マイナス10度、風速15m、ホワイトアウト、凍結路。過酷な年越し宗谷岬体験記

日本最北端へ! アラフィフ親父の極寒バイク旅 第4回(最終回)「年越し宗谷岬はオレたちのパリダカラリー」

途中リタイアすることなく無事に帰還。帰途の途中からもう次参加する計画を考えてしまうほどその魅力に引き込まれたのですが、その理由はなんだったのでしょうか。


●寄稿: 野間 恒毅(Tsunetake Noma) ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。

この宗谷岬に来ているひとは大きく3種類に分けられるという。冬季キャンプを楽しみたいガチキャンパー、凍結路をスパイクタイヤで走りたいオフローダー、とにかく遠くへいきたいツーリングライダー。これらすべてのタイプを引き寄せるのが最北端の宗谷岬での年越しである。

稚内の野営スポット、北防波堤ドーム。歴史ある建造物で、土木遺産、北海道遺産にも指定されている。

全員スマホをフル活用、今回の暴風雪予報で目的地を変更したり、早々に撤退するといった人も多く見受けられた。昭和時代だとノリと根性でいったらなんとかなる、なんとかしようとして自滅というタイプも多いのだが、冷静さに驚かされた。

また面白かったのが、マイナス10度、風速15mの極寒で過酷な環境にもかかわらず、誰も「つらい」とか「苦しい」「もう嫌だ」といったネガティブな発言がないことだ。むしろ終わってからは積雪路が恋しい、北海道ロスといった声が聞かれるほど。

そんな我々もすっかり耐性がついてしまい、ちょっとのそっとの過酷さではあまり動じなくなった気がする。冬こそバイクの季節。

過酷に対する耐性レベルが大幅アップ

行く前、周囲からは

「凍結路を二輪ではしる?事故るでしょ」

「ゴールが宗谷岬?何にもないよそこ」

「マイナス10度で風速20メートル?遭難するでしょ」

もう全てがバカげていてコタツでぬくぬくインターネットやっている多くの人には理解されない。だからこそ現場に来てみてようやく自分なりに理解できた。これは一般人のパリダカラリー。

こんなにワクワクする冒険は他にない。

二輪メーカーがひしめく日本、その理由も少し分かった気がする。根本的に日本人は二輪が好きなんだ。世界を見渡しても、二輪で凍結路をいく集まりは普通はないでしょう?

ネットではその行為そのものが危険、反社会的、バカげていると冷ややかな反応もあったが、ここ現地では違う。

みんなバイカーに対して親切で、理解があり、受け入れてくれる。凍結路をゆっくり走っていても煽られる事なんてない。ただ追い抜いて行くだけ。

そりゃ目障りで危ないと思われているかも知れないけど、ネットで言うほど神経質になって煽ってくるような人はいなかった。

むしろガススタでも、ホテルでも、通りがかりの人でも気さくに声をかけてくれ、応援してくれた。

「私もバイクのってます!」と言うホテルマン。

「内地(本州)に行ったうちの息子、バイク乗ってるけど冬は帰って来ないねえ!」と言う、犬の散歩のおばあちゃん。

「こんな日は四輪でも出かけないのに、二輪とはすごいねえ!」と言うアウトバックに乗るおじさん。

「この先はバイパス乗ったほうがいいよ、雪ないから」と道路情報をくれるレガシィのおじさん。

凄く寒いのにわざわざ窓をあけて大きく手を振ってくれた若者もいた。みんな親切で気にかけてくれたので、嬉しかったなあ。そういうのも含めて、最高のラリーレイドになったと思う。

また来年もいきたい、というか間違いなく行きます。

(終わり)

最新の記事