世界一過酷といわれる公道レース、マン島TT(IOMTT)が5月29日から6月10日までの13日間にわたって開催された。今年は霧や雨がほとんどなく、ほぼ予定どおりにレーススケジュールが消化されるという奇跡的なTTとなった。
●文/写真:山下剛
ヒックマンとダンロップの頂上決戦が終始続いた2023年のマン島TT
マン島TTは、練習走行と予選で1週間、決勝レースが1週間、計2週間におよぶ長丁場のレースだ。しかもコースは1周約60kmだから、いかにタフなレースであるかわかるだろう。走行クラスには、サイドカー1クラス、二輪4クラスがあり、決勝レースはスーパーバイクTT以外は各2レースずつ行われる。
- スーパーツインTT(~700cc2気筒)
- スーパースポーツTT(400~600cc4気筒/600~636cc4気筒/500~675cc3気筒/600~750cc2気筒)
- スーパーストックTT(750~1000cc4気筒および3気筒/850~1200cc2気筒/1000~1100cc4気筒。改造範囲は軽微)
- スーパーバイクTT(750~1000cc4気筒および3気筒/850~1200cc2気筒。WSBKに準拠した改造)
これに加えて、二輪には頂上決戦といえる『シニアTT』がある。各クラスの上位入賞者による決戦だが、事実上スーパーバイクTTレース2という位置づけでもある。
さて、各クラスとも排気量と気筒数はある程度の範囲があるが、スーパースポーツTTは600cc4気筒、スーパーストックTTとスーパーバイクTTは1000cc4気筒のマシンがほとんどだ。スーパーツインTTではER-6(Ninja650)が主力で、同型エンジンを搭載するパットンSR-1とヤマハMT-07も参戦している。
また、マン島TTが特徴的なのは、ライダーは各クラスに重複参戦してもいいという点だ。そのためトップライダーほど、二輪の全クラスにエントリーしている。2週間、ほぼ毎日数周ラップするのだから、それだけでも体力・気力ともにひどく消耗するはずだが、彼らはそんな素振りも見せず、最終日のシニアTTを全力で走破する。
そんなマン島TT決勝レースは6月3日のスーパースポーツTTレース1(SS1)とサイドカーTTレース1(SC1)からはじまった。SC1を制したのはマイケル・ダンロップ(YAMAHA YZF-R6)で、この勝利によってTT勝利数を22とした。これは歴代3位の記録で、現役ライダーでは2位。1位は彼の伯父であるジョイ・ダンロップが持つ26勝である。また、SC1ではベンとトムのバーチャル兄弟(Honda LCR)が、サイドカーで初めての1周の平均速度120.357mph(193.696km/h)を記録して、ラップレコードを更新するとともに初の120マイル超えを達成。しかも10連勝、通算13勝目を挙げた。
決勝2日目のスーパーバイクTT(SB)でも、マイケル・ダンロップ(Honda CBR1000RR-R Fireblade SP)が優勝して勝利数を23とした。これは現役ライダーで最多勝利記録を持っているジョン・マクギネスに並ぶ記録だ。
一日の休息をおいて行われた決勝3日目では、スーパーストックTTレース1(SST1)とスーパーツインTTレース1(ST1)が行われ、SST1ではピーター・ヒックマン(BMW M1000RR)が優勝、ST1ではダンロップ(Paton SR-1)が優勝した。ダンロップはこれによりマクギネスを抜いて24勝とし、現役ライダー最多勝利を獲得した。伯父の記録まであと2勝。このままの勢いでいけば、その記録を更新することも十分ありえる流れだった。
そして決勝4日目。SC2ではバーチャル兄弟がまたもや勝利し、11連勝、通算14勝目を挙げるとともに、先のレースで更新したラップレコードをさらに上回る120.645mph(194.159km/h)を叩き出した。続いて行われたSS2では、ダンロップ(YAMAHA YZF-R6)がヒックマンを抑えて優勝。TT勝利数を25として、偉大な記録まであとひとつに迫る。
そして2度目の休息日をおいての決勝5日目は、ST2とSST2が行われたのだが、ST2はヒックマン(YAMAHA R7)、SST2もヒックマン(BMW M1000RR)が連勝して、ダンロップの記録更新を阻んだのだ。
いよいよ最終日、頂上決戦のシニアTTでは、やはりヒックマンが好調で、先行スタートしていたダンロップを5周目で抜き去るほど速さを見せつけ、終盤にきての3連勝。これによってヒックマンは自身のTT勝利数を13まで伸ばした。
ダンロップはシニアTTの優勝こそ逃したが、偉大な記録まであとひとつに迫る4勝を挙げた。ヒックマンはダンロップを阻止しつつ、シニアTTを制して4勝を挙げた。今年はダンロップとヒックマンの一騎打ちに終始したTTとなり、このふたり以外に2位を獲得したのは、ST1のマイク・ブラウン(Paton SR-1)と、ST2のピエール=イヴ・ビアン(Paton SR-1)、シニアTTのディーン・ハリソン(Kawasaki ZX-10RR)の3名だけで、ほかのレースはすべてダンロップとヒックマンが1位と2位を奪う結果だった。
また、スーパースポーツTTとスーパーツインTTの4レースに参戦していた山中正之は、全レースでフルラップ完走を果たした。天候不順や赤旗などで中断が発生しやすいTTにおいて、フルラップ完走することはなかなかにむずかしく、山中にとってTT5年目にして初めての好結果を叩き出した。さらに最終レースとなったST2では、完走のみならずブロンズレプリカ(1位タイムの110%以内)を獲得した。これも山中にとって初めての快挙で、マンクスGPを含めて7年も戦ってきたマン島レースの集大成といえる好成績を残した。
山中のブロンズレプリカ獲得にはチームスタッフも大いに喜び、彼が所属する『TEAM I.L.R.』のイアン・ロッカー監督は、表彰式後に涙をにじませるほどだった。55歳を迎えた山中だが、マン島TTへの意欲はまだ消えておらず、「いつまでやるかを決めるのは、自分の限界を決めることと同じ。決めてしまったらそこが限界だから、いつまでやるとは決めていない。できることなら来年もマン島TTに出る」と胸中を語った。
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