
ライディングスクール講師、モータージャーナリストとして業界に貢献してきた柏秀樹さん、実は無数の蔵書を持つカタログマニアというもう一つの顔を持っています。昭和~平成と熱き時代のカタログを眺ていると、ついつい時間が過ぎ去っていき……。そんな“あの時代”を共有する連載です。第19回は、大人気モデルGPZ400Rの陰に隠れた名車、GPZ600Rです。
●文/カタログ画像提供:柏秀樹 ●外部リンク:柏秀樹ライディングスクール(KRS)
最高のハイバランス600ccマルチ!
今回ご紹介するカワサキGPZ600Rは、1985年6月1日に66万9000円(限定1000台)で発売されました。
1980年代半ばといえば400ccクラスが人気の中心で、難関の大型二輪免許を取得したライダーは「どうせ乗るならナナハン!」という時代でした。1979年に登場して爆発的なヒットを呼んだZ400FXに対して、約1年後に登場したZ550FXは抜群の走りっぷりなのに中型車の400FXと車格が同じ、という理由のためかヒットモデルにはなりませんでした。
人気のGPZ400Rに対してGPZ600Rもこのパターンと同じ。1980年代半ばに大型バイククラスでトップセールスを誇るGPZ750Rの人気には到底及ばないことをカワサキは承知していたはずです。それでもカワサキはGPZ600Rを日本国内市場にも投入しました。
カワサキはスペインのハラマサーキットで開催したGPZ600Rのプレス試乗会で約1000名に及ぶジャーナリストから絶賛されました。大きな自信を手にしたカワサキは国内発売に踏み切ったと解釈しています。
大事なことはバイクとして優れているか。バイクを作るメーカーが自ら問いかけ、確かな手応えから生まれる自信で世に問い、ベストなバイクをユーザーに届ける! というスタンス。当たり前に思えることですが、これぞカワサキの矜持だと思います。
KAWASAKI GPZ600R[1985 model]主要諸元■全長2120 全幅690 全高1200 軸距1435 最低地上高155 シート高770(各mm) 車重195kg(乾)■水冷4ストローク並列4気筒DOHC4バルブ 592cc 69ps/10500rpm 5.1kg-m/9000rpm 変速機6段 燃料タンク容量18L■タイヤサイズF=110/90-16 R=130/90-16 ●当時価格:66万9000円
発売されるや、すぐに中型クラスのベストセラーモデルとして君臨したGPZ400RはGPZ600R、GPZ500Rと同時開発モデル。エンジンと車体系のディメンション・基本構成は同じですが、国内向けGPZ400Rのみアルミフレームを採用。輸出用は冬季に散布する塩化カルシウムによる害を避けるため一般的な鉄フレームを採用しています。
GPZ900RではなくGPZ1000RXと同じ手法のフレーム
この開発で興味深かったのは「存在感を失わないマシン」をコンセプトにしたことです。その技術的な筆頭はGPZ900Rの3ピース構造とはまったく異なる「クロスフレーム」(400はアルミ製なのでアルクロスと別名称)を採用したことが大きなポイントになっています。GPZ600Rで正式には「ダブル・トライアンギュレーテッド・ペリメター・フレーム」と呼んでいます。
その目的はステアリングヘッド位置を空冷4気筒モデルのGPZ400Fより50mm低い位置にセットして低重心化とフロントローのスタイルによる究極の空気抵抗値cda0.29を得ることでした。
クロスフレームは低位置にエンジンをマウントしながらメインフレームはエンジンサイドを包み込む形状として、低重心と高剛性を両立させる手法でもあるのです。
前後16インチホイールによる低重心化を進めながらワイドなタイヤによって生まれる捻れを最小限に抑えるメリットがあり、ほぼ同じ時期に登場のカワサキフラッグシップモデルGPZ1000RXもこの手法を採用しました。ゆえに外観は非常に力強い、まさにマッチョとも呼べる車体表現となりましたが実寸は意外なほどスリムかつコンパクトになっています。ちなみにリーンアングルは左右とも51度を確保しています。
シャープなフォルムのGPZ900R・GPZ750R系とは異なるフレームアプローチを採用しながら、いずれも世界トップクラスの空気抵抗値を叩き出しているのです。
クロスフレームによるデザインの新規性を打ち出した背景には、当時の自動車業界のトレンドであったワイド&ローなフォルムを多分に意識したこともまた事実でした。
