日本車の天敵?! ドゥカティがMotoGPで主要3タイトルを独占! その強さを支える開発哲学とストラテジー

  • [CREATOR POST]風間ナオト

●文:[クリエイターチャンネル] 風間ナオト

「ドゥカティがベストなうちはマシンを変えるつもりはない」

近い将来、バレンティーノ・ロッシ率いるVR46レーシングチームがヤマハのサテライト・チームになると噂され、それについて問われた際にロッシが答えたといわれる言葉だ。

「ドゥカティは乗りやすくて、ピットでもリラックスできた」

LCR・ホンダからグレシーニ・ドゥカティに移籍したアレックス・マルケスは、初テスト直後、こう話したとされる。

2022年シーズンのMotoGPクラスで、ライダー、コンストラクター、チームの三冠に輝いたメーカーにかつて持たれていた暗黒期のイメージは無く、現在では最高レベルの賛辞が並ぶ。

2007年に初タイトルを獲得した際にはケーシー・ストーナーとブリヂストンタイヤに勝因を求める声が多かった

2003年、MotoGPクラスに参入した頃からパワーには定評があり、長らく“直線番長”のイメージが強かったドゥカティ。2007年に初タイトルを獲得した際もマシンの競争力よりケーシー・ストーナーの類い稀なライディングとエッジグリップに優れるブリヂストンタイヤに勝因を求める声が多かったが、2021年にはデビュー2戦目のホルヘ・マルティンが、2022年には昇格して8戦目のファビオ・ディ・ジャンアントニオが、ポールポジションを獲得し、近年はむしろライダーにフレンドリーな印象すら抱かせる。

MotoGPクラス参入当初から見られた空力志向

2015年、今では標準化しているウィングレットをはじめとする空力付加パーツをMotoGPに持ち込んだドゥカティは、実は2003年の参入当初から空力志向を見せており、アロウズやスチュワートなどでF1マシンを設計した経験を持つアラン・ジェンキンスを迎え、効率的なフェアリングのデザインを追究していた。

「ストレートでスピードを伸ばす方法はふたつある。ひとつはエンジンパワーを上げること。もうひとつは抵抗の少ない空力特性。その両方が組み合わされれば理想的だ」と述べていたジェンキンスは、ライダーが乗車した状態での風洞実験を精力的に行っていたという。

そのパワーを裏付けるのは、いわずと知れた“デスモドロミック”だ。

吸気・排気バルブの開閉を金属のバルブスプリングに頼らず、カムを用いて強制的に開閉する機構のメリットは、高回転時でも正確にバルブを開閉できることにある。

金属性バネだと共振により高回転でカムの動きについていけなくなるバルブサージング現象が起こる。

ライバルメーカーはバルブスプリングではなく圧縮した気体を使う、F1でルノーが先鞭をつけたニューマチックバルブでそれに対応しているが、バルブの開閉に気体とはいえバネの反力を利用する機構とメカニカルに制御している機構との出力損失のわずかな差が、決して少なくないパワー差を生んでいる可能性は十分にあり得る。

V4勢が揃って装備しているとされる慣性による回転エネルギーでエンジン特性を調整する外部フライホイールについても一日の長があるようだ。

2022年のイタリアGPではマルティンが363.6km/hという史上最高速度を記録。時代は大きく変わったが、パワーを追求し、それを生かすためにエアロダイナミクスを最大限利用するという開発哲学は、ボローニャのメーカーに息づいている。

2015年、ドゥカティはデスモセディチGP15にウィングレットを装着した。他のメーカーもすぐ追随し、今では標準化されている

2022年後半にはテールに羽が生えた。最高速度の向上、ブレーキングの安定性に寄与していると見られる。スリップストリームにつかせぬ効果も?

F1出身のアラン・ジェンキンスがデザインした丸みを帯びた大型のフェアリングは後輪の辺りまで長く伸びている。ストップ&ゴー型のもてぎで開催された2004の日本GPではロリス・カピロッシがドゥカティに初優勝をもたらした

勝利への最短距離=レギュレーションへの最適解

アイディアマンで知られる“ジジ”ことゼネラルマネージャーのルイージ・ダッリーニャ。2013年終わりにアプリリアから移籍した

F1化が急速に進むMotoGPクラスにおいて勝利への最短距離は、現状レギョレーションの中で最適解を見つけることだ。

強みであるエンジンパワーを生かしつつ、コース全体でタイムを短縮すべく、ドゥカティコルセを統括するジジ・ダッリーニャは、空力付加パーツ以外にも矢継ぎ早に目新しいデバイスを投入してきた。

