今回、プライベートのネタはありませんが……

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.95「2022年の個人的5大ニュース!」

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第95回は、ハラダ的5大ニュースをお届け!


TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO: DUCATI, HONDA, YAMAHA

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2022年も残すところわずか。そこで今回は、ハラダ的・今年の5大ニュース!

ドゥカティ、15年ぶりのMotoGPライダーズタイトル獲得

’22シーズンが開幕してしばらくは、ファクトリーチームのフランチェスコ・バニャイアがドタバタしていたので、正直、ドゥカティがチャンピオンを獲るなんてまったく想像していませんでした。第10戦ドイツGPが終わった時点では、「今年はファビオ・クアルタラロの2連覇かな」と思っていました。

最終戦でチャンピオンを決めた“ペッコ”ことフランチェスコ・バニャイア。

第11戦オランダGP以降4連勝するなどバニャイアが勢いに乗った一方、第15戦アラゴンGPあたりからクアルタラロの歯車が狂い始め、バニャイアの戴冠を許してしまいました。ドゥカティのライダーズタイトル獲得は、2007年のケーシー・ストーナー以来15年ぶりの快挙。日本人としては複雑な思いもありますが、今年のドゥカティはタイトルにふさわしい圧巻の強さでした。

今年、ドゥカティは4チーム・8台を走らせましたが、全体的にとても速かったのが印象的です。ランキングを振り返っても、トップ10以内にドゥカティライダーが5人! ちなみに他の5人はすべてファクトリーチームで、ドゥカティは2人がファクトリー、3人がサテライトチーム。今はファクトリーチームとサテライトチームの差が少なくなってはいるものの、これは本当にすごい結果です。

僕が思うに、ドゥカティの強さの大きな理由のひとつが、ゼネラルマネージャーのジジ・ダッリーニャの存在です。今年のドゥカティライダーは8人。考えてみてほしいんですが、クセの強いMotoGPライダーを8人ですよ!? みんな好き勝手なことを言いながら、自分好みのマシンに仕上げようとするわけです。誰だって「自分スペシャル」のマシンが欲しいに決まっていますからね。

ところが結果を見ると、ドゥカティは見事に「誰が乗っても速い」というマシンを作り上げている。これは非常に難しいことです。開発の側からすれば、どうしても速いライダーの意見に引っ張られるもの。「勝てるライダーに勝たせる」という考え方は、ある意味自然ですよね。でもそれが、「誰それスペシャル」を生み出し、「誰それじゃないと勝てない」という状況に陥ってしまう要因です。

ドゥカティは、8人のリクエストをまんべんなく聞き入れながら、最高の形でまとめ上げたことになります。その立役者が、間違いなくジジでしょう。僕も現役時代に彼と仕事をしましたが、とにかくライダーのコメントを尊重してくれる人でした。何なら今の僕にさえ、「テツヤ、ぜひウチのマシンに乗って、インプレッションを聞かせてくれ」と言うほどです。それに、イタリア人というと情熱的な印象がありますが、ジジはとても冷静。全体を俯瞰しながら方向性を決められる人です。

ジジがドゥカティに加入したのは、2013年のこと。つまりジジをもってしても、ライダータイトルに至るまで10シーズンを要したことになります。時間がかかった分、完成度も高まっていますし、ライダーの層も分厚い。僕が注目しているのはファクトリーライダーとなるエネア・バスティアニーニと、ホルヘ・マルティンのふたり。バスティアニーニはタイヤマネジメントの仕方と安定感を身に付けていますし、マルティンは決まった時に手を着けられないほどの速さを見せています。

バレンシアテストでのバニャイア。

バレンシアテストで初めてファクトリーチームカラーに身を包んだバスティアニーニ。

バニャイアは当然連覇を狙ってきますし、マルコ・ベゼッキもどんどん力を付けている。さらにホンダから移籍してくるアレックス・マルケスも侮れない。となると、来年もドゥカティ優勢は変わらないだろうと予想しています。……ちょっとしたことで成績を大きく左右するのが今のMotoGPですから、予想なんか当たらない可能性が高いんですけどね(笑)。

小椋藍、激アツのタイトル争いを展開

今年、日本のモータースポーツファンの注目を一身に集めたのは、何と言っても藍くんでしょう。Moto2クラスで最終戦までもつれるタイトル争いを繰り広げ、大いに沸かせてくれました。残念ながらランキング2位に終わりましたが、それはつまり、来年はもっともタイトルに近い位置にいるライダーだということ。期待したいところですが、僕自身も経験しているように、今年がいいから来年もいいとは限らないのがレースの難しさ。期待しすぎないように、でもしっかりと応援したいと思っています。

