
ライディングスクール講師、モータージャーナリストとして業界に貢献してきた柏秀樹さん、実は無数の蔵書を持つカタログマニアというもう一つの顔を持っています。昭和~平成と熱き時代のカタログを眺ていると、ついつい時間が過ぎ去っていき……。そんな“あの時代”を共有する連載です。第17回は、ロードスポーツ並みの動力スペックを誇ったカワサキの2ストローク・オフローダー「トレールTR」シリーズです。
●文/カタログ画像提供:柏秀樹 ●外部リンク:柏秀樹ライディングスクール(KRS)
アメリカの野生動物や軍隊に由来する車名
「最強」「最速」そして「独自のルックス」をイメージするカワサキブランドのルーツといえば2ストロークマシンの怪物500SSマッハⅢと4ストローク4気筒キングZ1をおいて他にないでしょう。
しかし、この時期のトレールTRシリーズも外せません。
カワサキは野牛のニックネームがついた「250-TRバイソン」、北米大陸に棲息するネコ科オオヤマネコ属の「125-TRボブキャット」、トレールクラスのリーダー格「90-TRトレールボス」。そして偶蹄目ウシ科の「350-TRビッグホーン」。いずれも逞しい野生感が強く感じられるネーミングを含めて今回は当時のカワサキらしさをオフ車の視点で深堀りしてみます。
125-TRボブキャット
90-TRトレールボス
カワサキはヤマハDT-1やスズキTS250ハスラーに販売時期で先行を許し、国内オフロード市場ではマイナーな存在でした。カワサキはその遅れを取り戻そうと1970年だけでこの国内4機種を一気にラインアップ。1970年の単年のみでオフ系モデル4機種一気投入は他社にはない事例でしたが、同年の輸出モデルの攻勢はそれ以上。
100人隊の隊長という意味を持ち、100ccで18.5psを絞り出すゼッケンプレート付きコンペモデル「CENTURION(センチュリオン)」、トレールボス90と同じ基本構成ながら5速×副変速機付き=10段変速とした「トレールボス100」、ゲリラ兵の名をもつ175cc「BUSHWHACKER(ブッシュワッカー)」、ヨコバイガラガラヘビの「SIDEWINDER(サイドワインダー)」250など先述4機種に加えて輸出専用モデルの充実によりライバルを蹴り落とす勢いを見せていたのです。
ちなみにカワサキのライムグリーンカラーといえば、ロードモデルではなく、この年のバイソンとCENTURIONから始まったのです。
CENTURION
250-TRバイソン
馬力数値もインパクトがありました。500SSマッハⅢが見せたリッターあたり120psという馬力数値は実に強烈でしたが、350ccのビッグホーンの馬力数値にも驚かされました。33psはロードスポーツモデルCB350の36馬力に迫り、最高速度150km/h、ゼロヨン14.8秒という数値も同クラスのライバルを圧倒していたのです。
オフロード走行では高回転高出力型とせず、馬力数値を下げて低回転から扱いやすい出力特性とするのが王道ですが、カワサキだけは例外でした。さらに「PowerPack」と呼ぶレース用チューニングパーツによってリッター換算128psに相当する45馬力をアピール。
250のバイソンはライバルのDT-1とハスラーの18.5馬力より5馬力も高い23.5psとしてベテランライダーを虜にしました。
ロータリーディスクバルブからピストンバルブへ
カワサキは90や125クラスでも馬力と最高速度数値で他を圧倒していましたが、とても興味深いのはロータリーバルブ式(当時はそのように表記。現在は“ロータリーディスクバルブ”が主流)2ストロークエンジンをオフ系全車に採用したことでした。
1960年代までの2ストロークエンジンといえばピストンバルブが主流でしたが、第1回東京オリンピックが開催された1964年にカワサキは85J1にロータリーディスクバルブを初採用してモトクロス部門で輝かしい勝利を収めるなど多くの実績を積んできました。シグナルGPでのダッシュ力をアピールした250A1と350A7の北米市場で高評価を得たことも、その背景にありました。
ロータリー式はクランクケース幅が大きくなりやすい欠点があるにしても並列2気筒までなら車体の作りに大きく影響せず、低回転で粘りながら中高回転まで滑らかな吹き上がりのエンジンフィールが得られることが大きな魅力。リードバルブ方式は当時はまだ十分な実用段階ではなかったことも関係しています。
4機種の頂点モデル「ビッグホーン」は世界初のスティール製ロータリーディスクバルブを、電装系ではマッハⅢと同じくCDI点火を他社よりいち早く採用。エンジン回転数に応じて供給するダイヤフラム式燃料コックとするなど先進メカを導入しました。
350-TRビッグホーン
車体系ではカワサキTRシリーズ4機種すべて、左側アップマフラーで統一したこともカワサキの特徴ですが、ビッグホーンでは公道走行可能な機種として国産初の前輪21インチを採用。後に21インチはオフロードバイクの常識となりましたが他社に先駆けて軽量アルミリムを採用したこともマニアには刺激的でした。
