
どんなに時間が経とうが、その輝きを失わないものがある。モーターサイクルに対する確固たる信念と溢れる情熱でつくられたハーレーダビッドソンもそのひとつだ。アメリカの工業製品が高性能と洗練されたデザインで世界を席捲した1930〜60年代に生産されたモデルは、旧き佳き時代の象徴として人々を魅了してやまない。大阪のセンバモータースに保管されている貴重なコレクションの一部を、6回にわたって紹介する。第2回はナックルヘッド。今日のミルウォーキーエイトエンジンにも脈々と受け継がれていくこととなるOHVを、ビッグツインで初採用したのが1936年ELナックルヘッドだ。
●文:ウィズハーレー編集部(青木タカオ) ●写真:藤村のぞみ ●外部リンク:センバモータース
ELナックルヘッド:現代のハーレーのスタイルをつくった礎
シリンダーの上に吸/排気バルブを設け、クランクシャフトと連動するカムがプッシュロッドを介してロッカーアームを動かすことによってバルブを開閉するOHV方式は、1927年の350cc単気筒モデル「AA」や「BA」に用いられていたが、V型2気筒にはこれが初めて。当時、インディアンやエクセルシャーといったライバルたちが4気筒モデルをリリースする中、最先端技術をもってして対抗策に打って出たのである。
ELに施されたペイントはアールデコ様式に影響を受けている。1933年、大恐慌後の需要促進策もあり、それまで長く続いたオリーブグリーンにブラックのタイポグラフィというパターンをやめ、明るい色調を採用。ナックルヘッドは鮮やかなツートーンカラーでデビューした。
鋳鉄シリンダーのボアストロークは84.14×88.9mmで、排気量は988cc。それまで主力であったサイドバルブエンジンでは4つあったカムを1つにし、クランクケースは小さくてシンプルになった。また、オイルタンクをクランクケースと別体にし、ギヤ式オイルポンプで圧送/リターンするドライサンプ方式でオイルを循環させる。
45度のシリンダー挟み角は、1909年に発売した最初のVツイン「5-D」から変わらない。前後シリンダーのコンロッドが1本のクランクピンを共有するから、オフセットなしに一直線に並ぶ。
燃焼室は頭頂部が盛り上がる半球形で、初期モデルのピストンは鋳鉄、後期ではアルミ製を採用。圧縮比を6.5:1まで高め、最高出力は標準仕様のEは37PS、高圧縮のELは40PSに達した。
アルミ製のロッカーアームホルダーが握りこぶしのように見えることから「ナックルヘッド」と呼ばれ、この造形美がファンを魅了してやまない。
“超”がつくほど、とびきりの希少車であるヴィンテージハーレーを数多く取り扱うセンバモータースだが、この車輌がそうであるように、発売当時からそのまま再塗装など一切の手を加えないままにしたフルオリジナルコンディションのものも少なくない。我々が生まれるよりも前にエンジニアの手によって生産され、オーナーが愛でてきた宝物であり、悠久の年月を経たサビや擦れは、いずれもその歴史の重みを感じてならない。
「キャッツアイ」の異名を持つインストゥルメンタルを配したティアドロップ型フューエルタンクは、この頃のように左右分離式ではなくなった現代のモデルにもその美しいフォルムが受け継がれている。
艶めかしく弧を描きつつ、丸みを帯びた膨らみを感じるシルエット。実車を目の当たりにすれば、恍惚として見入ってしまう人は少なくないだろう。
たやすく触れるわけにはいかないが、思わず手で撫でたくなるのが、’36〜’39年式にのみ描かれたフライングホイール。86年もの時が経った今も、ここに残っていることがはっきりと確かめられる。
さて、出力向上を果たしたナックルヘッドエンジンの登場に伴って、’36年式ではフレームも新作となり、車体剛性を上げて巡航速度向上に対応している。シングルループ式から、ダウンチューブを2本にしたダブルクレードルフレームへ進化しているのだ。
また、鋳造だったスプリンガーフォークをクロモリ鋼を使用したテーパードチューブラーにするなど、車体まわりの改良は多岐に渡った。最高速記録を樹立するなど、ハーレーダビッドソンの歴史においても’36年式ナックルは非常に重要なモデルである。
ナックルヘッドはH-Dを代表するアイコンとなっていく。『SUPERCYCLE』誌1979年7月号にて、カバーガールが跨っているのは’39年式のEL。ヴィンテージハーレーに対する人気の高まりは、’70年代からすでに熱を帯びていた。
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