12月始めに、雑誌の企画で藍くんとじっくり話をしましたが、芯の強さと負けん気を感じました。いよいよ王手をかけたシーズン終盤戦、2度の転倒でタイトルを逃してしまったことも、重要な経験だったと僕は思います。勝ちにこだわりすぎた、とも言える結果ですが、レーシングライダーたる者、勝利を追い求めるマインドがなければ、そもそもタイトル争いのチャンスが巡ってきません。今シーズンの結果を受けて、藍くんも我慢することの大切さを身をもって理解したわけですから、来年はさらに成長した姿を見せてくれることと思います。

2022年は第6戦スペインGP、第13戦オーストリアGP、第16戦で3年ぶりに開催された日本GPと、計3勝を挙げた小椋藍。

そして今年の藍くんが僅差のタイトル争いを繰り広げたことで、チームスタッフ全員の勝ちに対する意識がさらに向上したのではないでしょうか。今まではあまり見えていなかったトップチームとしての立ち居振る舞い──ピット作業のタイミングや、各スタッフの役割分担など──が、より明確に見えてきたと思います。

これは非常に大事。チームスタッフの動きひとつで、ライダーのモチベーションに大きく関わりますからね。僕の現役時代の経験談ですが、アプリリアに入った初年度は、自分の求めるリズムで予選を戦うのが難しかった。ライダーによってタイムアタックのタイミングは異なりますが、僕は周囲の動向を見ながら最後の最後にアタックしたいタイプ。メカニックがそのことを分かっていれば、指示がなくても残り10分でタイヤを新品に替えてくれるんですが、最初のうちは分からないですよね。「よし、タイムアタックに行くぞ」という時にまだタイヤが交換されておらず、待たされることもありました。

人間同士、経験を重ねるうちにお互いのことがよく理解できるようになります。僕もアプリリアでシーズンを過ごすうちに、どんどんやりやすくなっていきました。無駄が減って、望んだタイミングで望んだ状況が用意されているようになるんです。トップライダーほど自分のスタッフにこだわるのは、こういう理由があるから。藍くんもチームもまだまだ伸びしろがある段階。これからさらに噛み合ってくるはずですので、うーん、やっぱり期待してしまいます(笑)。

佐々木歩夢、大躍進

第11戦オランダGP、第13戦オーストリアGPで2勝を挙げた佐々木歩夢。

もともと速さがあった歩夢くんですが、2017年にMoto3にフル参戦し始めてからは、厳しいシーズンが続いていました。2020年にKTMのマシンにスイッチし、2022年はハスクバーナとなっていますが、中身は同じKTMです。昨年まではシーズン中に1回表彰台に立つぐらいだった歩夢くんが、今年は一気に大躍進。2勝を含めて表彰台に9回立ち、ランキングも4位となりました。さっきの藍くんの話と重なりますが、チームとうまく行ったのだと思います。

逆に、予想外に苦戦したのが鈴木竜生くん。トップチームでチャンピオン争いに絡んでくると思っていましたが、結果が出せませんでした。どうやら竜生くんのチームはマシン作りにこだわりと自信があるようで、「このマシンに乗るように」と強く言われ、ライダーのリクエストをあまり聞いてくれないとか。バイクは人間が走らせる乗り物ですから、ライダーに合わせ込んでくれないとなかなか難しいでしょうね……。やはりチームとの相性は大きいんです。

その点、歩夢くんは来年も同じチームとのことですし、マシンの大きく変わらないでしょうから、今の調子でいけばよりタイトルに近い位置で戦ってくれるのではないでしょうか。……とは言っても、例年速いライダーがボコボコ登場するのがMoto3クラス。若いライダーほど1回調子に乗ると手が着けられない速さを見せるものです。22歳の歩夢くんもMoto3ではベテラン格。最初の1、2戦で若手を抑え込んで、シーズンの主導権を握ることが大事になると思います。

中須賀克行、全日本ロードでV11達成

最終戦鈴鹿のレース1・2・3で勝利し、2022年シーズンを全勝で終えた中須賀克行。昨年の開幕戦から23連勝、ヤマハファクトリーチームとしては31連勝を飾っている。

