
iB 井上ボーリングが積極的に展開してきたICBM®(Inoue Boring Cylinder-bore Method)技術とは、内燃機ファンの間ではもはや当たり前であり、高性能な技術としても認識されているアルミメッキ化スリーブのこと。ここでは、このICBM®技術についてあらためて紹介する。
●文/写真:たぐちかつみ(モトメカニック編集部) ●外部リンク:iB 井上ボーリング
減らないシリンダーづくりを現実的にした技術「ICBM」
金属表面の硬度を表すひとつの基準にビッカース硬度がある。鋳鉄の硬度が45から、硬いスリーブ素材でも140程度のデータに対して、ICBM®シリンダーの特殊めっき内壁のニッケル地部分でその硬度は450。さらにメッキの中にはシリコン粒子が混ざっていて、この粒子硬度はなんと2000に達する。そんなデータを知ることでも、シリンダー内壁に施す特殊めっきの硬度は、圧倒的な硬さと言えるだろう。
「減らないシリンダーづくり」そんなスローガンを掲げ、創業以来、内燃機部品加工=エンジン部品製造/修理を請け負ってきたのが、iB 井上ボーリング。そんなスローガンを現実的にした技術が「ICBM®」だった。
ブルタコ・シェルパTという2ストモデルを所有している井上社長。旧いバイクが大好きで、それをずっと乗り続けていきたいと考えた時に、「摩耗してしまう鋳鉄スリーブをなんとかしたい。減らない内径=シリンダーボアにできないものか?」
ホンダの下請け業者としてめっきシリンダーの生産を数多く担当しているiBとしても、この現実をなんとかしたいと考えた。
めっきさえできれば、ホーニングして完成させる技術はある。今後の内燃機加工業、つまり“ボーリング屋”としても解決すべきと考えた。この大きな課題に正面から取り組むことこそが“王道”でもあると考えた。
結果的に、特殊めっきシリンダーの製造には12年の歳月を要した。開発過程では、無電解めっきにもチャレンジした。それは、コストを抑えて受注するための策でもあった。しかし、思い通りに事は運ばず、結論としては実績のある電解特殊めっきとなった。
当時は、シリンダー形状に合わせた専用のめっき電極や治具が必要で、それらの設備投資には高額な費用が必要だった。めっきシリンダーに取り組んだ記念として、せめて1機種だけでも投資して作ってみようと考えたのが、ヤマハRZ250用の電極と治具だった。
高額な費用を投じた甲斐があり、RZ250用の減らないシリンダーは完成。多くのファンに注目された。そして将来を考えると、他のモデルでも設備投資は必要不可欠だと考えられた。当然、めっき電極や治具代などなど、設備投資費用は大きな負担となったが…。
特殊めっきシリンダーの評判は良く、年を追うごとに受注数は増加。1年目はまったく売れなかったそうだが、2年目からは徐々に受注が増え、さらにめっき処理手段にも改善が図られ、徐々にさまざまなボアサイズにも対応できるようになっていった。
純正シリンダーに大きな問題を抱えていたのがカワサキトリプルで、なかでもフラッグシップモデルだった750SS/H2やH1のシリンダーは、すぐに賞味期限に至ることでも知られていた。
水冷のレーシングエンジン用シリンダー製造技術を参考に、iBが得意としていた“柱の逃し技術”を含む“ブリッジポート”を採用したシリンダーをカワサキトリプルで展開。その技術は大きな問題を解決することができた。
コスト第1優先のショップユーザーが圧倒多数だった中で、現在では、バイクの価値に見合った対価としてICBM®技術が認められ、何よりバイクオーナーからの要望が増え、数多くの旧車ショップから採用される技術へと成長している。
価格が急騰している旧車の価値を数多くのファンが認め、高く評価するようになっているが、時代の要請にも応えた商品技術になっているのだろう。「多くの販売店さまにICBM®をご採用いただくことで、絶版旧車全体のエンジン品質を現行車のように高めていくことが我々の目標です」(iB井上社長)
以前はボア径Φ52〜89ミリの間で対応していたが、2023年8月以降は最小ボアΦ42ミリ/最大ボアΦ100ミリまで受注対応可能になった。
人気不人気に関係なく、2ストエンジンでも4ストエンジンでも、ボアサイズの範囲内なら施工可能なICBM®技術。そんな内燃機の将来を担うであろう当たり前の技術に、今後も我々モトメカニック編集部では注目していきたい。
