「13Lしか入らないタンク」が角Zを象徴 1978年カワサキ『Z1-R』【柏 秀樹の昭和~平成 カタログ蔵出しコラム Vol.13】

ライディングスクール講師、モータージャーナリストとして業界に貢献してきた柏秀樹さん、実は無数の蔵書を持つカタログマニアというもう一つの顔を持っています。昭和~平成と熱き時代のカタログを眺ていると、ついつい時間が過ぎ去っていき……。そんな“あの時代”を共有する連載です。第13回は、Z1の誕生から6年後に投入された“角Z”ことZ1-Rです。


●文/カタログ画像提供:柏秀樹 ●外部リンク:柏秀樹ライディングスクール(KRS)

直線基調の斬新スタイルへの挑戦

「デザインの源流はバック・トゥ・ザ・フューチャー」

好みにカスタムしたバイクで行きつけのカフェに向かい、日がな一日、気の合う仲間とバイクを眺め、バイク談義に耽る。

そのカスタムとは憧れのレーシングマシンをイメージして、燃料タンクは細めで長め、セパレート型や一文字あるいはコンチネンタルハンドルで前傾姿勢をとり、シートはシングルあるいはストッパー付きの短め、小さなビキニカウルをセットし、バンク角を稼ぐためにバックステップとしてマフラーは4気筒なら集合タイプという構成が一つの定番手法。前輪21インチのXL250などのオフロードバイクがロードスポーツ車へ改造するぐらい1970年代後期はカフェレーサースタイルが盛り上がっていました。

もちろんバイクメーカーが直々にそのトレンドを追っていたのも事実。カウル付きカフェレーサーとしてはモトグッツィのルマン850、BMWのR90S、ハーレーダビッドソンのXLCR1000、国産ではスズキのGS1000Sもその代表例です。

そんな中、数あるカフェレーサースタイルのバイクの中でもっとも「明確な割り切り」で登場したのがカワサキZ1-Rです。

1978年、Z1-Rカタログの表紙。

こちらは裏表紙。

Z1-R 主要諸元■全長2159 軸距1506 シート高815(各mm) 車重246kg(乾)■空冷4ストローク並列4気筒DOHC2バルブ 1015cc 90ps/8000rpm 8.7kg-m/7000rpm 変速機5段 燃料タンク容量13L

「明確な割り切り」とは13Lしか入らない細長い燃料タンクに集約されます。エンジン両サイドのクランクケースカバーだけでなくシリンダーヘッド・カムカバーの両端が乗車位置から丸々見えてしまうほど細いタンクでした。

カワサキ初となる4 into 1の集合マフラーの処理方法も見逃せません。4本のエキゾーストパイプとマフラーをつなぐジョイント部分をクロムメッキとせず、あえて黒塗りにすることで細長い車体のイメージから生まれる排気系の「間延び感」を解消しています。

ビキニカウル、燃料タンク、サイドカバー、リヤカウルまでそれぞれの外装パーツにはダイヤモンドカットのように面の輝きに重きを置くために各部のエッジをシャープにしています。黒いシリンダーフィンとマフラー連結部の黒そして黒のリアショックが車体色をより際立たせています。

Z1の美しさを決定づけるティアドロップ型タンクの艶やかな曲面処理とはあえて異なるZ1-Rのソリッドな配色こそが、Z1を超える新たな美への挑戦となっています。

ライダー目線から見下ろしたときの直線基調も見どころ。

さらにデザインのカワサキと言わしめる直線基調のスタイルを立体的に見せる技にも注目しましょう。

まずはタンクとシート下部のラインそしてリヤカウルの下部ラインを、ほぼ直線的に結ぶ伝統的基本処理をあえて踏襲していることです。これによって直線基調のフォルムがより骨太となります。

サイドカバーも見逃せません。Z1の丸みを持たせた逆台形とせず、下方へ長めの逆三角形としています。平面的な逆三角処理ではスリムな車体ゆえに単調で貧相な印象を与えてしまうので、逆三角形の上辺と後辺を傾斜面で処理。こうすることで立体的な趣と重厚感を確保しています。

先述のBMW・R90Sとモトグッツィ・ルマン850、ハーレーダビッドソンXLCR1000カフェレーサー、国産ではGS1000Sのいずれも丸いヘッドライトとセットの丸みのあるビキニカウルですがZ1-Rはこれにひと手間加えたところが大きなポイントになります。

丸いビキニカウルをベースに両サイドをスパッと削ぎ落としてあえて側面を平面処理することでタンク、サイドカバー、リアカウルに続く、スリムでありながらスケール感のある、より強い直線基調のカフェレーサースタイルに仕立て上げています。

この見開きの写真のうち、ポルシェと組み合わせたカットはかなり有名。

社内では不評だったが北米カワサキからは絶賛

ところでZ1-Rのデザインは意外な展開で生まれたとのことです。その大元はカワサキ社内デザイナーAさんのラフスケッチです。

名画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に登場するクルマといえばデロリアンですが、デザイン担当のジウジアーロにいたく傾注していたAさんは直線基調のZ1-Rイメージ画を提案しました。

すると社内からは「棺桶か?」などとえらく不評でこのデザインはボツになるところだったのですが、トレンドのカフェレーサーモデルを求めていた北米カワサキ側からは真逆の絶賛評価を受けて、この形が生まれたというわけです。

もともとA1、A7、500SSマッハⅢそして4ストローク4気筒のZ1も目指したのは生粋の加速マシン「ザッパー」です。

このZ1-RもそのDNAを受け継いでいますが、Z1-Rはタンク容量を必要最小限にして近場のコーヒーショップに行って帰るだけの航続距離で良い、としたのです。開発コンセプトの段階では強い思い切りができても、億単位の開発費をかけるとなると「アレもコレも取り入れて」と欲張った作り込みになりやすいのですが、13Lしか入らない燃料タンクという自己限定こそが強烈な存在感を生んだのです。