これはもう……、「あっぱれ!」としか言いようがありません。SP忠男とヤマハということでは後輩にあたる中須賀くんですが、後輩なんてとんでもない! 僕の中ではリスペクトしかありません。昨年、雑誌の企画でトークした時は「やめてくださいよ〜」と謙遜していましたが、僕は本気で彼を尊敬しています。全日本最高峰のJSB1000クラスで11回のチャンピオンって、それぐらいすごいことなんです。

レースをしていれば、コンディションはいつも変化しています。マシンも変われば路面も変わり、天候も千差万別。もっと言えばライダー自身のコンディションも年々変化するでしょう。その中で中須賀くんは、2008年に最初のタイトルを獲得して以降、15シーズンのうち11シーズンでチャンピオンになっているんです。自分のフィジカルやモチベーションを維持し続けることだけとって見ても、本当に尊敬に値しますよね。

彼はいつも全日本の若手ライダーに対して「世界に打って出るなら、オレぐらい抜いて行け」と言っていますが、まさにその通り。彼のレースに対する取り組みは、クラスを問わず最高のお手本です。レースへの考え方や、自分のコンディションの持って行き方など、彼から学ぶべきことはたくさんあるでしょう。全日本ライダーはぜひ彼を見習ってほしいと思いますし、中須賀くんには彼らが越えるべき偉大な壁として、ぜひ記録を伸ばし続けてほしいですね。

鈴鹿8耐で初のチーム監督を経験

いや~、レースってなかなか思い通りに行かないものですね(笑)。今年はNCXX Racing with RIDERS CLUBのチーム監督として鈴鹿8耐・SSTクラスに参画させてもらいましたが、結果はクラス2位。予選までの流れでは「ぶっちぎりで勝てるぞ」と思っていたのに、決勝ではまさかのマシントラブル……。思わぬ落とし穴がありました。

監督という立場で心がけていたことは、徹底的に「ライダーファースト」の姿勢です。チームには、とにかくライダーの言うことを聞いてもらうようにお願いしました。例えばセッティングも、ライダー任せにしているとアッチコッチにブレることがあります。そんな時、チームとしては言いたいことも出てくるわけですが、とにかくライダーの意見を尊重してもらったんです。だからライダーには優しい監督だったと思いますよ(笑)。

でも実はこれ、全然優しくないんですよ。「ライダーの言うことはできる限り聞く。聞くからには、結果を残しなさい」という暗黙のプレッシャーなんです(笑)。要するに、「環境はできるだけ整えるから、ライダーとして果たすべき仕事をちゃんとしなさい」と、言い訳のできない状況で責任を明確にしている。簡単に言えば「ライダー頑張れ!」ということですね(笑)。

今年のライダーラインナップは、若い南本宗一郎くんと井手翔太くん、そしてベテランの伊藤勇樹くんでしたが、ライダーファーストというチームコンセプトの意図をしっかりと理解してくれて、それぞれの立場で全力で戦ってくれました。マシントラブルはチームとして見直すべき点がある大きなミスでしたが、ライダーたちは全員素晴らしい働きをしてくれたと思います。

ライダーと(左)&チームスタッフと(右)。 photo:G.Tahakashi

僕自身の監督ぶりを自己採点すると……、うまく行ったとは思っていますが、少なくとも100点ではないですね。レースをしている限り、100点は絶対にない。常に「ああしておけばよかった」という反省点はあるものだし、逆にそれがなければ進歩が見込めません。ライダーもスタッフも最高の仕事をしてくれましたが、自分には厳しくいようと思っています。

鈴鹿8耐は3年ぶりの開催でしたね。やはり鈴鹿8耐は日本の二輪レースシーンに不可欠だな、と改めて思いました。でも、まだまだファンとの交流が難しい状態。今年はもう少し規制が緩んで、ライダーとファンの距離が縮まるといいのですが……。

というわけで僕の5大ニュースをお届けしましたが、残念ながらこの中には僕自身のプライベートバイクライフにまつわるものがありません。おかげさまで今年は仕事がめちゃくちゃ忙しく、トライアルもツーリングもあまりできませんでした。仕事と言ってもほとんどバイクに乗っているわけですが(笑)、やはりプライベートの気ままさとはだいぶ違います。来年はもう少しプライベートでもバイクを楽しむようにして、そのネタを2023年末の5大ニュースに滑り込ませられれば、と思っています。

それでは皆さん、よいお年をお迎えください。

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