「減らないシリンダーづくり」は、内燃機業者としては永遠のテーマである一方で、生業である業務を減らしてしまいかねないものでもある。それでも「内燃機で世界を笑顔に!」というスローガンに従い、iB 井上ボーリングでは理想の「減らないシリンダーづくり」を目指している。その答えのひとつがICBM®技術でもあるのだ。
以前は懐疑的な印象を持たれ発注数が少なかったが、出荷数が徐々に増え、その高性能さがユーザーに知れわたるに従い、数多く受注するようになったICBM®技術。なかでもカワサキZ2/Z1やホンダCBフォアなどの人気旧車では採用例が圧倒的なようだ。
高回転高出力エンジンが多いバイク用シリンダーでの実績から、最近は自動車の世界でも注目され始めているICBM®技術。空冷ポルシェは当然、すでに水冷ポルシェでもICBM®化が導入されている。ボクサー6は当初からメッキシリンダーだが、問題も多いようで…。
シリンダースリーブ専用のアルミ素材から削り出された筒の内壁に、ニッケル/シリコン/カーバイト系の特殊めっきが施される。この特殊めっきの硬度は、鋳鉄スリーブの硬度以上。まったく比較にならない硬さを誇る。それが「減らない」と呼ばれる理由なのだ。
片側ブロックのシリンダー壁面には、ピストンピンを組み込むための孔がある水冷997ポルシェ。純正メッキシリンダーが剥離してしまうトラブルで、ICBM® オーダーが入った。今後の結果次第では、また違ったユーザーに注目される技術になるだろう。
特殊めっきは、自動車メーカーやバイクメーカーの純正シリンダーのめっきを担当していた専門業者へ依頼。技術的信頼性は圧倒的に高い。純正シリンダーはめっき層が薄く剥離してしまうことがあるが、ICBM®で再生めっきも可能だし、めっき層の厚さ管理で耐久性も高くなる。
カワサキ2ストトリプルのH1やH2は、構造的かつ物理的にシリンダー内壁が摩耗しやすい。そんなシリンダーが「柱つきICBM®」によって圧倒的な寿命アップを可能にした。高性能な空冷2ストエンジンと柱つきICBM®の相性は、エンジン寿命に大きく貢献する。
世界中の内燃機業者がICBM®加工を可能にする、エバースリーブ.Pat。オーダーが多いカワサキZ1用ボアに関しては、ホーニング済みキットパーツとしていち早く販売された。アルミ嵌合特性を利用した施工方案は特許取得済。海外ユーザーからも注目されるパーツだ。
自らが内燃機大好き、とくに2ストエンジンが大好きでバイク大好なiB 井上ボーリングの井上壮太郎代表取締役。現在は、ショップオーダーや一般ユーザーからの受注に注力し業務展開。以前は誰もが知るメーカーの下請け業者として、純正部品を製造納品していた。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
バイクいじりの専門誌『モトメカニック』のお買い求めはこちら↓
モトメカニックの最新記事
構成要素のすべてに技術的な裏付けがあるSP2シリーズ そもそも山口県のバイクショップからスタートしたASウオタニ。SP2フルパワーキット/SP2パワーコイルキット/SP2ハイパワーコイルセットといった[…]
エンジンと同時進行で開発されるオイルの重要性を再確認 シリンダーとピストンやクランクシャフトのジャーナル部分、クリアランスが狭い部分など、エンジンの隅々にまで行き渡って潤滑や冷却などの役割を果たしてい[…]
メッキのプロが開発したクロームメッキ専用品!! 鉄素材のさまざまな表面処理の中で光沢や質感、高級感のいずれにおいても秀でているのがクロームメッキだ。しかしながら近年では、メッキ工程で使用される六価クロ[…]
“機械遺産”のコンディションをどう維持するか 電気自動車や電動バイクの普及が進めば進むほど、旧車や絶版車ムーブメントは一段と熱くなりそうだ。内燃機関に対する注目度が高まるのと同時に、ユーザー自身は“機[…]
擦らず拭くだけでOK。デリケートな素材も傷つけることなく赤サビを除去できる バイクや自動車の部品はもちろん、橋梁/建築物/工具/アウトドア用品の材料として当たり前のように使われている鉄素材。豊富な埋蔵[…]
最新の関連記事(メンテナンス&レストア)
バイクのパンク修理を自分でやるときに知っておきたい基本知識 どんなに注意して走っていても、路面の釘やネジなどを拾ってパンクすることは少なくありません。とくにバイクは路肩を走行する場合も多く、路肩には車[…]
シュアラスターの「バイク洗車図鑑」 バイクが違えば洗い方も変わる! 車種別の洗車情報をお届けするシュアラスターの「バイク洗車図鑑」、今回は2025年4月に発売されたばかり、ヤマハの新型「YZF-R25[…]
