
水平線のむこうから優しく真南風がふく季節、ふいにエメラルドグリーンの海が見たくなった。めざすは沖縄県・八重山諸島・石垣島。赤瓦の屋根の下からは、三線ののどかな音色が風にのって聴こえてくる。ゆったりとした空気のなかで流れる、特別な時間がそこにはあった。(記事出典:『モトチャンプ』2019年9月号/10月号)
●文:村上菜つみ ●写真:高橋克也 ●外部リンク:モトチャンプ
当記事『ぶらり二輪散歩』は、『月刊モトチャンプ』誌(株式会社三栄)の連載エッセイです。今回、特別に許可をいただいてWEBヤングマシンに掲載しています。
海と空、南国の甘いかおり、夢にまでみた石垣島の風景
空を飛ぶ夢をみた。どこかの島の上空を飛ぶ夢。緑の絵の具を溶かしたような鮮やかな色の海に、影がくっきりと映っている。大きな翼が生えているが、その影が自分のものだと、私にはわかる。どこに降り立とうかとしばらく旋回し、白いボートが浮かぶ入り江に着陸しようとしたとたん、強風に巻かれて方角を見失った。翼はうまくコントロールできない。
目がさめたのは飛行機の中だった。隣で眠る乗客の規則正しい寝息が聴こえる。ペットボトルの水を飲み、窓の外に目をやると、雲の隙間に鮮やかな緑の海が見えた。時刻は出発から2時間半を経過している。機内に到着予告のアナウンスが流れる。もうすぐ、石垣島に着く。「南ぬ島石垣空港」は島の東に位置する小さな空港だ。
飛行機を降りると湿った空気が体を包み、暖かな風が頬をなでる。想像していたほどの猛烈な暑さ、強烈な陽ざしではなかった。けれどもかすかに鼻をくすぐる南国の甘い香りが、歓迎してくれているようで、心が浮きたった。
市街地で、電動バイク「Gogoro」をレンタルした。Gogoroは南の島にぴったりの素敵な相棒だ。もちろんキュートなデザインや未来的な機能も心愉しいが、なんといってもその静音。今まで当たり前に受け入れていたエンジン音がないというだけで、五感のすべてが研ぎ澄まされる。風を浴び、道を走り、風景を見ることを、より純粋に楽しめるのだ。エンジンしか知らないバイク乗りにとって、風をきるようなGogoroの走行音は、旅先の景色すら変えてしまう。潮騒に包まれて走る感動、それを味わえただけでも、この島に来てよかった。
潮風にさそわれて水着に着替え、マエサトビーチへ。澄んだ青空の下にコバルトブルーの海と白い砂浜が広がり、まるで外国へ来たかのような光景に心おどる。トロピカルドリンク片手に水平線をながめれば、乱反射した陽射しがまぶしい。遠い土地にきた実感と離島ならではの解放感がただただ嬉しくて、波うち際に向かって走りだした。水中に飛びこみ深く潜って、全身で海を味わう。顔をあげると上空に、ひとすじの飛行機雲が伸びていた。
透明度の高い石垣島の海。水中カメラを持って潜れば、海の中の生き物たちも写真として思い出に残せる。
客間と名のつく島の店の八重山そばとじゅーしー
島の天気は移り気だ。さっきまでまぶしいほどの太陽がビーチを照らしていたのに、ふと見上げるといつの間にか雨雲が空を覆い、海全体が泣きだしそうになっている。あわてて荷物をまとめ、シャワーを浴びて移動する。泳いだあと特有の疲労感、それからひどくお腹が減っているのに気がついた。
なにか汁ものが食べたくなって、ビーチからほど近い八重山そばの店「いちばんざぁ」に立ち寄った。いちばんざぁとは島の言葉で「客間」を意味する言葉らしい。歓迎の意を店の名前に示すなんて、この島はまったく、あたたかい。メニューの中から「三枚肉そばセット」なるボリュームのありそうなものを選んで注文し、座敷に上がってひと息ついた。
とんこつベースのスープに浸った丸太麺はつやつや光って丼の中で湯気をたてている。青ネギと島ネギがのった三枚肉(豚バラ肉)にもたっぷり脂身がついており、麺の上でどっしりと主張して食欲をそそる。島伝統の塗り箸「うめーし」を手に持ち、おもむろにひと口。黒糖でほんのり甘みをつけたというとんこつスープが麺によく絡み、ほっとする味だ。三枚肉の脂身も味わい深く、少しもくどくなくて後をひく。それが麺との相性もよく、炊きこみごはん「じゅーしー」と一緒に食べても、とてもよく合うのである。
ヤシガニが渡る海沿いの道、不思議なブルーの川平湾
大満足で店を出ると、空もすっかり機嫌をなおして再び明るくなっていた。雲の切れ間から天使の梯子がおりている。まだ地面が濡れてはいるが、綺麗な海を見にいきたくて、Gogoroに跨り走り出す。
島の南から西にかけては、海沿いの道が気持ちいい。いくつかの岬や土産物屋に立ち寄りながら、エメラルドグリーンの海を左手に眺め、潮風を浴びて走り続ける。時おりヤシガニやシロハラクイナが道を横断するところに出くわし、こちらはあわててブレーキをかけるが、ヤシガニたちは動じない。エンジン音がしないせいか、ただ単に彼らの肝が据わっているのかはわからないが、よそ者は黙って小さな住民の横断を待つことにしよう。
市街地から海沿いの道を20kmほど走り、沖縄でももっとも美しい入り江として名高い川平湾に着いた。散在する小島と珊瑚礁の海に囲まれ、見る場所によって7色に色合いが変わるといわれている不思議なブルーの海だ。その穏やかな波の上に、白いボートがいくつも浮かぶ。飛行機で見た夢の中の、入り江の風景とよく似ている。繰り返し写真を眺めた憧れの風景。湾の沖合からは弧を描くように、やわらかな南の島の風が吹いていた。その風を胸いっぱいに吸いこんで、私は海の色をまぶたの裏に焼きつけた。