まず2017年に登場したのが、テールカウルに仕込まれた通称“サラダボックス”。

その中にはマシンの共振を抑え、タイヤのグリップ及び耐久性の向上に好影響を与えるマスダンパーが内蔵されていると推測され、テールカウルの形状やエキゾーストパイプの取りまわしから、ドゥカティと同じV4エンジンを積むアプリリア RS-GP、2022年からホンダ RC213Vも採用していると思われる。

次に姿を現したのが、あらかじめサスペンションを沈ませておく“ホールショットデバイス”だ。

マシンの姿勢を低く保つことでウィリーやホイールスピンを抑え、スタートで前に出られればレースを優位に進められるのはいうまでもない。

当初はリアのみを沈ませる方式だったが、すぐにフロントも作動するよう進化。現在では前後とも走行中にコースの各所で車高を調整できるまで開発が進み、最高速度、コーナリングスピードにつなげていた。

だが、“シェイプシフター”とも呼ばれるライドハイト(車高調整)システムのフロントへの装備は、2023年より禁止される運びとなった(ホールショットデバイスは2023年も合法)。

「費用がかかる」「市販車に転用できない」というのが禁止の理由とされるが、この決定がMSMA(モーターサイクルスポーツ製造者協会)に参加するドゥカティを除く5社(ホンダ、ヤマハ、スズキ、アプリリア、KTM)の意見によることから、ライバルたちがこのシステムに脅威を感じていたのもまた事実だろう。

2019年のオーストリアGPでは好スタートを切ったアンドレア・ドヴィツィオーゾがポールのマルク・マルケスをかわし、優勝した

2017年にお目見えした通称“サラダボックス”。テールの中に共振を抑えるマスダンパーが内蔵されていると推測されている

ライダータイトル争いも優位に運んだ8台体制

ファクトリー・チームのフランチェスコ・バニャイアとジャック・ミラーは出力特性がマイルドな2022年用と2021年用のハイブリット的な仕様のエンジンをチョイス

ファクトリー、サテライト合わせて計8台のデスモセディチGPを送り込んだことも功を奏した。

チャンピオンになったフランチェスコ・バニャイアが6連勝を含む計7勝、合計10回表彰台に登壇したのを筆頭に、ドゥカティ勢は、全20戦、計60のポディウムのうち32を獲得。タイトル争いをリードするヤマハのファビオ・クアルタラロに余分にポイントを獲らせなかった。

コンストラクタータイトルは、同一メーカーで走る中で最上位ライダーのポイントのみ計算されるため、台数が多い=タイトルに直結するとまではいい切れないが、誰かが不調やリタイヤでも他の誰かがカバーできるという利点がある。

この辺りの戦略は、1980年代初頭、市販レーサーやフロントに16インチを採用した大量のRGを送り込み、ケニー・ロバーツからタイトルを奪還し、コンストラクタータイトルを7連覇したスズキを思い起こさせる。

マシン開発の面でもエントリー数の多さは有利に働く。たくさんデータを取れることに加え、さまざまな仕様を実戦で試すことができる。

ファクトリー・チームは2022年用と2021年用のハイブリット的なエンジンを最終的にチョイスしたが、サテライトのプラマックは最もパワーが出ているものの、アグレッシブな特性の2022年用を選択。シーズンに入ってもヨハン・ザルコが新たなデバイスを実戦開発する役割を果たした。

また、明確なチームオーダーこそ無いのだろうが、CEOのクラウディオ・ドメニカーリが、サンマリノGPで最後までトップを走るバニャイアにバトルを挑んだバスティアニーニに苦言を呈したように、何らかの忖度が陣営の中で働いたこともあったかもしれない。

日本メーカーによる逆襲を大いに期待したいところだが、こと2022年に限っては、長年にわたって貫き通されたチャレンジングかつスピーディーな開発哲学、レギュレーションの解釈を含む、練りに練られたストラテジーによって、ドゥカティが栄冠を手繰り寄せたといえるだろう。

3勝し、ランキング3位を獲得したエネア・バスティアニーニ(写真後ろ)。サンマリノGPでは最終ラップまで首位のバニャイアにバトルを挑んだ

サンマリノGP決勝レースの直後に祝杯を挙げた首脳陣だが、白いシャツのクラウディオ・ドメニカーリCEOはバスティアニーニに苦言を呈した

ライダー、コンストラクター、チームの主要3タイトルを独占したドゥカティ。長年にわたって貫き通されたチャレンジングかつスピーディーな開発哲学、レギュレーションの解釈を含む、練りに練られたストラテジーが実を結んだ


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