マイナス10度、風速15m、ホワイトアウト、凍結路。過酷な年越し宗谷岬体験記

日本最北端へ! アラフィフ親父の極寒バイク旅 第4回(最終回)「年越し宗谷岬はオレたちのパリダカラリー」

  • 2020/3/3
過酷な年越し宗谷岬体験記

途中リタイアすることなく無事に帰還。帰途の途中からもう次参加する計画を考えてしまうほどその魅力に引き込まれたのですが、その理由はなんだったのでしょうか。

●寄稿: 野間 恒毅(Tsunetake Noma)

四輪に注意、カミオンクラス最強

バイクでの走行最終日は名寄からベースキャンプ富良野への移動のみ。すでに一回通った道のりなのでラクかと思いきやさにあらず。ここ数日の降雪で凍結路面のうえにたっぷりと雪が降り積もって滑りやすく、ペースはなかなか上がらない。お正月の2日目ともなると交通量は多く、すぐさま後ろの長蛇の列ができてしまう。

追い越ししてもらおうと左によると雪の壁は近く路面状態もよくない、停止しようにもとまれる路肩がないと気を遣うことこの上なし。しかも走行中に抜かれるとき巻き上げた雪煙で一瞬ホワイトアウトしたりと、これまたリスクが高い。

一番いいのは一般車と同じペースで走ることなのだが、いかんせんそこは北海道。法定速度を上回るペースで流れており、遵法的にも技術的にもその速度域になかなか達しないのが現実である。もう少しタイヤが路面と合っていればと後悔することしきり。

特に飛ばしているのは大型車両で、ダンプやタンクローリーが爆走しており、これを我々は敬意を込めて「カミオンクラス」と呼んでいた。面圧が高いのでグリップするという話だ。

なんとか無事故無転倒で無事ベースキャンプでありいわばラリーのサービスパークに相当する富良野のホテルに帰着し、今年の年越し宗谷岬はこれにて完走できた。

過酷な年越し宗谷岬体験記

ペースの速い地元車の中でも要注意なのが大型車。抜かれる際に巻き上げた雪煙で視界がゼロになることも。

過酷に対する耐性レベルが大幅アップ

この宗谷岬に来ているひとは大きく3種類に分けられるという。冬季キャンプを楽しみたいガチキャンパー、凍結路をスパイクタイヤで走りたいオフローダー、とにかく遠くへいきたいツーリングライダー。これらすべてのタイプを引き寄せるのが最北端の宗谷岬での年越しである。

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稚内の野営スポット、北防波堤ドーム。歴史ある建造物で、土木遺産、北海道遺産にも指定されている。

全員スマホをフル活用、今回の暴風雪予報で目的地を変更したり、早々に撤退するといった人も多く見受けられた。昭和時代だとノリと根性でいったらなんとかなる、なんとかしようとして自滅というタイプも多いのだが、冷静さに驚かされた。

また面白かったのが、マイナス10度、風速15mの極寒で過酷な環境にもかかわらず、誰も「つらい」とか「苦しい」「もう嫌だ」といったネガティブな発言がないことだ。むしろ終わってからは積雪路が恋しい、北海道ロスといった声が聞かれるほど。

そんな我々もすっかり耐性がついてしまい、ちょっとのそっとの過酷さではあまり動じなくなった気がする。冬こそバイクの季節。

プライベーターかワークスか

「人間は危険をも趣味とするもの」とはヘルメットメーカー・アライ社長の言葉。そもそも二輪が危険な乗り物である。しかしヘルメットなどの安全装備を身に着けることでリスクを低減させ楽しみを最大化させる。人生に冒険は必要だ。この年越し宗谷岬が「オレたちのパリダカ」として挑戦できる冒険としたら、やはり最大限リスクを避けて準備を整えることが必要だろう。