隣の同クラス車よりも大きく力強く見える、という視覚効果も多分に働いたこのデザインは、実際にカウル内に体がすっぽりおさまって超高速域での安定走行にも大きく寄与していました。
圧縮比11.0を生んだ鋳鉄スリーブ
レーサーレプリカモデルではなく、独自のスタイルでレプリカに負けない走りを見せつけていたのは、空力に優れるボディデザインだけでなくエンジンの設定にもその理由がありました。
約20基にも及んだと言われるエンジンの耐久限界テストにより中高回転の伸びが鋭く、ギンギンに高回転を維持して走ってもへたらない頑強な作りとしていました。
頑強なエンジンの本源はカワサキ独自のウエットライナー採用でした。これはアルミシリンダーに鋳鉄製スリーブを圧入したもので、シリンダーをダイレクトに冷却できる高効率な設定。高精度ゆえにピストンクリアランスを最小として11.0の高圧縮比を実現して優れた熱効率を確保しています。
クランク、カムシャフトともにフリクションロスの少ないベアリングによる5点支持ですが、GPZ900R系と異なりセンターカムドライブを採用しています。
オルタネーターは薄型をクランク左端に装備。カワサキ車は大きめのエンジン騒音のイメージがあるのですが、7葉重ねの軽量サイレントカムチェーンによってフリクションと騒音の低減を実現しています。
前輪16インチホイール車でもっともバランスに優れた1台
前輪16インチの機種には過去すべて試乗してきましたが、16インチ特有の、いきなり前輪がすくわれるような転倒という不安を一切感じさせなかった代表的な機種がGPZ400RでありGPZ600Rでした。
KAWASAKI GPZ600R[1986 model]
私見となりますが前輪だけでなく後輪も16インチであること。通常のフレーム剛性ではなく捻れ剛性も優れていること。しなやかな路面追従性に優れる前後サスがセットされていること。
これらの要件が見事に組み合わさったマシンこそ16インチホイール型スポーツバイクのあるべき姿だったのではないかと思います。
ともあれマッシブな車体なのにロール方向へのクイックなレスポンスとしながら、深いバンク走行になるほど粘りを感じさせる匠の操縦性が魅力だったのです。
KAWASAKI GPZ600R[1986 model]
AVDS(オートマチック・バリアブル・ダンピング・システム)とADS(アンチ・ダイブ・システム)を持つフロントサスペンションにセットした軽量キャリパーにはシンタードメタルパッドを組み合わせたことで雨の日でも安心確実な制動をアピール。ステンレスメッシュタイプと同等の超強力合成繊維製ハイパフォーマンスブレーキホースを採用したことでコントローラブルなブレーキタッチをアピールしています。
レーサーレプリカスタイル全盛に向けて突っ走っていたこの時代に、レプリカ以上の走りを実現し、しかも攻めるほどに安心感に裏打ちされたワクワクする乗り味がそこにはありました。
エンジンはあえてバランサーを装備せず、前側2点式ラバーマウントにしたことでダイレクトなスロットルレスポンスが実感できたことも特筆すべきことでした。
ちなみに北米仕様はNINJA600Rの名称としてサイドに黄と赤のリフレクターをセット。出力表示なし。欧州仕様は75馬力(スイス仕様49馬力)、日本仕様は69馬力のカタログ表示になっています。
KAWASAKI GPZ600R[1986 model]
ともあれ高出力を生み出す大排気量、誰をも圧倒する威風堂々の車格は確かに大事です。しかし、扱いこなせるギリギリの排気量の領域は今も昔も大きく変わらないのかもしれません。
それが4気筒では600ccのマシンだと思うのです。
カワサキはZ1そしてGPZ900Rというハイポテンシャルと独自の美を両立させた名車中の名車を世に送り出してきましたが、1985年と1986年のわずか2度だけの限定販売車だったGPZ600Rは、カワサキの隠れた名車の筆頭にあげるべき存在ではないかと思います。
GPZ600R(欧州仕様)とNINJA 600R(北米仕様)
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事(柏秀樹の昭和~平成カタログ蔵出しコラム)
スズキではレアだった並列2気筒は、GSX-8Sの遠い先祖かも? 今回ご紹介するスズキGR650は1983年3月30日にデビューしました。 1983年といえば、日本のバイク史に記憶される年号のひとつと思[…]
アメリカの野生動物や軍隊に由来する車名 「最強」「最速」そして「独自のルックス」をイメージするカワサキブランドのルーツといえば2ストロークマシンの怪物500SSマッハⅢと4ストローク4気筒キングZ1を[…]