当時はエンジン始動にはセルモーターと併用してキックアームがセットされていたのですが、Z1-Rの場合はシート下にキックアームを収納するという前代未聞の方式を採用。バッテリーが弱っているなど緊急時のみキックアームを取り出す設定。これはすっきりしたスタイルのためにも効果的でした。

Z1-Rデビューを契機にカワサキは直線基調の名車を矢継ぎ早に生み出していきます。Z1000MKⅡ、Z1000H、Z1300、国内ではZ750FX、Z400FX、Z250FTなど80年代のカワサキロードモデル全般に及ぶ「角ゼット」系のパイオニアとしてZ1-Rは君臨したのです。

The Z1-R is more than ever the King Kawasaki からはじまる。

ほぼ真横からの陽光が直線基調のデザインを際立たせる。

前輪18インチで運動性を高めた

Z1-Rは動力性能も侮れません。Z1000をベースにキャブの大径化と点火タイミングの洗い直しによってプラス7psの90psへ。トップスピードは218km/hを実現。車体系では前輪18インチ化でシャープなハンドリングを狙いました。

しかし、高速走行では不安定な一面が露呈したため、1979年モデルの車体型式Z1000D2をベースにしたフォークのオフセット量を短縮しつつ、トレール量を増やして直進安定性を向上させたZ1-RⅡへ。前輪を18インチから19インチへ変更し、エンジン出力を90psから94psまでアップしながらタンク容量を20Lへと大幅にアップした実用的で安定性をアップさせたバイクとなりました。

タイヤは前3.50H18、後4.00H18から3.25V19、4.00V18のVレンジ化。マフラーは4 into 2としながらもスペック的には4kgの重量増加。軸距離は1505mmから1473mmへ32mm短縮。ちなみに0~400m加速・11.8秒の数値はそのままです。

初期型から時間と距離で演算するオートウインカーキャンセルシステム装備(マニュアル操作選択も可)、スイングアームピボットにはダブルニードルローラーベアリングをセット。

車体カラーはメタリック・スターダスト・シルバーから、Z1-RⅡでは黒に見えるエボニーとルミナスダークレッドの2色を用意。

細部としてはエンジンのカムカバーが丸から角形へ。タンクのエンブレムは「KAWASAKI」の大文字から「Kawasaki」へ。サイドカバーのエンブレムはKZ1000の大文字の下に小サイズの「Z1-R」だったのが、Z1-RⅡではZ1-Rの大きな文字の下に1000の数字を小さく入れた形へ。シートはクッション材料を2層式ラバー採用とシート表皮を前席サイドまでタックロール入りとしています。

Z1-RⅡ型はタンク容量と快適性アップによりロングランを意識したことがうかがえます。

国産初のドリルドディスクはZ1-RⅡからは穴の数が大幅に減ったものへ。カタログによるとドリルドディスク(穴あきディスク)は放熱性と軽量化のためとありましたが、パッドはZ1000よりもメタル成分の多いタイプを採用してウエット時の安全安心向上を目指しています。ミラーはレンズ部分のみ可動する俗称Z2ミラーを装備。

フロントブレーキマスターシリンダーはカウル内のヘッドライトステーにマウントされ、ブレーキレバーからのワイヤーを介して油圧作動させる方式。マスターシリンダーを通常の位置にセットするとビキニカウル右サイドの造形が犠牲になり、左右対称のシンメトリカルなカウルデザインが不可能になるため、これを避けたかったと考えられます。

そして、1980年型の北米向けD3型には排気ガスのクリーン化を狙ったカワサキ・クリーン・エア・システムKCASを新装備しました。

これらは1980年の北米向けカタログより。

販売台数の80%は初代Z1-Rによるものだった

価格はベース車のKZ1000が2899ドル、ヤマハXS1100は2989ドル、GL1000は3048ドルに対してZ1-R(D1)は3695ドルというかなり高額なバイクでしたが、それでもZ1-RⅡ(D2・D3)を含めて1978年から1980年の僅かな期間に約2万5千台生産しました。

完成度はZ1-RよりZ1-RⅡかもしれませんが、その販売数の80%は初代Z1-Rによるものです。Z1-RⅡの頃にはCB900Fなど強力なライバルの登場によってカワサキはすでに次なるニューカマー投入段階に入っていたのです。

Z1-Rは外観を楽しむだけではなく、レーサーベースモデルとしての資質も認められていました。ホンダワークスとしてWGPでチャンピオンに輝いた若き時代のW・ガードナーがZ1-Rを駆って英国スーパーバイク選手権で大活躍したことも欧州のカフェレーサーファンを虜にした理由です。

こちらはフランス向けのカタログより。

Z1-Rの派生モデルとしては1981年にフランス耐久レースの名門シデムカワサキからグラブバー装備と24LタンクのZ2R、そしてターボ装備のZ1-RTCが世界初の量産ターボバイクとしてKMCから全米のカワサキディーラー向けにデビューしています。

優れた技術とデザインの礎となったZ1がカワサキにあったからこそZ1-Rはカフェレーサースタイルの筆頭モデルとして君臨し、派生モデルも多くの注目を集めることができたのではないかと思います。

いつの時代も、どのメーカーのバイクでも「初期型」が熱く支持される傾向にあります。

初期型は未完成な部分があるにしても存在感が減衰しないのは、エンジニアの「こころざし」が国境を超えて世代を超えてバイクファンの心へ刻まれるからだと思います。Z1-Rはその典型的な1台でした。

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