15回/関連記事リンク参照)まではされませんでしたけど。
また、2004年シーズンに向けた契約ということでは、ライダーから何件か逆オファーをもらいました。やはり2003年は、玉田選手のライディングによって前年以上に存在をアピールできていたのでしょう。ミシュランの対応に不満を持っていたライダーから、それならブリヂストンに賭けてみようかという思惑を抱きはじめていることは、我々もなんとなく感じていました。
もっとも、中には完全に契約金目当てで声をかけてくるライダーもいました。「〇億円くれたら履いてあげるよ」みたいに……。そういう話が浮上しはじめたことからも、参戦2年目のブリヂストンは、ある程度は注目されるタイヤメーカーになってきていたのだと思います。
TEXT:Toru TAMIYA ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
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