カワサキ500SSマッハⅢに並ぶほどの動力性能 「ナナハンキラー」なる言葉を耳にしたことがありますか? 若い世代では「なんだそれ?」となるかもしれません。 1980年登場のヤマハRZ250/RZ350[…]
4ストローク2気筒の『オフ・ザ・ロード』 国産4ストローク2気筒型オフロード車を語る上で外せないバイクが1970年登場のホンダSL350です。SL350は1970年代のホンダ車の中でもレアな存在ですが[…]
空冷4気筒で当時の自主規制値いっぱいの最高出力を達成 1980年代後期、少しトーンダウンしたかのように見えたレーサーレプリカ人気ですが、ハイテク満載で高価格化する一方なのに1990年代に入っても各部の[…]
最新の関連記事(カワサキ [KAWASAKI] | 名車/旧車/絶版車)
吸収合併したメグロの500ccバーチカルツインを海外向けスポーツの650へ! ダブワンの愛称でいまも濃いファンに愛用されているカワサキのW1。 このWシリーズをリリースする前、カワサキは2スト小排気量[…]
2ストローク3気筒サウンドと他にない個性で1982年まで販売! 1969年にカワサキは世界進出への先駆けとして、250ccのA1や350ccのA7を発展させた2ストロークで、何と3気筒の500ccマシ[…]
2021年モデル概要:快適装備と電子制御を採用し乗りやすさも実現 大人気モデル・Z900RSのベース車両としても知られるZ900。カワサキの2021年ラインナップモデルが軒並み搭載してきたスマートフォ[…]
現代の耐久レーサーはヘッドライト付きのスーパーバイクだが…… 近年の耐久レーサーは、パッと見ではスプリント用のスーパーバイクレーサーと同様である。もちろん細部に目を凝らせば、耐久ならではの機構が随処に[…]
高回転&高出力主義の権化 250クラスでも高性能な直4を望む声が高まっていた’80年代前半、スズキが世界初の250cc水冷直4エンジンを搭載した量産車、GS250FWを投入。以降、ヤマハ、ホンダが追随[…]
人気記事ランキング(全体)
カバーじゃない! 鉄製12Lタンクを搭載 おぉっ! モンキー125をベースにした「ゴリラ125」って多くのユーザーが欲しがってたヤツじゃん! タイの特派員より送られてきた画像には、まごうことなきゴリラ[…]
エンジン積み替えで規制対応!? なら水冷縦型しかないっ! 2023年末にタイで、続く年明け以降にはベトナムやフィリピンでも発表された、ヤマハの新型モデル「PG-1」。日本にも一部で並行輸入されたりした[…]
スズキが鈴鹿8時間耐久ロードレースの参戦体制を発表! スズキは2025年8月1日(金)から3日(日)に鈴鹿サーキットで開催される「2025 FIM 世界耐久選手権 鈴鹿8 時間耐久ロードレース」に「チ[…]
高評価の2気筒エンジンや電子制御はそのままにスタイリングを大胆チェンジ! スズキは、新世代ネオクラシックモデル「GSX-8T」および「GSX-8TT」を発表。2025年夏頃より、欧州、北米を中心に世界[…]
なぜ「モンキーレンチ」って呼ぶのでしょうか? そういえば、筆者が幼いころに一番最初の覚えた工具の名前でもあります。最初は「なんでモンキーっていうの?」って親に聞いたけども「昔から決まっていることなんだ[…]
最新の投稿記事(全体)
7月上旬発売:ヒョースン「GV125Xロードスター」 ヒョースンモーター・ジャパンから、原付二種クラスに新型クルーザー「GV125Xロードスター」が投入される。発売は2025年7月上旬から日本国内向け[…]
モリワキイズムを変えずに継承していく モリワキの面白さは、ライダーが主役のもの作りだと思っています。サーキットを速く走るにはどうしたらいいのか、ライダーの意見を聞いて解決策をプロダクトとライダーの両方[…]
青春名車録「元祖中型限定」(昭和51年) CB400FOUR(CB400フォア)は、CB350フォアをベースとしたリニューアルバージョンとして1974年12月(昭和49年)に発売。クラス唯一のSOHC[…]
【モリワキエンジニアリング取締役名誉会長・森脇護氏】1944年、高知県生まれ。愛車だったホンダCB72のチューニングをヨシムラに依頼し、それをきっかけにPOPこと吉村秀雄氏に師事し、チューニングを学ぶ[…]
北海道という「ハードルの高さ」 ライダーにとってのひとつのあこがれ、北海道ツーリング。しかしフェリーの予約が面倒だったり、北海道までの移動で疲れてしまったり。 そういったライダーの悩みを解決し、「手ぶ[…]
- 1
- 2