カワサキ独自の画期的メカとしてはキャスター角とトレール量が14段階調整可能なハッタ・フォーク(英文カタログ:Hatta forks)と呼ぶフロントフォークの採用でした。フロントフォークアウターチューブ下端のアクスルシャフトを固定する位置は2か所ですがアウターチューブの向きを180度変えることを含めて3段階選択可能というもの。
フロントフォークの突き出し量も3箇所。これにより3×3の9段階というのはわかるのですがリヤショック5段階を加えて14段階調整可能とカタログ表記。9より14段階の方がインパクトがあるためとはいえ1970年代だからこそ許される少々強引なアピールでした。
これによってキャスター角は60°~57.4°(現代の一般的な表記では30°~32.6°)トレール量は103~174mmと非常に幅広い設定が可能でした。実質的にはホイールベース値も大きく変わりますが、ともあれフロントフォーク上部突き出し量は現在では考えられない長さでした。
“草切りチェーン”とは
私個人としてはビッグホーン、バイソン、ボブキャットなどの名前に惚れていましたが、すでにバイソンとビッグホーンの名前は他社が自動車名に商標登録していたため1972年からこのニックネームが廃止され、TRに排気量の数字を加えた無機質な名称になりました。
1972年型TR-350はタンクサイドにロードスポーツ車マッハ系と同じ2本ストライプ「レインボーストライプ」が入った型式F5-Bとなりましたが、エンジン出力やゼロヨン加速は同じながら2次減速比をショートにして最高速度は150から130km/hとなりました。
車体系で興味深いのはブレーキペダルとチェンジペダルの先端にチェーンを装備。草木が間に絡まって不動になることを避ける装備。カタログでは「草切り用チェーン」と紹介。ブッシュをかき分けて走り抜くオーストラリアなどのラリーシーンでは今でも有効な装備のひとつです。
250-TR
1972年式の250-TRは最高出力23.5psを維持しながらロータリーバルブをやめて一般的なピストンバルブへ。これによってクランケース幅をスリム化。ギヤレシオを全面的に変更しながらゼロヨン加速は16秒のまま。350の80.5×68mmのボアのみ縮小した68×68mmのスクエア設定は変更していません。
350で先行採用していた21インチ・アルミリムをTR-250にも採用し、燃料タンクは12.5Lから9.5Lとして小型スリム化。初代バイソンにも使っていたハッタフォークは不採用。重量はわずか3kgの軽減でしたが、さまざまな改良を加えたことでオフロード走破性能アップと整備性を改善しました。
デザイン的には250-TRがオフロード系初のリアカウル導入のインパクトが忘れられません。リヤカウルは1971年登場の3気筒ロードモデル350SSと750SSが先行し、1972年登場のZ1は4ストローク系初のリヤカウル装備となりました。当時としては大胆なデザイン処理ですが今となってはむしろ自然に見えるから不思議です。オフ系モデルにもカワサキのデザインに掛ける想いの強さを示していたと思います。1973年から90-TRにもリアカウルを採用しました。
メッキされたブリッジ付ハンドルバー、Z1や750SSにも採用したメッキタイプの新型ウインカーボディを装備しましたが、1973年の90-TR、125-TRもフロントウインカーは従来のヘッドライト脇からハンドルバー下部にセット。転倒による破損を避ける配置になったのです。
バフ掛けされたフロントフォークアウターチューブ、クロムメッキのヘッドランプ・リムなどライバル車同様に1970年代前期のオフロード系は多くの「輝くパーツ」で構成されています。
リヤカウルとレインボーラインを強調したTR-250のカタログのライダーは今となっては見ることのないレザー製オフロードパンツを着用。もちろんヘルメットはジェット型に2眼ゴーグル(左右別体)という当時ならではのスタイルでした。
海兵隊員がモトクロスコースで轟かせた2ストサウンド
私の故郷、山口県岩国市には米軍基地があり、当時の海兵隊員の多くはラメ状にキラキラ光るフレーク塗装で着飾った大型ロードモデルと野生味いっぱいのTRシリーズが好きだったようで、あちこちで見かけました。
とりわけ近隣のモトクロスコース(岩国市からすぐ近くの広島県大竹市)ではバイソン、ボブキャット、トレールボスがたくさん走っていました。他社のオフロードモデルよりも明らかに荒々しく甲高い排気音も当時のカワサキらしさ。
トレールボス100
500SSマッハⅢとはまた異なる、実にワイルドなカワサキ2ストロークサウンドが今も私の耳の奥底にこびりついています。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
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