バイクオイル交換とは? エンジンオイルの役割 バイクのオイル交換とは、エンジン内部の潤滑や冷却、清浄などを担うエンジンオイルを新しいものに入れ替える作業です。 エンジン(内燃機)内部は精密パーツが高速[…]
あったよね~ガンスパーク! 「ガンスパーク」ってありましたね~。覚えてるだけじゃなくて、実際に使ってみたという方も多いのではないでしょうか。1980年代後半~1990年代前半は、どのバイク雑誌を開いて[…]
ギラギラの深い艶でボディが潤うと評判のチューブ入りのクリーム状ワックス「ゼロクリーム」に、新しい仲間が加わります。 白と緑が反転したパッケージが目を惹く「ゼロクリーム ノーコンパウンド」! その名の通[…]
最新の関連記事(井上ボーリング)
アルミスリーブは圧倒的な放熱性を誇る iB井上ボーリング(以下iB)が取り扱う内燃機加工修理の中で、とくに、大きなシェアを占めているのが“空冷エンジン”のシリンダー。 減らないアルミシリンダー「ICB[…]
何よりも高耐摩耗性の実現 圧倒的な耐摩耗性を誇るのが、アルミめっきシリンダーの大きな特徴である。iB井上ボーリングが、アルミめっきスリーブを作ろうと考えた最大の理由は、同社の社是でもある「減らないシリ[…]
現代のめっきシリンダー技術を、往年の名車や旧車エンジンに オイル交換をしっかりかつ定期的に行っていても、長年乗り続けることでどうしてもすり減ってしまうのが鋳鉄シリンダースリーブ。そんな鋳鉄スリーブに対[…]
入手困難な旧車のパーツをクラウドファンディング 「群衆/Crowd×資金調達/Funding」という言葉を組み合わせた造語が「クラウドファンディング」。インターネットやSNSを通じて、不特定の賛同者に[…]
“特許”認定で新技術の普及を目指すiB井上ボーリングのエバースリーブ 長年使い込むことで摺動部分がどうしても摩耗変形してしまうのが鋳鉄スリーブの特徴である。そんな擦り減ったシリンダースリーブ内壁を、再[…]
人気記事ランキング(全体)
4つの冷却プレート&ペルチェ素子で最強の冷却力を実現 「ペルチェベスト」は、業界最先端の半導体冷却技術を採用し、前後4か所に冷却プレートを搭載した新発想の冷却ウェアです。小型冷蔵庫にも使われるペルチェ[…]
スーパーフォアをベースにシリンダー前傾角を変更、フレームも新設計した4本マフラーのトラディショナル感性! 1997年、ホンダは4本マフラーのCB400FOURをリリース。 すでに1992年からCB40[…]
350ccクラスの破壊者! 現地価格はハンター350やGB350よりも安い BSAモーターサイクルズが新型モデル2機種を発表した。ロンドン開催の国際発表会で公開されたのは、ティーザー展開されていた「バ[…]
RCBテクノロジーを継承し誕生したCB900F CB750FOURの登場から10年ライバル車の追撃から復権するためホンダが選択したのは耐久レース常勝のワークスマシンRCB1000の心臓を持ち既存のバイ[…]
CoolMax素材で快適な着用感を実現 「コミネ クールマックスRフルフェイスインナーマスク AK-090」は、暑い季節や激しい運動時でも皮膚の温度を33.3度に近づけてくれる快適吸汗/即乾素材「Co[…]
最新の投稿記事(全体)
スズキCNチャレンジのファクトリーマシンと同じウイングを装着(一部地域でオプション設定) スズキは、初代GSX-R750から40周年にあたる今年、「GSX-R1000」「GSX-R1000R」の復活を[…]
人気のネオクラシックモデルに、グラフィックデザイナー・加藤ノブキ氏の第3弾 アライの「RAPIDE-NEO(ラパイドネオ)」は、かわす性能を追求した安全性と快適性をクラシカルなデザインでまとめたフルフ[…]
2025年モデル概要:ほぼ全身に手が入った進化版SE 海外では存続していたZ900の上級モデル、Z900SEが国内モデルとしても復活したのは2025年4月のこと。エンジンやフレーム、足まわりに手が入り[…]
日本限定カラーの「アイボリー」のスタイング&主要諸元 新型2025年モデルXSR900のトピックスはなんといっても、日本市場だけの限定カラー「アイボリー(正式名称:セラミックアイボリー)」である。往年[…]
ヘルメット装着で手軽に使えるバイク専用ドラレコ 「MiVue MP30Gps」は、バイクヘルメットに直接取り付けられるドライブレコーダー。これまでの車体取り付け型と違い、視界や操作性を損なわずに取り付[…]
- 1
- 2