むしろこの準備をするのが楽しい。

ありとあらゆる危険を想定、情報をあつめて対策を考える、装備する。例えばスパイクタイヤもそうで、プライベーターなら自分でコツコツ時間かけて試行錯誤するのもいいし、時間短縮と品質優先でワークス的にバイクショップにお願いするのもアリだ。

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追加温度計、電圧計、ドライブレコーダー、グリップヒーター、キャブヒーター、電熱ジャケットなどの配線。相当量になるため収納するのが一苦労である。

また今回色々な人と話して分かったのは、サポートカーがあるといいということ。誰かクルマを運転してくれる仲間を連れて、バイク+ワンボックスカーという布陣で臨むのだ。そうすれば荷物も最小限になるし、いざというときはビバークもしやすい、万が一バイクが故障しても回収もできる。つまりワークス体制である。パリダカ、現在のダカールラリーには個人ではまず参加できないが、年越し宗谷岬なら比較的ハードルは低いし、ワークス並みの体制でのぞむこともできそうだ。あと必要なのは踏み出す勇気と喜びを分かち合う仲間と、危険を察知する慎重さだろう。

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トランポのステップワゴン。今回はベースキャンプの富良野においてきたが、できたら伴走してほしいところだ。

年末年始は暴風雪でコンディションが悪かったが、複数回挑戦している人の話によると今年の宗谷岬は「イージーモード」、通常この悪天候が全日程続くという。

我々は初回ということもあり宿泊はホテルで、年越しのその瞬間を宗谷岬では体験できなかった。現場では記念撮影やら、早食いアイス競争があったり、みんなで暖かい餃子をつついたりと楽しい時間を過ごしていたそうだ。次回は我々もその輪に加わりたい。

そのためにすでに次回の準備ははじまっている。同行したミュルサンヌ奥津氏に至っては2年目だけではなく、3年目、4年目まで見据えて計画しているそうだ。さすがは元ワークスメカニック。

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暗闇の雪道を走るミュルサンヌ奥津氏のトリッカー。補助灯、反射材、追加テールランプなどで非視認性が高い。

「オレたちのパリダカ」の魅力

行く前、周囲からは

「凍結路を二輪ではしる?事故るでしょ」

「ゴールが宗谷岬?何にもないよそこ」

「マイナス10度で風速20メートル?遭難するでしょ」

もう全てがバカげていてコタツでぬくぬくインターネットやっている多くの人には理解されない。だからこそ現場に来てみてようやく自分なりに理解できた。これは一般人のパリダカラリー。

こんなにワクワクする冒険は他にない。

二輪メーカーがひしめく日本、その理由も少し分かった気がする。根本的に日本人は二輪が好きなんだ。世界を見渡しても、二輪で凍結路をいく集まりは普通はないでしょう?

ネットではその行為そのものが危険、反社会的、バカげていると冷ややかな反応もあったが、ここ現地では違う。

みんなバイカーに対して親切で、理解があり、受け入れてくれる。凍結路をゆっくり走っていても煽られる事なんてない。ただ追い抜いて行くだけ。

そりゃ目障りで危ないと思われているかも知れないけど、ネットで言うほど神経質になって煽ってくるような人はいなかった。

むしろガススタでも、ホテルでも、通りがかりの人でも気さくに声をかけてくれ、応援してくれた。

「私もバイクのってます!」と言うホテルマン。

「内地(本州)に行ったうちの息子、バイク乗ってるけど冬は帰って来ないねえ!」と言う、犬の散歩のおばあちゃん。

「こんな日は四輪でも出かけないのに、二輪とはすごいねえ!」と言うアウトバックに乗るおじさん。

「この先はバイパス乗ったほうがいいよ、雪ないから」と道路情報をくれるレガシィのおじさん。

凄く寒いのにわざわざ窓をあけて大きく手を振ってくれた若者もいた。みんな親切で気にかけてくれたので、嬉しかったなあ。そういうのも含めて、最高のラリーレイドになったと思う。

また来年もいきたい、というか間違いなく行きます。

(終わり)

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