東屋での雨宿りとサトウキビの思い出
二日目の朝、湾を囲む道沿いの東屋でしとしと止まない雨をながめ、私はずいぶん長いあいだサトウキビをかじっていた。一見ただの竹の棒に見えるそれは、噛むとほの甘い汁がじゅっと出た。想像していたほどの強い甘みはなかった。けれどもとてもあたたかくてどこか少しだけ懐かしく、そしてほんのちょっぴり切ない味がした。
サトウキビは商店の〝おじい〟にもらったものだ。雨宿り中の東屋から飲み物を買いに駆け込んだ、果樹園農家が営む商店だ。軒先に腰かけて、おじいはサトウキビの山を前にそれらを紐で束ねていた。私は少し離れてペットボトルの麦茶を飲んでいた。サトウキビかな、と思いながら。
「それ、サトウキビですか?」
思いきって話しかけてみたのは、おじいの鼻歌が途切れたからだ。彼はきょとんとした顔でこちらを見たが、やがて
「キビ××が××××××××…」
と、島言葉特有の歌うようなイントネーションで答えてくれた。歯が抜けているのもあってか、私にはよく聞き取れなかった。え、と聞き返す間もなく、おじいはサトウキビの先をナイフで斜めに切り、いたずらっ子のような笑顔でそれを差しだした。ためらいながら口にくわえて吸ってみたが、木のような味がするだけだった。
おじいがスカスカの前歯をむき出して噛む仕草をしてみせたので真似して思いきり噛んでみると、ほの甘い汁がじゅっとしみ出て口の中に広がった。思わずおじいに満面の笑みを向けた私を見て、おじいもにっこり微笑んだ。軒先で濡れてピカピカ光る黄色いビニール製のひさしを、雨粒がリズミカルに鳴らしていた。
けっきょくのところ最後まで、彼がいったい何を喋っていたのか、私にはよくわからなかった。しかし陽に灼けたしわくちゃの顔でにっこり笑ってサトウキビを渡してくれたおじいの姿が、東屋に戻っても頭から離れなかった。
雨は、相も変わらず降っている。遠く水平線の彼方に浮かぶ大きな船の窓には、いつの間にか灯りがともっていた。このまま夜まで雨降りなのかと少し心細くなりもしたが、それでもどうしても私は、おじいにもらったサトウキビの甘みがなくなるまで、この場所から離れたくはないのだった。
朝のおなかにやさしい、あたたかく柔らかいもの
サトウキビ畑の間を走る農道をいくつも抜けた奥まった場所に、その食堂はあった。歴史ある豆腐工場併設の、朝から開く食堂だ。早朝にもかかわらず、店内はもう朝ごはん目当ての人々で賑わっている。さっそく私も席に着き、定番のセットを注文してみた。
運ばれてきたのはできたての「ゆし豆腐」。豆乳ににがりをうち、型に入れる前にすくったものだ。丼いっぱいに盛られた真っ白な豆腐からは、まだほかほかと豆のかおりの湯気がたっている。まずはそのままレンゲですくって口に入れ、つるりとなめらかな食感を味わう。大豆の風味がとても濃い。そして、あたたかく柔らかいものが胃に落ちていく安心感。朝ごはんにあたたかい豆腐、という発想は今までなかったが、じつに良いものだ。レンゲを運ぶ手がとまらない。
卓上にある塩・味噌・醤油を一口分ずつ加えながら、ゆし豆腐とそれぞれとの相性を楽しむ。どれも捨てがたいが、個人的にはやはり味噌トッピングに軍配をあげたいところだ。そしてそこに白米を投入することにより、自分だけの逸品が完成するのである。
気づけば空っぽの器を前に、うっすら汗をかいている自分がいた。よく冷えた水を飲みほし、ひと息つく。テラスの外ではブーゲンビリアのピンクの花が、やさしく風に揺れている。
築60年以上の歴史を誇る島豆腐製造所に併設された食事処「とうふの比嘉」の「ゆし豆腐セット」。新鮮な豆乳が飲み放題なのも嬉しい。
ヤギとおじさんに見る、シンプルで幸せな島の暮らし
石垣島では、珍しい動物たちにたくさん出逢った。それも間近で。農道にいた白いヤギもそのうちの一匹で、気のいいおじさんに飼われている幸せなヤギだった。おじさんの傍ではとても嬉しそうで、おじさんが帰ると悲しそうにしていた。シンプルに、ただそこにいた。次におじさんに逢える日を待ち焦がれて。
島の暮らしはこのヤギのようにシンプルなやり方で構わない気がして、私はそれに憧れた。都会のように無理をしなくてもいいような、のんびりとして潔い暮らし。それはサトウキビをくれたおじいにも、ゆし豆腐の味にも感じられた。
都会に帰ればまた私は、仕事や私事に追われる日々を送るのだろう。朝日や夕陽を見ることもなく、星空や月を眺めることもないのだろう。なにが大切なのかもすっかり忘れて。だから、またこの島を旅しにきたいと願う。ただそこにいて風を浴び、空を見上げることがどんなに幸せなことだったかを、思い出すために。
【著者:村上菜つみ】
紀行作家・コラムニスト。ツーリング誌の編集部員を経て独立し、二輪媒体を中心に活躍中。日本各地の食・温泉・文化に精通し、近場の旅から遠くの旅まで季節に合った旅の情報を届ける案内人。
■FB:facebook.com/natsumi0606
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